11 めざせ!新月のひかり
ありがとうございます。いよいよ花火大会です。何が起きるでしょうか……
「わあーー、すごーいわねー」
「俺だって、こんなに近くで見たことないよ」
「ここの花火大会は、湖の真上にあげるので、水面にも同時に花が咲くって有名なのよ!」
「さすがミッっちゃん、良く調べてますね~」
「も~ナオちゃんったら、でもねここの花火は、それだけじゃないの。湖の周りが山になっているので、音が反響して小さな山彦が幾重にも重なるの。山の精霊の祝福だとも言われているそうよ……」
「へえーー、姫ちゃんは、こんなすごい花火は見たことある?」
「……わたし……はじめて……なの……花火…………こんな……きれいな……」
姫良は、空の花火を見つめてうっとりしていたが、片手はいつも朝日奈部長の浴衣の袖をつかんでいた。
星の河湖温泉花火大会には、たくさんの観光客がつめかけ湖の周りに陣取って、壮大な花火の打ち上げを楽しんでいた。
夜空には、まるで絵を描いたように星が散りばめられ、紺色のキャンバスに様々な絵柄や模様が浮き出るようだった。風もなく、観光客のざわめきこそあったが、そこには花火の光と音しか印象には残らなかった。
ただ部長は、袖を引く姫良の力がだんだんと強くなってくるような気がしていた。
「……姫ちゃん?……大丈夫?」
部長は、静かに声を掛けてみた。
「あ!……ごめんなさい。……つい……」
姫良は、ちょっと下を向いたが、それでも袖は離さなかった。それどころか、前よりも袖を引く力は緩めたが、体を部長の方に近づけてきた。そして、また空を静かに眺めているのだった。
花火も終盤に差し掛かり、アナウンスが流れた。
「さあ、文太、今日はお前が撮影を担当だ。よろしく頼んだぞ!」
「任せてよ、夜の撮影は難しいんだ。絞りに、シャッタースピードは、計算済みさ。それに三脚も持参した。カメラのシャッターもリモコンだからブレもなし。準備万端」
「さすが、副部長。これで“満月草”もばっちりだね」
直子が、笑顔で文太の背中をたたきながら喜んだ。
「焦っちゃダメよ、なんせ満月草が満開になるのは、新月の位置がちょうどこの湖の真ん中に来た時だけらしいの」
満乃が、パンフレットを片手に真剣な表情で解説した。
「でもさあ~新月だから、見えないんだぜ。どうやって、この湖の真ん中に来たって、わかるんだよー」
カメラをセットしながら、文太がぼやいていると、さらに満乃が付け加えた。
「それは、この花火大会の実行委員の人達が、日付と時間を計測して、月の動きを計算して、新月が湖の真ん中に来るときに花火を終わらせるように仕組んであるそうよ!」
「な~るほど…それなら大丈夫だな…」
花火は、ラスト前の“ナイアガラの滝”が始まった。横幅100メートル、高さ10メートルの火の滝である。この滝が終わると同時に、湖岸の住宅や屋台、街灯などすべての電灯が一斉に消灯された。
「お!真っ暗になった」
次が、ラストの打ち上げ花火で、カウントダウンで、10連発。
「10・・・9・・・8・・・7・・・6・・・5・・・4・・・3・・・2・・・1」
あたり一面静寂が訪れた。
地上は、暗闇。しかし、天上は、星明かりの満天空。抜けるような紺色の空。
星の河湖の水面は、鏡のように真っ平で、空を映している。
「文太、押せ!」
「お、おお!」
次の瞬間、心地よい風があたり一面に一回り、一瞬だけ吹いたと思ったら、空の星も光るのを止めた。
「あ!」
あちこちで、短い感嘆の声だけが響いた時、湖面の“満月草”は、満開の花を開き、どこからも光を当てていないのに、満月と同じような黄色い光を放って輝いた。
時間にしたら短かく1分もないが、その場に居た人達には永遠にも感じた長さだった。2度目の風が吹いたのを合図でも感じたように、“満月草”の光が弱まり、同時に空の明るさが戻ってきた。
「文太、シャッター!」
「あ、は、はい」
「撮れたか?」
文太は、急いでカメラを三脚から外し、モニターを見ながら再生ボタンを押した。
「…ダメだ……。景色はしっかり写っているけど、“満月草”の光は、何も映っていない……」
「やっぱりそうなのね……この“満月草”の光は、古来から人の目にしか見えないと言われているのよ……。だから、絵に描こうとか、写真に撮ろうとかしても絶対にだめなの……だから、言葉でしか伝えられていないのよね…」
校長先生は、以前にも体験したことがあるような口ぶりで、話した。
後日、聞いた話によれば、その場にいた多くの観光客は、みなカメラを構えて写真を撮ったが、誰一人“満月草”の光を映すことはできなかったそうである。
「しかたがないな、じゃあ旅館に帰ろうか……」
と、部長が言った時、姫良が、また部長の袖を強く引っ張って言った。
「…あの……お願いします……もう少し……もう少しだけ……ここで……」
今度は、部長の方をしっかり向いて、真剣な目で言ってきた。
「そっか。…みんなも……いいかな?」
全員喜んで、姫良に付き合って、しばらく星空を眺めることにした。
「それにしても、きれいだったわよね“満月草”。あんなに輝くとは思ってなかったわ」
まだ、興奮した様子で、直子は話し出した。
「でも、写真に撮れなかったのは、残念だったなあ、いい新聞の記事になると思ったんだけどなあ」
「そうね、でもさー、私、不思議なことがあるのよね…みんな気がついた?光ったのは、湖の内周に咲いたものだけなのよね、真ん中にある“満月草”は光らなかったのよね…」
「え!そうなのか?俺、全然、気が付かなかったぞ…」
「まったく、文太君は。私も不思議に思ったわ。さすがナオちゃん。運動神経だけじゃなく、目もいいのね。感心しちゃう」
「えへへ、それほどでも…」
「満乃さん、そういうのは、パンフレットとかには書いていなかったのかい?」
「高之さんの言う通り、私も調べてみたんだけど、なかったのよね…不思議だわ」
そんな話をしているうちに、他の観光客は次第にそれぞれの旅館へ戻っていった。いつの間にか、湖の傍には、新聞部の6人だけが残っていたのだった。
部長もそんな様子を感じて、姫良に帰ることを提案しようかと考えていた時、突然また風が吹いた。今度は、湖の中央から真っすぐ部長達がいる方に向かって直線的に吹いてきた。ただ、その風は、温かく心地よく、なんとなく優しさを感じる風だった。
そして、次の瞬間、湖の中央にある“満月草”だけが光輝き出した。しかも、その光が、一直線に姫良達を包み込んだ。
「……うん……うん……ああ……ああああ…………はい………うん……」
姫良は、何か言っているようだったが、光に包まれた後、嬉しさと涙を浮かべた顔と悲しい表情を矢継ぎ早に変化させて、光が消えたと同時に膝から崩れてしまった。
「姫ちゃん、大丈夫…大丈夫」
朝日奈部長は、すぐに呼びかけた。
「……うん、……だいじょうぶ……」
と、姫良は、小さな声で言うものの、目を閉じてしまった。
部長は、姫良を抱きあげ旅館に走った。他のみんなも心配して、部長と姫良を追いかけた。
ありがとうございました。次回は、光のなかで、いったい何が……