第7話 そんなこんなで、やっぱり勇者な勇者
……それは、七不思議の調査から数日後のこと。
朝、登校すると、昇降口を上がってすぐのところにある中央掲示板に、異様な人だかりが出来ていた。
季節的に、大々的に張り出されるようなお知らせも特にないはずだし――。
そもそも今はスマホで学校のサイトでも見れば、わざわざ足を運ばなくても掲示板の内容ぐらい確認出来るっていうのに、だ。
まさか、怪文書でも張り出されたりとか――?
そんな不穏さを覚えながら、掲示板に近付くと。
わたしの存在に気付いた生徒たちが、1人、また1人と――わたしを振り返りながら、海を割るように道を開けてくれる。
それも――
「おお、勇者姫だ……!」
「勇者姫サマよ……!」
なんて単語を口々に、感嘆混じりにつぶやきながら。
一瞬、あの夜の、屋上での〈禍気〉との戦いを見られたのかと疑うものの……そんな気配があれば、絶対に気付いたはずだ。
だから大丈夫と自分に言い聞かせつつ、サクラメントを構えたわたしの写真とかだったらどうしようと緊張もしつつ、掲示板の前に立つ。
そこに大きく張り出されているのは――新聞部発行の、校内新聞だった。
『聖桜院女史、七不思議問題を華麗に解決!』なんて、ハデな見出しの。
幸いというか、使われてる写真からして、わたしの正体がバレたってわけじゃないみたいだ。
だけど、この内容は――。
「…………」
記事を読み進めるにつれ、思わず頬が引きつる。
いや、確かにあの調査のあと、生徒会として新聞部の取材は受けたけど。
その中で、七不思議については(喜多嶋先生のことは伏せつつ)、超常現象なんかじゃなく、ウワサの原因となっていた問題にも対処したので、もう大丈夫とは話したけど。
ごくごく普通に、あらましを報告しただけの、その話に――。
なんか、こう、ハリウッド映画かってレベルの脚色が加わっちゃってるのはどーゆーことよ!?
悪霊や妖怪はもちろんのこと、不審者もいなかったって言ったのに!
わたしの命を狙う暗殺者とか、カケラも話題に上らなかったのに!
そんなのが軒並み出てくるってどーゆーことだ!
そしてそいつらをわたしが華麗に打ち倒し、七不思議の裏に潜む陰謀を打ち砕いて、学校の平和を守った――とか、どーなってるんだ!
しかも、結びの一文が――!
『皆が恐れる七不思議に果敢に挑み、解決に導いた我らが聖桜院女史――。
彼女こそ、我が校の勇者と呼んで差し支えないだろう。
そう、良家の姫君でもある彼女は即ち、〈勇者姫〉である――!』
だーかーら、良家の姫君どころか、お嬢サマですらないって言ってるでしょーに!
いや、確かにそれを説明しても、いっつも『ああ、世を忍ぶためにそういう設定なんですね』って顔されるけど!
「……ん?」
反射的にガックリするわたしの目に留まったのは、紙面の隅に配置されたQRコード。
よくよく見るとそれは、『生徒会メンバーの証言(動画)』らしい。
わたしは反射的に、スマホでそのコードを読み取り――
「ちょーっと調子に乗って盛っちゃいました! てへ!」
「お世話になってる先輩の、筋肉以外の活躍を知らしめたくて!」
放課後、生徒会室で詰問すると、1年生2人はあっさりと容疑を認めた。
さすがに、直接あの記事の『もと』になってるってほどヒドくはないけど……。
ルコちゃんの発言通り、七不思議調査についての2人の証言は、基本的にわたしの活躍というカタチに盛られていたのである。
「いやあ、このクセ強生徒会を見事に引っ張ってる我らが姫君、穏香センパイのスゴさを、みんなにも正当に評価してもらわなくちゃ――って使命感で!」
「盛ってる時点で正当じゃないけどね……。
あと、いつも言ってるけどド庶民だからわたし」
タメ息混じりに、(どれほど効果があるかはさておき)ルコちゃんと網野くんに軽くお説教食らわせて――。
わたしは改めて本丸、生徒会室の某私物化スペース、通称〈奥の院〉に攻め込んだ。
「ヒ〜カ〜リ〜ちゃ〜ん……?
コレ、どーゆーことかな〜……?」
スマホで証言動画を再生しつつわたしは、奥で「みぎゃっ!?」と、イタズラがバレた子供よろしくさらに小さくなったヒカリちゃんに詰め寄っていく。
『うむ、諸事情により、信者諸君に映像をお見せ出来ないのは甚だ残念なのだが……!
今回の聖桜院くんの活躍は、それはそれは見事だったのだ!
低俗霊と、その影響を受けた不審者どもや、それらを尖兵とする不届きな異神の手先を、華々しく麗しく――そう、まさしく華麗に撃退し、我らが聖域を守り抜いたのだ!
しかし、うむ、危ういところであったよ……!
もう少し対処が遅ければ――そして、我らが聖桜院くんの獅子奮迅の活躍がなければ……!
信者諸君が我が深淵の神の庇護のもと、健やかに学びを受けるこの聖域が、異神の悪辣な企みにより蹂躙されていたやも知れぬのだからな……!』
動画の中で流暢に弁を振るうのは、青紫のタコっぽい〈ダゴンちゃま〉の被り物で顔を隠した、うちの生徒のちっちゃな女の子。
その名も、動画配信者〈D.ぷわん〉――通称、ぷわんちゃま。
そう。正体は、我らが生徒会長、摩天楼 光その人である。
うちの学校は『生徒の自主性を重んじる』とか言うとそれっぽいけど、実質ぬるいというか――。
校内で妙なカルト的人気を誇るこの〈D.ぷわん〉を生徒会長に!……っていう、生徒たちの半ば深夜ノリに近い提案を受け入れ、そのままの名前で選挙も実施。
結果、ホントに当選しちゃった――という経緯があったりする。
それもあって、ヒカリちゃんは生徒会長として全校集会とかイベントごとに出るときは、必ず動画で出席するのである。
……動画だと、この通りメチャクチャ饒舌になるし。
「だだだ、だってだな……! せせ、宣伝は、だだ、大事なのだ……!
じゃ、邪神の眷属として! しし信者を洗脳して、い、いずれ世界征服するために!」
「そこはせめて生徒会活動認知のためって言え」
わたしはゴスンと、ヒカリちゃんの脳天にチョップを落とす。
「ぴぎゅっ!?
ううう〜、わ、わちしの超貴重な邪神脳細胞がががが……」
「まったくも〜……いくら何でも、今回のコレは盛り過ぎでしょ?」
今の新聞部の部長は、『報道は真実が1割、エンタメが9割!』と豪語するようなエキセントリックな子なので、そっちが最終的に悪ノリしたってので間違いないだろうけど……。
もとがなければ、あそこまではいかないわけで。
で、その『もと』になってるのが会長証言なのは間違いないわけで。
「だだ、だって……な、七不思議とか、わちし、ムリだし……。
だ、だから――み、みんなに、ズカはホントにスゴいのだって、いい言いたかったのだ……。
と、とと、友達……だし」
スネたように、恥ずかしそうに、視線を逸らしてぽそぽそとつぶやくヒカリちゃん。
うぐ……っ!
あ〜、もう、この子は〜……! それ反則だよ……!
そんな顔でそんなこと言われちゃ、怒るに怒れないじゃない〜……。
「いい、偉大なる邪神の下僕だし……。
いひ、いひひ……!」
「…………。
で、何でそこまで口に出しちゃうかなー」
とりあえず、お約束として。
わたしは微苦笑混じりにもう一度、小さな頭に軽くチョップを落とすのだった。
……まったく、ホントにしょうがないんだから。