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5.イレギュラー


ナイトリア公爵領。

化獣を生み出す『死の森』に接するこの土地は、ローガン国を守護する砦の役割を担う。


ナイトリア公爵家現当主であるカイルはいつもと変わらず、朝から部下の騎士を引き連れて『死の森』と公爵領の境目で自領を脅かす化獣の討伐とうばつを行っていた。


カイルは顔に浴びた返り血を無造作に拭うと、剣についた血脂ちあぶらを振り落とす。


「今日はいつもよりカダヴルの量が多いな」


ふぅ、とカイルの補佐兼副団長であるジェイクが肩で息をつく。

カイルはちらりと荷車に視線をやる。確かに、いつもなら数頭程のカダヴルの死骸が今日は山積みになっている。

そのせいか、いつもより騎士たちも疲労の色も濃いようだ。


予想外の数に思ったよりも討伐に時間が掛かったせいで、気がつけば空も暮れ始めている。

これ以上の戦闘は怪我人を出す恐れがあると判断したカイルは、剣を腰に佩くと騎士たちに帰還の指示を出した。騎士たちは安堵の息をつくと、いつもより数倍の時間をかけて帰宅の準備に取り掛かり始めた。


「…訓練の強度を上げるか」

「そうだなぁ。今回はイレギュラーだが、今後も無いとは言い切れないし。それにあの量の殆どはカイルが倒したようなもんだ。お前が居なかったらと思うとゾッとするよ」


ジェイクは荷車に積まれた死骸を見て身震いする。カイルが不在時に同じ状況になったらきっと全滅しているだろうと思うと本気で怖い。


「城に戻ったら訓練の内容を見直してみよう。正確な変更は今回の戦闘データを分析してからだが、持久力、瞬発力は目下もっかの課題だな」


ジェイクの言葉にカイルも頷く。

訓練内容についてはジェイクに一任するとして、防具や武器も新しくする必要があるだろう。


「今回の取引はそれなりのかせぎになる筈だ。武器や防具も新調するから必要なものがあればまとめておいてくれ」

「了解」


星が薄っすらと輝き始めた頃、ようやく帰還の準備が整った。

荷車を守るように騎士を配置して、カイル自身も馬にまたがったその時。

『死の森』から微かな地響きが伝わってきた。


「…なんだ?」


少し離れた場所からジェイクがいぶかしげに呟く。カイルも用心深く森を見つめていると、ここから遠く、森の奥深くから鳥が飛び立つのが見えた。


「ジェイク」

「どうした?」


カイルが呼ぶと直ぐにジェイクが来た。

その目には不安が浮かんでいる。

たかが小さな揺れだ。古くからある森だから、腐った木が倒れただけかもしれない。

だが、それだけで片付けてはいけないような雰囲気がそこにはあった。それはジェイクも感じていたのだろう。


「少し見てくる。先に帰ってくれ」

「ひとりで行く気か?」


少し怒った口調で「俺も行く」とジェイクが詰め寄る。


「駄目だ。ジェイクは皆を安全に城へ連れて帰れ」

「それなら、せめて騎士をひとり連れて行け」

「他人を守る余裕はない」


言外に足手まといだと一蹴いっしゅうする。

実際、疲弊ひへいした騎士とカイルとでは、カイルが騎士を守る羽目になるのは目に見えている。それならば一人で良いというカイルに、ジェイクは苦虫を噛み潰したような顔をした。

騎士たちも上官ふたりのただならぬ雰囲気にざわつき始める。これ以上は騎士の不安を煽るだけだろう。

カイルは馬首ばしゅを森へと向ける。

ジェイクは反論できず、しばらく口の中でうめいていたが、意見を変える気のないカイルの様子に最終的には渋々頷いた。


「…わかった。だが、絶対に様子をみるだけにしてくれ。くれぐれも危険なことはしないでくれよ」

「わかっている」


何度も釘を刺すジェイクにカイルは淡々と返事をすると、躊躇ためらいもなく森へと入っていった。

その後姿を見送りながら、ジェイクは今日一番の溜め息を吐く。


「頼むから無事で帰ってきてくれよ…」


カイルのことは信頼している。そう簡単に死ぬことはないと理解している。だが、何があってもおかしくないのが『死の森』だ。

ジェイクの不安に震える声は誰に拾われることなく夜の空に消えていった。



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