15 めざせ!絆の白紙号外大作戦
ありがとうございます。いよいよ、お月見大会です。さあ、姫ちゃんは、どこへ……
「ミッちゃん、お団子は、ここでいい?」
「ああ、もう少し窓際がいいんじゃない……」
「校長先生のごちそう、今日もすごいですね……」
「あら、そう?ナオちゃん、いっぱい食べてね……」
「姫ちゃん、飲み物配ってくれるかしら」
「はい…会長さんどうぞ。……キャップは、これですね。……はい、校長先生どうぞ」
「ありがとう…姫ちゃん」
今日は十五夜、ここは校舎3階の部室で、予てからの計画で進めていたお月見会が始まった。太陽は沈んでいるが、天気もよく風もなく、満月なので、外は明るささえ感じる。
そんなに広くはない部室ではあるが、この日のために片付けて余計なものは寄せてある。主役のお月様がよく見えるように、窓側にはお団子だけが供えられている。比較的大きな窓は、ベランダになっているので月がよく見える。
「高之は、もう新聞部に入ってもいいんじゃないか?」
当然のようにお月見会に参加している生徒会長に向かって、朝日奈部長が皮肉交じりに話しかけた。
「うるさいなあ~、今日は、ばあちゃんの手伝いなの。それに、料理運んだり、部屋片づけたり、男手もいるだろう?」
チラッと新聞部の女子達を見ながら、生徒会長は言い訳した。
それでも朝日奈部長は
「男手なら、僕や文太がいるから、大丈夫だと思うんだけどなー」
と、わざと理屈を言ってみたりした。
すると、満乃が突然割って入り
「いいえ、キャップは姫ちゃんの面倒を見なければなりませんし、文太君は仕事が雑ですから、高之さんのお手伝いは非常に助かっています……」
と、正面切っての援護射撃を行ってきた。
「えーーー、俺は、雑なのーーー」
と、文太が、冗談でグレたふりをすると、直子がすぐにおどけて入ってきた。
「はいはい、文太君のいいところは、雑なんじゃなくて、要領がよくて素早いんですねえー、ただ、ちょっとだけ細かいのが苦手なだけですよーーー、大丈夫ですからネーーーー」
そして、みんなを笑いの渦に巻きこんでいった。
そんな様子を笑いながら、朝日奈部長は校長先生の傍に行き、
「校長先生、この度はいろいろとありがとうございました。特に姫ちゃんのこと、感謝しています。」
と、小声で話し掛けた。
「おや、そんなことを言うとは、陽ちゃん、すべて聞いたんだね」
「はい、この間の盆踊りの時に、姫ちゃんから」
「そうかい、それはよかった。姫ちゃんもこれで、安心して帰れるんじゃないかい……」
「校長先生は……どうして、ご存じなんですか?……いつから?」
「ん?……まあ……いろいろ……長生きするとね……」
「それより、自分の結論は出たのかい?」
「はい、もう、とっくに」
「そうかい、それは、良かった」
相変わらず、校長先生は、澄ました顔で何事もなかったようにみんなを見守っていた。
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「それじゃ、そろそろお月見会も締めようじゃないか、こんな時ぐらいしか出番がない顧問だけど、今日の最後の挨拶は月野姫良にお願いするよ、いいね」
校長先生は、一同を見渡した後、姫良を手招きして、自分のところに呼んだ。
そして、小さな声で
「さあ、自分の言葉で、お別れを言いなさい」
と、ささやき、背中を軽く押した。
会場のみんなは、動きを止め、校長と姫良の方を注目し、耳を傾けた。
姫良は、一歩前に出て、軽く息を吸ってから、ゆっくり話し始めた。
「……わたしは、この半年、とても楽しかったです。はじめて……新聞を作りました。たくさんの人が喜んでくれて嬉しかった。……実は、わたしもみなさんが作った学校パンフレットを見て、嬉しくなって、ここに来たのです。……そして、もう一度……会えたのです。ありがとうございます。星の河湖温泉の取材旅行も楽しかったです。貴重な体験でした。盆踊りもはじめてでした。…………本当は……もっと…………もっと…………い……た……た。もし、……みなさん………き……が……れば…、また……たいと………。本当に………あ……が………す」
だんだんと涙があふれ、声もとぎれとぎれになっていった。それは、聞いていたみんなも同じで、あちこちから涙をすする音が聞こえてきた。
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しばらくして、涙をすする音に交じって小さな鈴の音が聞こえ出した。
その鈴の音は、少しずつ大きく聞こえてきた。
「あ!」
直子が、窓の外を指さして叫んだ。
「…とうとう来たか……」
校長先生が、つぶやいた。
「何?あの光!お月様から伸びているみたい……」
窓を開けて覗いた直子が、目をこすりながら大きな声で言った。
その光は、だんだんと部室の窓に近づいて来た。ちょうど窓の前まで来た時、その光の中に人影が2人見えるのが確認できた。そのうちの1人が、手を振ってこちらに何か話しかけてきた。
『…………やあ……樹々、お世話になったね……ありがとう……』
全身ベールのような服につつまれてはいるが、光の中にいるのでよくは見えなかった。ただ、優しそうな声は、間違いなく誰かにお礼を言っていた。
部長が小さな声で
「樹々って誰だ?」
と、つぶやいた。
そしたら、生徒会長の高之が、驚いた顔をして、誰に言うでもなく声を出した。
「樹々っていったら、うちのばあちゃんの名前だよ……」
いつの間にか校長先生は、窓際に移動していて、光の中にいる二人を見上げ話し出していた。
「なあに、私は、何もしてないよ。娘さんは、本当によくやっていたよ……大したもんだ」
今度は、光の中のもう一人が話し出した。
『いいえ、姫良はいつも楽しそうでした。これも、みなさんのおかげです。いろんなことができて本当によかったですね…………姫ちゃん』
部長は、その言葉を聞いて間違いないと思った。
「……(お母さんとお父さんだ。迎えに来たんだ)……」
そして、いつも自分の後ろにいた姫良を探そうと振り向いたが、そこにはもう居なかった。
『さあ、姫ちゃん、そろそろ一緒に帰りましょう…………』
光が強くなり球形の輝きを放つようになってきた。
窓際には、姫良がこちらを向き、目には涙を浮かべながら、一生懸命に何かを言おうとしていた。
「………み……ん、おせわに……ました……陽ちゃん……号外がん……ばって………さ……………」
最後の言葉は、聞き取れなかったが、間違いなく口は、“さようなら”と動いていた。そして、光の中に吸い込まれ、あっという間に、光は月の中に消えていった。
・ ・ ・ ・
しばらく、みんな気が抜けたように月だけを眺めていた。
突然、高之が、陽太の襟元をつかんで飛び掛って来た。
「おい!陽太!どういうことだ!姫ちゃんが言っていた号外ってなんだ!説明しろよ!」
真剣な顔で、問い詰める高之だったが、やっぱり目には涙が浮かんでいた。
気が抜けたようになっていた陽太が、高之に飛び掛かられて、何とか正気に戻り、姫良に言われた“号外発行”の恩返しの件と、“記憶の消去”について説明した。
「……それで、陽太、どうするんだよ。決めたのか?……」
高之は、陽太の目を見て、静かに尋ねた。新聞部員達も、同じ気持ちで部長を見つめた。
朝日奈陽太新聞部長は、いつものようににこやかな笑顔を浮かべて、静かに答えた。
「ああ、僕の答えは、もうとっくに決まっているんだ!後は、みんなの了解をもらうだけさ……」
「何ですか?キャップ、答えって……」
みんなが、部長に迫った。
すると部長は、ポケットから1枚の新聞を取り出した。
「これな、さっき書いた号外の下書きメモだ!……これな……こうするんだ!!」
そう言って、部長は、その“号外下書きメモ”を真っ二つに破いてしまった。
「「「「「おおおおーー!!」」」」」
歓声が上がった。
「みんな、いいだろう?僕は、号外の記憶より、姫ちゃんの記憶を残したいんだ!みんなの記憶から、号外を作るっていう記憶が無くなっても、平気だよな?」
「あー、そんなもん、いるかー」
「もちろんよ」
「また、号外なんて、いつでも探せるぜ」
「それより、姫ちゃんとの思い出の方が大切よ」
「絶対、また、会えると思うんだ……ねえ、校長先生!」
「……本当に、あなた達は…………」
「ところで、校長先生、この決断は姫ちゃんに届くかな~」
さっきまでは力強い決断をしていた陽太だったが、なんとなく心細くなって心配になり校長先生に泣きついた。
校長先生は、澄ました顔で陽太に、
「大丈夫よ!あなたたち、姫ちゃんを信じなさい……あれ……」
と、部室に置かれた天体望遠鏡を指さして言った。
朝日奈部長は、「何かな?」と、思いつつ天体望遠鏡を月に合わせて覗いて見た。
そこには、はっきりと月野姫良からのメッセージを確認することができた。
『あ・り・が・と・う』
ありがとうございました。このお話もこれで完結です。最後は、号外よりも姫ちゃんとの記憶を大切にした、新聞部でした。新聞部としては、ポンコツかもしれませんが、次の展開が望めそうな感じですよね。姫ちゃん、次は冬休みに来たりして……