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4.黒豹


生温(なまぬる)い息が顔に当たる。

鋭い牙が目前に迫ったその時、何の前触れもなく『アレ』が物凄い勢いで吹き飛ばされた。

激しい悲鳴と何かが折れる音が響いて、衝撃が地面を伝わり日向の体を揺らす。反射的に『アレ』が飛ばされたほうに顔を向けると、脱力した(からだ)が大きな木の根元に倒れていた。ダラリと弛緩(しかん)した様子から恐らく死んでいるようだ。


日向は何が起こったのか展開について行けず固まっていた。ドッドッと、先程まで死に晒されていた心臓が耳のすぐ側で脈打つ。


日向の直ぐ傍で獣が(うな)る音が聞こえて緩慢に顔を向けると、日向の目の前を一匹の黒豹(くろひょう)が通り過ぎていった。


黒豹はそのまま動かなくなった『アレ』に近づくと容赦(ようしゃ)なくその首筋に()み付いた。

ゴキリと嫌な音がして、彼らの足元にじわじわと血溜まりができていくのを日向は黙って見つめる。さらに、黒豹は噛み付いたまま左右に首を振って辺りを血で汚していった。ぷらぷらと無抵抗に揺れる『あれ』の姿と相まって、まるで玩具で遊んでいるみたいだ。


ようやく満足したのか、黒豹が『アレ』の首を離したときには既にそこは既に地獄だった。

首が折れてあらぬ方向を向く顔からはダラリと舌が垂れ下がっていて、その折れた首からは黄色いものやら赤黒い何かが見え隠れしている。飛び散る肉片からは異臭が立ち、どこからきたのか既に小さな虫が(たか)っていた。


黒豹は血で汚れた口を舌で舐め取ると、作り出した地獄の中から日向に向き直る。

平凡な日向の精神はとっくに許容値(きょようち)を越えていて、黒豹が血塗(きまみ)れの姿で日向に近づいてくるのをぼんやりと見つめていた。

黒豹は日向に近づくと、その肢体(したい)を日向の体に沿わせるようにくるりと丸めて、そのまま横になる。そして、日向の膝に(あご)を乗せて、くてりと眠り始めた。

黒豹の躰から立ち込める鉄の匂いがツンと鼻を突いて、くらりと目眩がする。時折揺れる尻尾が日向の頬や肩を叩いては滑り落ちていく。


温かい体温と滑らかな毛皮、黒豹の呼吸に合わせて上下する腹に次第に日向の全身から力が抜けていった。


身内を亡くしたその日に、訳が分からないまま怪物に(おそ)われ夜通し走り回って、殺されるかもしれない、死ぬかもしれないという恐怖に(さら)され続けた日向の心身は疲労(ひろう)困憊(こんぱい)だった。


重くなる瞼に、ここで寝たら死ぬかもしれない、と頭の片隅(かたすみ)で思うも、もうどうでもいいか、と諦める。


(疲れた)


黒豹に寄り掛かる。

包まれる温かさに日向は意識を失った。


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