表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

07 めざせ!はじめての一人旅

ありがとうございます。

「おい!陽太(ようた)……」


 休み時間に廊下で後ろから呼び止める声に気づき振り向くと、生徒会長が近づいて来た。


「なんだ生徒会長か、こんなところで何か用かい?」


 新聞部部長としてではなく、親友の桜坂高之(さくらざかたかゆき)への返事をした。


 たぶん相手もそのつもりなのだろう。改まった口調は、微塵も感じられなかったが、違和感もなかった。


「今日、夜、ばあちゃんが、うちに来いってさ。もちろん、お前だけじゃなく、(ひめ)ちゃんもつれて来るように言ってたぞ、わかったか」

「ああ、部活を少し早めに終わらせて行くよ、伝えておいてくれ」


 姫良(ひめよ)のために校長先生が企画していることで、今までにも何度かあったので、これだけで十分に通じた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「…という訳で、今日は姫ちゃんと校長先生の家に行くから、少し早いがこれで部活を終了します」

「いいなあ~、私も行きたいなあ~」


 直子(なおこ)が、姫ちゃんにくっついて、部長に猫なで声で訴えた。


「いいじゃない、私達はお月見大会もあるし、また時々は、この間みたいに一緒に呼んでくれるわよ。いつもみんなで押しかけたら、姫ちゃんだって休まらないでしょ!」


 満乃(みつの)が、きっぱりと直子を制すると、直子もあきらめた。その時、姫良が申し訳なさそうに、部長に右手を小さく上げてお願いのポーズをとった


「あの~……みなさん……なごめんなさいね、…………それからキャップ……行く前に、観察を……いいかしら?……」


「観察?……ああ……天体望遠鏡か……もちろんいいよ」


「姫ちゃん、気にしなくていいからね…それじゃあ、私達は先に帰るからね…じゃあ明日また学校でね…バイバイ」


 姫良は、カバンからメモ帳を取り出し、そそくさと天体望遠鏡の前に行き、ピントを合わせ出した。

 長い黒髪を左手でまとめて首の横で抱えた。右手は、メモ帳の上に置き、素早く動かしている。

上杉電器のおじさんが言っていたように、自動でピントを合わせてくれるし、月なら完全にはっきり見ることができる優れものなので、準備にはさほど時間はかからなかった。


「姫ちゃん、やっぱり月を見ているのかい?きれいに見えてる?」


 部長は、上杉電器のおじさんの言葉を思い出して、姫良に聞いてみた。


「……はい。……よく見えるの………………………ごめんなさいね……」


「何を謝っているの。別にこのくらい平気だよ、姫ちゃんはすごいな、毎日観察して。科学者でも目指しているかい?」


 返事はなかった。姫良のメモを取る手も終わり、こちらを向いた時、目が赤くなっていた。部長は、望遠鏡の見過ぎぐらいにしか思っていなかったが、それにしては表情も暗かったのは気になった。


「それじゃあ、校長先生の家に行こうか」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「陽太!遅いぞ、俺は、腹が減ってるんだからな…………」


 まず校長宅で出迎えたのは、生徒会長の高之だった。学校の近くではあったが、それなりの大きさの住宅で、高之の声がしてから、姿を見るまでしばらく玄関で待たされてしまった。


「すまんな、これでも急いで来たんだ」

「……すみません……」


 小さくなって、姫良が謝ったが、高之は一言も触れずに、また奥に引っ込んだ。


「姫ちゃん、気にしなくていいから。あいつは、あいつで、照れているんだから…」


 と、背中を見てニヤニヤしたまま、後をついて行った。


 茶の間に入ると、大きなテーブルの中央で校長先生がごちそうを並べ直していた。茶の間といっても、20畳間ぐらいのリビングダイニングで、台所の流し台直結のカウンターの前面が大きな食卓になっているのである。


「いらっしゃい、どうぞ座ってね……見て!あなた達の新聞を見て、好きそうなお料理をたくさん作ってみたわ!もちろん、材料は商店街で買ったのよ、すごいでしょう!」


 髪を短めにまとめてスポーティにしているとはいえ、半分以上が白髪で、“ばあちゃん”と呼ばれている校長先生が、上機嫌で浮かれてしまっている。

そんな様子を見てしまったのだから、部長はもちろんだが、生徒会長も、半分笑うしかないというあきらめの表情で、校長先生の料理を褒めたのであった。


「今日は、息子達が出張で居ないのよ、だからみんなで責任もって全部食べてね!お願いよ」


 校長先生は、冗談とも思えない量の料理を目の前にして、平然と笑顔で言うのであった。


「おい!残すなよ!残したら……全部、明日から、俺の食事になってしまうんだからな…頑張って食ってくれよなあ~」


 高之のだんだんと威勢がなくなり、声が震えてくるのが、少しおかしく感じてしまい、部長と姫良は顔を見合わせて笑ってしまった。


「まあ、じゃあ、いただきますか」

「……いただき…ます……」


 その後は、4人で、楽しい食事会になった。この間の新聞部のパンの話や商店街の話、天体望遠鏡の話などもした。

 すると校長先生が、思い出したように尋ねた。


「姫ちゃん、おうちの人とは連絡とれてるの?」


 姫良は、少し迷ってはいたが、


「……最近……やっと……わかるようになりました」


と、小さな声で答えた。


 校長は、しばらく考えてはいたが、ただ「よかったわね」とだけ言った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 帰り際、部長は校長先生に呼び止められた。


「あ、姫ちゃん、高之と先に玄関のところへ行って待っててね………」

「……どうしたんです、校長先生……」

「陽ちゃん、姫ちゃんの様子はどうだい?」

「どうって?」

「最近、変わった様子はないかい?」

「……そうですね……毎日、一生懸命、天体望遠鏡をのぞいて観測してますよ」

「そうかい、それで?」

「それでって?……んん……ここんとこ、少し元気がないような気も……あ、でも、前から大人しい子でしたから……」


「いや……陽ちゃん、最近、お月様見てるかい?……見てないだろう。ここんとこは、月は欠けてきてるんだよ。もうすぐ新月になって真っ暗になる。その次は、少しずつ膨らんでくるが、しばらくは月に会えないんだ…」

「え?……それが……何か……関係があるんですか……」

「ん、まあ……いいわ……でも、姫ちゃんを頼むよ……いいかい、寂しい思いをさせるんじゃないよ、わかったかい」

「そんなの、わかってますよ」


 この日も、朝日奈陽太(あさひなようた)月野姫良(つきのひめよ)は、きれいな月と星の夜空を見ながら家路についた。


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
何でしょうか? 新月に何か隠された秘密がありそうですね。 キャラの関係性も気になりますが、月の謎が一番気になります〜。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ