07 めざせ!はじめての一人旅
ありがとうございます。
「おい!陽太……」
休み時間に廊下で後ろから呼び止める声に気づき振り向くと、生徒会長が近づいて来た。
「なんだ生徒会長か、こんなところで何か用かい?」
新聞部部長としてではなく、親友の桜坂高之への返事をした。
たぶん相手もそのつもりなのだろう。改まった口調は、微塵も感じられなかったが、違和感もなかった。
「今日、夜、ばあちゃんが、うちに来いってさ。もちろん、お前だけじゃなく、姫ちゃんもつれて来るように言ってたぞ、わかったか」
「ああ、部活を少し早めに終わらせて行くよ、伝えておいてくれ」
姫良のために校長先生が企画していることで、今までにも何度かあったので、これだけで十分に通じた。
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「…という訳で、今日は姫ちゃんと校長先生の家に行くから、少し早いがこれで部活を終了します」
「いいなあ~、私も行きたいなあ~」
直子が、姫ちゃんにくっついて、部長に猫なで声で訴えた。
「いいじゃない、私達はお月見大会もあるし、また時々は、この間みたいに一緒に呼んでくれるわよ。いつもみんなで押しかけたら、姫ちゃんだって休まらないでしょ!」
満乃が、きっぱりと直子を制すると、直子もあきらめた。その時、姫良が申し訳なさそうに、部長に右手を小さく上げてお願いのポーズをとった
「あの~……みなさん……なごめんなさいね、…………それからキャップ……行く前に、観察を……いいかしら?……」
「観察?……ああ……天体望遠鏡か……もちろんいいよ」
「姫ちゃん、気にしなくていいからね…それじゃあ、私達は先に帰るからね…じゃあ明日また学校でね…バイバイ」
姫良は、カバンからメモ帳を取り出し、そそくさと天体望遠鏡の前に行き、ピントを合わせ出した。
長い黒髪を左手でまとめて首の横で抱えた。右手は、メモ帳の上に置き、素早く動かしている。
上杉電器のおじさんが言っていたように、自動でピントを合わせてくれるし、月なら完全にはっきり見ることができる優れものなので、準備にはさほど時間はかからなかった。
「姫ちゃん、やっぱり月を見ているのかい?きれいに見えてる?」
部長は、上杉電器のおじさんの言葉を思い出して、姫良に聞いてみた。
「……はい。……よく見えるの………………………ごめんなさいね……」
「何を謝っているの。別にこのくらい平気だよ、姫ちゃんはすごいな、毎日観察して。科学者でも目指しているかい?」
返事はなかった。姫良のメモを取る手も終わり、こちらを向いた時、目が赤くなっていた。部長は、望遠鏡の見過ぎぐらいにしか思っていなかったが、それにしては表情も暗かったのは気になった。
「それじゃあ、校長先生の家に行こうか」
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「陽太!遅いぞ、俺は、腹が減ってるんだからな…………」
まず校長宅で出迎えたのは、生徒会長の高之だった。学校の近くではあったが、それなりの大きさの住宅で、高之の声がしてから、姿を見るまでしばらく玄関で待たされてしまった。
「すまんな、これでも急いで来たんだ」
「……すみません……」
小さくなって、姫良が謝ったが、高之は一言も触れずに、また奥に引っ込んだ。
「姫ちゃん、気にしなくていいから。あいつは、あいつで、照れているんだから…」
と、背中を見てニヤニヤしたまま、後をついて行った。
茶の間に入ると、大きなテーブルの中央で校長先生がごちそうを並べ直していた。茶の間といっても、20畳間ぐらいのリビングダイニングで、台所の流し台直結のカウンターの前面が大きな食卓になっているのである。
「いらっしゃい、どうぞ座ってね……見て!あなた達の新聞を見て、好きそうなお料理をたくさん作ってみたわ!もちろん、材料は商店街で買ったのよ、すごいでしょう!」
髪を短めにまとめてスポーティにしているとはいえ、半分以上が白髪で、“ばあちゃん”と呼ばれている校長先生が、上機嫌で浮かれてしまっている。
そんな様子を見てしまったのだから、部長はもちろんだが、生徒会長も、半分笑うしかないというあきらめの表情で、校長先生の料理を褒めたのであった。
「今日は、息子達が出張で居ないのよ、だからみんなで責任もって全部食べてね!お願いよ」
校長先生は、冗談とも思えない量の料理を目の前にして、平然と笑顔で言うのであった。
「おい!残すなよ!残したら……全部、明日から、俺の食事になってしまうんだからな…頑張って食ってくれよなあ~」
高之のだんだんと威勢がなくなり、声が震えてくるのが、少しおかしく感じてしまい、部長と姫良は顔を見合わせて笑ってしまった。
「まあ、じゃあ、いただきますか」
「……いただき…ます……」
その後は、4人で、楽しい食事会になった。この間の新聞部のパンの話や商店街の話、天体望遠鏡の話などもした。
すると校長先生が、思い出したように尋ねた。
「姫ちゃん、おうちの人とは連絡とれてるの?」
姫良は、少し迷ってはいたが、
「……最近……やっと……わかるようになりました」
と、小さな声で答えた。
校長は、しばらく考えてはいたが、ただ「よかったわね」とだけ言った。
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帰り際、部長は校長先生に呼び止められた。
「あ、姫ちゃん、高之と先に玄関のところへ行って待っててね………」
「……どうしたんです、校長先生……」
「陽ちゃん、姫ちゃんの様子はどうだい?」
「どうって?」
「最近、変わった様子はないかい?」
「……そうですね……毎日、一生懸命、天体望遠鏡をのぞいて観測してますよ」
「そうかい、それで?」
「それでって?……んん……ここんとこ、少し元気がないような気も……あ、でも、前から大人しい子でしたから……」
「いや……陽ちゃん、最近、お月様見てるかい?……見てないだろう。ここんとこは、月は欠けてきてるんだよ。もうすぐ新月になって真っ暗になる。その次は、少しずつ膨らんでくるが、しばらくは月に会えないんだ…」
「え?……それが……何か……関係があるんですか……」
「ん、まあ……いいわ……でも、姫ちゃんを頼むよ……いいかい、寂しい思いをさせるんじゃないよ、わかったかい」
「そんなの、わかってますよ」
この日も、朝日奈陽太と月野姫良は、きれいな月と星の夜空を見ながら家路についた。
ありがとうございました。