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9.ドレスアップ


「わっ!あ、あの、じ、じぶんで出来ます」


日向は必死で抵抗した。

服を脱がされそうになるたびに逃げるようにして後退こうたいしていたが、とうとう壁際に追い詰められてしまった。三人の女性に囲まれて退路を失った日向は絶句ぜっくする。

手に手に石鹸のようなものやらタオルやらブラシやらを持った女性に笑顔で追い詰められていく恐怖に震えながら、日向はどうしてこうなったのかと数十分前の出来事を思い出していた。




日向が再び目を覚ますと、既に空には太陽が昇り、窓の外には青空が広がっていた。

どうやら夜明けを待つうちに寝落ちしてしまったらしい。

慌ててベッドから飛び起きると、ばちりと一人の女性と目があって、思わず悲鳴をあげる。 


彼女は驚いたように目を丸くしたが、すぐに破顔はがんすると、何やら日向に言い残して足早に部屋を去っていった。


残された日向は呆然とその後姿を見送ったが、はたと正気に戻る。

さっきの女性は服装からしておそらくこの家で働いている人だろう。ということは寝ていた日向をお世話してくれた人だったかもしれない。


(迷惑かけたのに何叫んでるの私…)


冷静になると自分の不甲斐ふがいなさに泣きたくなる。お礼を言いたかったのに真逆のことをしてしまった。嫌われていないだろうか、戻ってきてくれるだろうか、と不安からそわそわと部屋の中を歩き回る。


勝手に部屋の外に出るのは躊躇ためらわれた。誰だって知らない人間に勝手に自分の家を歩き回られたくは無いだろう。

そういう融通ゆうずうかない真面目さを揶揄やゆされたこともあるが、人は人、自分は自分だと言い聞かせている。


十分ほど経った頃だろうか。

部屋にコンコン、と扉をノックする音が響いた。

日向は慌てて駆け寄ると勢いよく扉を開けた。扉の外には期待した通り、先程の女性がにっこりと笑って立っていた。他二人の女性と大きな盥を持っていたことは予想外だったが。

驚く日向を尻目に盥を部屋に運び込んだ女性は、流れるように日向の服を脱がし始めた。その鮮やかさに一瞬呆けてしまったが理解した瞬間、日向は再び悲鳴をあげる。

そして、冒頭に戻る。


部屋に大きなたらいが運ばれてきたときから嫌な予感はしていた。

三人掛かりでお湯の入ったたらいを持ってきたかと思えば、明らかに女性用の衣服や宝飾品、可愛らしい小瓶などが次々と部屋に運ばれてくるのだから疑問に思わないほうが可笑しい。


さて、今から洗いますよ!と言わんばかりに腕捲うでまくりし始める彼女たちに、でも黒豹を洗うのかもしれない、と自分に言い聞かせて、もしそうだったら手伝いを願い出てみようと往生際悪おうじょうぎわわるく考えていた自分を殴り飛ばしたい。

まさか部屋でお風呂に入るなんて思わないし、しかも人に洗ってもらうなんて想像もしていなかった。


結局、抵抗ていこうむなしく身ぐるみ全部剥ぎ取られて、全身綺麗に洗われてしまった。

胸も、足も、腹も、その他も全部見られたし、洗わせてしまった。


羞恥に顔をおおう。

何度も切に自分でできると訴えたが彼女たちの手が止まることはなかった。


全身ぴかぴかに磨き上げられた日向はぐったりと椅子に座り込んだ。今でも体にタオルを巻いただけの姿だが、ここまでくればもうどうとでもなれと開き直る。


日向を隅から隅まで磨き上げた女性たちは、今はキャッキャッとドレスや靴、宝飾品を吟味ぎんみしている最中さいちゅうだ。色とりどりのドレスを掲げてみてはあーだこーだと言い合っている。言葉が通じないため会話の内容はわからないがある程度想像がついてしまうのは同性のさがだろう。


精神的な疲労にぼんやりとしながら日向は「やっぱりここは日本ではないんだな」と心のなかで呟いた。彼女のたちの風貌も、話す言葉も、建物も、景色も明らかに日本ではない。英語でもないようだし、やはりヨーロッパ系のどこかだろうか。


日向がぼんやりしている間に、熱い議論は終わったようだ。青いドレスを手にした一人の女性が日向に近づく。日向は無駄な抵抗をやめて素直に彼女に従った。


着せられたドレスはシンプルながらも可愛らしいドレスだった。淡いブルーが裾にいくほど濃くなって、全体的にキラキラとした飾りが散りばめられている。襟ぐりも深すぎず丁度いい。

コルセットは緩く締められて少し圧迫感はあるが苦しくはない。


靴は踵の低いレースが綺麗なものを、耳飾りは黄色の花をモチーフにしたものをそれぞれ準備してくれる。


それらを全て身につけた日向は今は鏡台の前に座らされていた。あれよあれよという間にヘアメイクとメイクをほどこされていく。

くるくると器用に編み上げられていく自分の髪や、頬にのせられる筆を目で追いながら、日向は自分の胸が高鳴るのを自覚していた。

今までずっと、お洒落しゃれとは縁遠い生活を送ってきた。それは金銭的なことも影響していたけれど、もともと人の美醜に興味がない日向は清潔感さえあればそれでいいと思って生きてきた。


鏡に映る自分を見る。

綺麗に髪を結いあげて薄く化粧を施された、いつもより少しだけ可愛くなった自分がそこにいた。

鏡越しに女性と目が合う。彼女は満足気にニッコリと笑った。



部屋の中を片付けていく彼女たちをぼんやりと眺め

ていると、再び部屋にノックの音が響いた。

一人の女性がハッとしたように扉の方へ向うのを見ながら、日向は徐々に緊張していく。

なにも彼女たちは遊びでこんなことをしたわけではない。誰かと会うために身嗜みを整える必要があったことくらい日向にも予想できた。

それが誰かとは考える必要もないだろう。


開けられた扉の先には、金髪の青年を先頭に数人の人が立っていた。

日向は思わず立ち上がる。

直感でこの金髪の青年がこの建物の主であると確信した。堂々としたたたずまいは、人の上に立つ人間特有の雰囲気を感じさせる。


想像していたよりもずっと若い。

もっと厳しそうなお爺さんを想像していたのに。


扉を開けた女性は金髪の青年の邪魔にならないようにそっと壁際に避けると美しく頭を下げる。気がつくと部屋にいた女性みんなが同様に頭を下げているのに気がついて、日向も慌てて頭を下げようとした。しかし、そんな日向の行動はいつの間にか目の前に来ていた金髪の青年によってはばまれてしまう。


青年は日向の前に来ると、何も言わずに日向の頬を両手でそっと挟んだ。

突然の出来事に固まる日向を他所よそに、青年はそのまま日向の顔を優しく上向かせる。


美しい碧眼へきがんと目があった。

彼は覗き込むように日向の瞳を見つめる。

日向は恥ずかしさを忘れて彼の瞳の美しさに目を奪われた。


彼の瞳は暑い夏の日の晴天を思い起こさせた。


抜けるような青空と入道雲。

陽の下にきらきらと輝く青いビー玉。子どもの頃にいった学校のプール、山奥にある綺麗な湖。

澄んだ晴天に揺れる水面のように、明るい青を彩る白とみどり

それらを縁取っている金色の睫毛がきらきらと太陽のように輝く。


形の良い唇が動いて、心地よい低音が耳をくすぐる。

彼はゆっくりと瞳を細めると、その瞳に似合う綺麗な笑顔で日向に微笑んだ。


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