第5話 勇者、尾矢隅高校七不思議を斬りまくる?
音楽室を後にしたわたしたちが次に向かったのは、屋上への階段。
ここは、たまに別次元と繋がるとかで、階段の段数が変わったりするらしい。
実際に異世界行ったわたしからすると、なかなか現実味がありそうにも思えたけど、結果は――やっぱり何もなかった。
ただ、階段を数えるとき、上る前の『床』を『1段』として数える――っていうヘンな数え方をしていた網野くんだけが、当然段数が違うことになって。
「まさか、怪異か!?」って騒いでちょっとややこしいことになったけど。
ちなみにそんな網野くんは、ルコちゃんに「やっぱりアンタは筋肉だけか!」とおしりを蹴り飛ばされていた。
素人とは思えない、良い蹴りだったなあ……うん。
そして4つめ、物置代わりになっている空き教室では。
50年前に屋上から身を投げた生徒が、今も飛び降りる姿が窓に映ることがあるらしい――けど。
「てか、ヒカリちゃん。
うちのガッコ、まだ創立30年もいってないよね?」
『しし、しかも、前に別の学校が建ってたってこともないのだ。
そ、それどころか、田んぼだったのだ。飛び降りようがないのだ』
「ちなみに、この校舎が建ってから、飛び降りってあったの?」
『あ、あるわけないのだ……廊下ですっ転んで死んだ生徒と同じく。
そそ、そんなことあったら、大騒ぎになってるのだ』
「だよねー」
……ってなわけで、コレも一応は解決。
続いて5つめ、美術準備室に隠れて踊る彫像が――ってのは。
「……きっとコレですよね、穏香センパイ」
「そうだね、コレだね。
コレを見た人の会話から出たウワサ話に、尾ひれが付きまくったんだろうなあ……」
準備室の奥の方の棚に、布までかけて隠されていた、居並ぶ無数の美少女フィギュアが正体――ってことで間違いなさそうだった。
前の方に並んでるのが、ちょうど動きがあるヤツだし。
踊り子さん的な大胆な衣装のヤツだし。
「ヒカリちゃん、今、ここの管理責任者って誰?」
『え〜……い、今は〜……。
げ、現国担当教諭で、漫研と美術部の臨時顧問も兼任してる、喜多嶋 春代……なのだ』
……またですか、喜多嶋先生……。
「あ〜、そー言えばキタやんセンセ、実は相当なレベルのオタクさんらしいんですよね。
昔は同人活動もしていた、なーんてウワサもあったりするぐらいで。
家にフィギュアの置き場が無くなっちゃって〜、とかでしょっかね」
詳しい事情は知らないけど、私物をこんなところに持ち込んで隠していたことについては、後でまた先生に一言言っておかないと――って結論で、5つめも調査終了。
そして、家庭科室の大きな冷蔵庫を中から引っ掻く音がする――というのが6つめ。
冷蔵庫に隠されていた死体の怨念がどうのこうの、ってのはどうせ『そんな事実ナシ』になるんだから置いとくとして……。
「…………。
でも確かに、音、してるね。ガリガリって、引っ掻くようなの」
「これは……!
今度こそ、この筋肉以外で役に立つときのようですね……!」
「アンタじゃなくてアタシが、ね」
腕まくりしそうな網野くんを押し退け、ルコちゃんが前に出る。
「実はこの仏座 薫子、機械弄りとか大得意なんですよねー。
うちの父さんがゴリゴリの技術畑の人で、ちっちゃい頃から色々と教えてもらってたもんで!」
単なるオシャレ用かと思ってたポーチから、颯爽と工具を取り出し、嬉々として冷蔵庫に取り付くルコちゃん。
そして、時折網野くんの筋肉に手伝わせたりもしながら、内から外から、冷蔵庫に(素人目にはよく分からない)何かをすること20分ほど――。
作業のために一度切っていた電源を入れ直すと、冷蔵庫のガリガリ音はキレイさっぱり消えていたのだった。
「おお〜……! スゴいね、ルコちゃん!」
「いえいえ〜、大したことじゃないです。
見た目からして古いし、ロクに整備もされてないの丸わかりでしたからね!
音が鳴る原因になりそうなところを、ちょちょっと弄ってやっただけですよー。
……まあ、ほっとくとまたすぐ同じようなことになるでしょうから、一度ちゃんと業者さん呼んだ方がいいと思いますけど」
「オーケー。じゃ、それはまた学校側に要請しとかないとね」
――と、そんな風に6つめも難なく解決。
で、ついに最後――7つめのポイントが、体育館の倉庫。
隅っこの方になぜか鏡が置いてあって、それが『異世界への扉』になってるって話だ。
――結論から言うと、鏡は本当にあった。
今はあんまり使われてなさそうな器具や道具が積まれたその陰に、布までかけられて。
あまりに不似合いな場所だし、不気味に思われるのもよく分かるけど……。
残念ながらと言うか、それはあくまでただの鏡だった。
鏡の裏に貼られていた、古びたメモ用紙の『3−C シンデレラ』の文字と、ヒカリちゃんに調べてもらった過去の文化祭のプログラムを照らし合わせれば、答えは明白で。
どうやら、文化祭の演劇で小道具に使われたものが、片付け忘れたのか、そのままここに置かれたままになっていたらしい。
「にしても、『異世界への扉』の鏡、ね……」
誰にも聞こえないようひとりごちながら、そっと鏡に触れる。
その言葉はわたしにとって、何とも馴染み深い響きがあった。
召喚された異世界、〈麗原ノ慧殿〉――。
そこで戦った宿敵たる魔神は、大いなるチカラを秘めた〈宝鏡〉を手にしていて……そして実際、魔神を倒したわたしは、その〈宝鏡〉のチカラで日本に帰って来たからだ。
「……はあ。
結局、ガチの超常現象はゼロ、でしたねー」
「ん? ああ、まあ、そりゃあね。
『七不思議』なんて、そんなもんじゃないの?」
『と、当然なのだ……!
いい、偉大なる邪神の眷属たるわちしの領域内で、て、低俗霊ごときが好き勝手するなぞ、出来るわけがないのだ……!』
「おいおい、どの口が言うかね、この邪神ちゃまは」
「ですが、先輩方。
そもそもの発端になったのは、『妙な気配がする』ってウワサだったんですよね?」
意外に鋭いところを突く網野くんだったけど――これについてはルコちゃんが、「そりゃ走ってたキタやんセンセのことっしょ」とアッサリ切って捨てた。
ともかく、これで『七不思議』の調査は終了。
遅くならないうちにさっさと撤収しよう、ってことになって――。
「じゃあわたしは一応現場代表として、職員室の方に、終了報告と借りてたカギを返しに行くから。
2人ともお疲れさま、また学校でね」
「あ、はーい、お疲れさまでした〜!」
「お疲れさまでした」
体育館を出たところで、後輩たちを先に帰らせて……校門の向こうに消えていく背中を手を振って見送る。
そして――。
(ユーリ、どうだった?)
《そうだね。主クン、キミが感じたぐらいには》
ポケットの〈姫神咲〉を通しての、ユーリの念話を受け取ったわたしは。
「オーケー。
さて――んじゃ、クエストの総仕上げといきますか!」
腕や背筋を伸ばしたりしながら、西棟へときびすを返すのだった。