7.目覚め
穏やかに意識が浮上していく。
夢と現実の狭間を揺蕩いながら、日向はゆっくりと目を開けた。
まず見えたのは見知らぬ天井だ。見覚えのない天井に、ここはどこだっけ?と寝起きで真っ白な頭をフル回転させる。
うまく働かない頭で必死に記憶を手繰り寄せていると、暗い森の中で見たこともない怪物に襲われそうになった記憶がフラッシュバックした。
「っ!!!」
声にならない悲鳴をあげて日向は勢いよく体を起こした。
思い出した。
ドッと流れる冷や汗と、ばくばくと暴れ回る心臓が痛い。指先が震える。
「…生きてる」
自身の手を見つめながら、呆然と呟く。
あの時、顔に感じた生温かい息が思い出されて全身に鳥肌が立った。目の前に迫った生々しい口にびっしりと生えた牙、滴る唾液。
怖かった。死ぬんじゃないかと本気で思った。
恐怖に震える体を抱きしめながら、生きていることに心の底から安堵する。
ぽたぽたと溢れる涙をそのままに、日向は溢れ出す感情のままに泣いた。
しばらく経った頃。
沢山泣いたおかげで気持ちが落ち着き始めた日向は、唐突に何かに頬をべろりと舐められた。
びっくりして振り向くと、みたこともない大きな黒豹が日向の顔を覗き込んでいた。
驚きすぎて固まる日向の頬を黒豹はもう一度べろりと舐める。
じわりじわりと頭が現状を理解するにつれて、潜在的な恐怖が日向を支配していく。
いつかのTVで放送されていた、猛獣が狩りをするシーン。猛獣 = 咬み殺される、のイメージが瞬時に浮かんで喉からか細い悲鳴が上がった。
日向は逃げたいのに、人間は本当に恐怖した時は動けなくなるのだと、この数日で嫌と言うほど実感した。
ガチガチに固まる日向を他所に、黒豹はベッドに上がると日向を囲うように寝そべった。そして日向の太ももに顎を乗せて瞼を閉じる。
その既視感のある行動に恐怖に固まっていた日向はハッと思い出す。
あの日、怪物に襲われたときに助けてくれたのはこの黒豹だった。
恐る恐る膝に顎を乗せている黒豹を見る。
静かに呼吸を繰り返す様子に敵意は感じない。
ぎこちない動作でそっと頭を撫でると、あの時と同じ滑らかな触り心地で気持ちがいい。
まるでビロードのようだと日向は思った。
黒豹がグルグルと喉を鳴らす。
「…あの時、助けてくれて有り難う…?」
無意識にお礼を言っていた。
黒豹は日向の言葉を理解するようにぱたりと耳を動かすと、甘えるように頭を日向の腹に押し付けてくる。まるで「いいよ」と返事をしているみたいだと思えば、胸が温かくなった。
日向は黒豹を撫でていると、自分がやたらと着心地の良い服を着ていることに気がついた。
寝ているリネンもサラサラとしていて清潔感がある。
そして見回した部屋の、その豪華さに驚く。
まるで高級ホテルのような広さと、高価そうな家具に調度品。最近のおしゃれなスイートとか高層マンションみたいな感じではなく、どこかアンティーク調でヨーロッパを彷彿とさせる部屋は明らかに一般家庭ではない。
「ここ、どこ?」
今更ながらに狼狽する。
恐らく自分を助けてくれた人の家だろうとは思うが、こんなに素敵な部屋に、高価そうな服、清潔な寝具からも、絶対に今まで縁の無かった部類の人であることは想像に難くない。走り回ってベタベタしていた体から不快感が無くなっているのを考えると、恐らく体も拭いてくれている。
至れり尽くせりな上に多大な迷惑を掛けてしまったことを考えると、すぐにお礼を言いにいかなければ!と思うも、窓の外に月が昇っているのを見て、日向は浮かした腰を下ろした。
この黒豹もきっとここで飼われているのだろう。豹を飼うなんて助けてくれた人は外国のお金持ちなのかもしれない。
「貴方の飼い主さんはきっといい人だね」
ぽすりと黒豹の腹に凭れる。
沢山眠ったせいか、眠気はない。
「これからどうなるんだろう」
口に出してしまうと、考えないようにしていた不安がじんわりと日向を蝕んでいく。足元がなくなるような、そんな不安定さ。
「朝、早く来ないかなぁ」
不安なときに夜に考え事をするな。寝ろ、とは大好きな叔父の言葉だ。
そんな叔父も死んでしまった。
鼻の奥がツンとする。
黒豹の毛皮に顔を埋めると、おひさまの匂いがして少しだけ気持ちが落ち着いた。
いきなり知らない土地に放置されて。
怪物みたいな動物に襲われて。
それでも最終的には親切な人に助けてもらえた。
「悪いことばかりじゃない…大丈夫」
自分に言い聞かせるように呟く。
日向の声に反応するように、黒豹が小さく鳴いた。
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