はじまり
(ここでいう最後は完結した際の最後のことをいいます)
初めての登校日。教室につくと、自分の机の上に、一匹の猫が乗っていた。
机に乗っているそれは、真っ黒で艶のある毛皮から気品の高さを醸し出す。妙に澄んだ金色の瞳はその存在の異様さを語っていた。
なんてことだ。
遡ること30分。
ドアを開けると、突き抜けるような澄み切った青空が広がっていて、その隅っこでは目視できるサイズの太陽からでは想像できないほど猛烈な光をお日様が放っていた。
このいつもと同じだけど、いつもと少し違う景色を眺めて、私は深呼吸をする。あたりの空気をすべて吸い尽くす勢いで息をたらふく吸って、ふーっと息を吐き返す。もう、白息はなくなっている。
「いってきます!」
「いってらしゃい。」
母の声を背に、私は一歩踏み出す。
マンションの階段をしっかりと足で感触を確かめるようにして下りる。ドアが閉まる音がまだ耳の中に少し残っていて、息が僅かに震える。
大丈夫だ。頑張れ!ほたる!
階段のすぐとなりの駐輪場に向かうと、自分の自転車はすぐに見つかった。まだ新しく買ってもらったばっかりの若葉色の自転車。太陽の光を受けて、朝露に濡れた嫩葉のように、力強く輝いている。その輝きに目を奪われながらも、私は自転車のペダルに足を乗せた。少し体重をかけると、自転車はすいっと進む。そのまま何度もペダルを踏んで、そのたびに自転車は進んで、進んで、進んだ。慣れない自転車にぐらついたけど、それが楽しくて一人でケラケラ笑った。春の暖かい風が頬を撫で、髪の毛をふわりと浮かす。
大きな川を横切る傾斜の急な橋、小川が流れる細い一本道、昔から通っている図書館、大丈夫。何度も確認した道で、何度も見た景色だ。そして、周囲の建物よりもひときわ高い時計台が徐々に姿を現した。
時計台をみて今の時間を確認する。7時45分だ。8時につくことが目標だったから、上々な開幕である。ふんと意気込むように鼻を鳴らしてから、私は先生の指示に従って自転車を探した。しかし、これが予想外のことに、かなりの難関であった。学校にはいくつも駐輪場があるうえに、それぞれ離れていて、番号の振り方も雑で統制されていない。迷路とは全く違う難しさである。たとえるならば、初めて一人で知らない駅のホームを訪れた時のような感覚だ。迷いに迷った末なんと自転車の場所を探すのに10分もかかってしまった。でも時間内にたどり着けたのでよいでしょう。
やっとの思いで駐輪を成功させた後、私はまたふぅーっと息を吐いて、校舎の方に顔を向けた。ところどころペンキが剥げている壁、風雨にさらされた形跡のある階段。どれもこの建物の悠久さを語っている。でも、私はそれが好きだ。四階―一年生のフロアの窓を見ると、もうすでに人影がいくつかあった。初めて見る顔、初めて踏み入れる自転車置き場の敷地。どんな人がいるのだろうか、どんな未来が待っているのだろうか。それは困難かもしれない、それかとてつもない素敵な出会いかもしれない。
でも、蛍、きっと大丈夫。頑張れ!
そう自分を鼓舞して、私は校舎に足を踏み入れる。
視界の先に見える時計台の上には飛行機雲とも、誰かが吹かしたたばこの煙ともとれない一筋の何かがが漂っていた。
初めての投稿で緊張しております。どうか温かい目で見守ってください。