勇者をやめるには勇者をやるしかない!
――ついにやって来た、『その日』の放課後。
〈勇者〉をやめるわたしと、儀式を司るわたしの仕天使であるユーリ。
そして、そんなわたしたちを見守り、見届ける、ヒカリちゃんたち生徒会の面々が、揃って生徒会室に集まっていた。
「そっかー……。
ついに、穏香センパイも〈勇者〉やめて、フツーの超絶お嬢サマに戻るんですね……」
「超絶お嬢サマはフツーじゃないでしょ。
――てか、だから、聖桜院家は名前が大仰なだけのド庶民だっての!」
「大丈夫です先輩、筋肉以外は永遠に不滅ですから……!」
「ああ、うん……網野くん?
ドヤ顔で良いこと言った風だけど、言えてないからね?」
いつもの調子の後輩2人から、激励(そう思おう)の言葉をもらう。
――ちなみに2人は、今回のこと、事件中はもちろん、その後の報告やら何やらでも随分頑張ったんだけど……。
その功績もあって、ついに『見習い』卒業かと思いきや、そうはいかなかったらしい。
原因は、ハデに武装を使ったことと、その『痕跡』を消すための後処理に、組織として手痛い出費を強いられたから――だそうだ。
要するに、事件解決の功績によるプラス査定を、大赤字が見事に打ち消したってことみたい。
でも本人たちは、結構な修羅場を乗り切った経験と自信、そして無事の生還を先輩忍者さんにちゃんと評価してもらったことに、確かな手応えを感じてるらしくて。
念願の見習い卒業は流れたけど、実のところあんまり気にしてないそうだ。
……まあね、この2人なら、一人前って認められるのはどのみちすぐだろうし。
「ず、ズカよ、あ、安心するのだだだ……!
ゆ、勇者でなくなってもズカは、わ、我らが偉大なる邪神の、みみ巫女であることに、か、変わりないからな……! いひ、いひひ……!」
「……変わりないも何も、わたし、前は役職『尖兵』とかじゃなかった?
巫女だなんて、むしろ余計なお世話的に地位上がってない?」
「み、巫女はやっぱり、かか神に、み、操を立てなきゃ、だからな……!
ず、ズカなら、あ、改めて、そのへん心配ないと踏んだのだだだ……っ!」
「ホンっっっトに余計なお世話だよっ!!」
わたしのわざとらしい大仰なキレっぷり(ちょびっとマジも入ってるけど)に、いひひ、と笑って返すヒカリちゃん。
その笑い方こそ、いつも通りのアヤしさだけど……ちらっと見える伏せ気味の笑顔は、前よりもちょっと明るくなった感じがする。
もともとヒカリちゃんは芯が強い子だし、ちょっとずつでも自分を前向きに変えていこうって頑張ってたけど……。
今回の事件で、わたしのためにって勇気を振り絞ったり、実の父親と逃げずに最後まで向き合ったり――と、心境的に大きく前進するきっかけになったのかも知れない。
……まあ、こうして邪神信奉者なのは変わってないんだけど。
ちなみに、自分が養子だって知ったことは、摩天楼家のパパママにはまだ秘密にしておくらしい。
きっとパパママも打ち明けるタイミングを計っているんだろうから、それを信じよう、って。
……ああ、それがまた、ヒカリちゃんが『しっかりしよう』って頑張る後押しにもなってるのかな。
打ち明けても大丈夫、って思ってもらえるように――ってね。
「さて――主クン?
それじゃ、そろそろ始めようか?」
「……ユーリ……。
うん、そうだね――お願い」
ユーリに声を掛けられ……わたしは居住まいを正し、その前へと移動する。
いよいよ今から、天使たるユーリによって、わたしが積んだ『経験』を使っての、わたしの〈勇者のチカラ〉の成長――。
ゲーム風にぶっちゃけて言うところの、レベルアップの儀式が行われるのだ。
そしてこれで、成長限界を超えたわたしの中の〈器〉は、膨らませすぎた風船が割れるように、壊れて消えて。
わたしの〈勇者のチカラ〉はゼロに戻る――〈勇者〉でなくなる、ってわけだ。
まあ、その理論だけだと、さすがにちょっと信憑性に欠けるところはあるけど……。
何せ、今度こそちゃんとマガトを祓ったんだからね。
〈勇者〉の仕事が終わったとなれば……そりゃあもう、お役御免が当然でしょ。
「……あ、そうだ!
ユーリ、わたしのチカラが消えたら……あなたはどうなるの?
せっかくこっちに来て、こうして馴染み始めたところなのに……〈勇者〉じゃないから契約解除でハイさよなら――なんて、さすがにさびしいと思うんだけど……」
「……そうだね。
確かに、ボクたちの間の契約という絆は消えてしまうだろう――けれども!」
いきなりその場でクルリと、キラキラしながら優雅に回ってみせるユーリ。
……あ~、なんか久しぶりだなあ、この感じ。
「けれども、そう――っ!
ボクと主クンの尊い絆は、そんなものだけではないのだからね……!
ああ、大丈夫だとも!
キミがただのJKになろうとも、ボクのキミへの想いは、一片たりとも変わりはしないさ……!
だからもちろん、キミが望むままに!
ボクはキミとともに、この世界に在り続けるよ……!」
「異世界の天使がJKとか言うなっての……あと、毎度のことだけどわたしにそっちのケはないから!
まったく……早くも前言撤回してお帰り願いたくなっちゃったわよ」
ずずいっと近付けてくる、キラキラと見目麗しいユーリの美顔を押し返しながら、わたしはお約束のタメ息をついた。
でもって、仕切り直しとばかり手をパンと叩く。
「――さあ、もう、ほら!
せっかくみんな立ち会ってくれるんだし、ここはひと思いにパパーッとやっちゃってくれる!?」
「そうかい? 仕方ないね……分かったよ。
それじゃ主クン、勝手は分かってると思うけど――精神を集中して……」
ユーリの言葉に従って……わたしは立ったまま、瞼を閉じつつ深呼吸。
気持ちを落ち着けつつ、意識を自らの内にある〈器〉に集中する。
「よし。では――いくよ……!」
ユーリの手が、わたしの額にかざされたのが分かった。
そして、そこから流れ込んでくる、あたたかな気のイメージ――。
……ああ、ようやく、なんだなあ……。
まさか、こっちに戻ってきてまで戦うことになるなんて、思いも寄らなかったけど。
これでついに、〈勇者〉も廃業かあ……。
そもそもこっちに戻る前に、一度は終わったと思っていたわけで。
でもこうして、紆余曲折の末に改めて、となると……さすがに、感慨深い。
そうだなあ……正直ちょっとは、寂しい、って思いもなくはないけど――。
でも……『過ぎたるは尚及ばざるが如し』。
普通に生活する上では必要ない、過ぎたチカラなんて――あるべきじゃないから、ね。
――さて……これでわたしも、晴れてフツーの高校生に戻るわけだし。
これからは、ちぃちゃんみたいに、ステキな男の子と、ステキな恋愛を――!
……って……。
「ねえ……ユーリ、何だか長くない? まだ終わらないの?」
わたしが、片目を開けつつ不満を漏らすと――。
「いや、終わったよ?」
ユーリは、あっけらかんとそう答えた。
「……は? え、でも……何て言うか、ゼンゼン変わった感じしないけど?」
「まあ、主クンぐらいになるとね……そもそものチカラが既に強大だから、それがさらに1段階強化されたぐらいじゃ、あんまり変わった感じはしないだろうね」
「………………」
「………………」
「え? は? えっと、つまり……?」
きっと微妙に頬が引きつってるだろうわたしの問いに、ユーリはニッコリと良い笑顔で手を叩いて応じた。
「ああ、おめでとう主クン! 無事にレベルアップだよ!」
「ふうん、無事にレベルアップ…………て。
はああああああああああっっ!!??
何それ、どゆこと!? オーバーフローでゼロに戻るんじゃないの!?
マガト倒してお役御免になったんじゃないのっ!!??」
「ああうん、そんなこともなかったみたいだねえ、はっはっは。
〈器〉も、壊れるどころか、チカラに合わせてより大きく成長したようだよ?」
「な――ななな、なぁぁにぃぃぃぃぃーーっっ!!??」
死刑宣告めいたことをしれっと言われ……思わず、ヒザから崩れ落ちる。
「そ、そ……そんなあああああ~……!
わたしの――わたしの、夢のフツーの高校生活があああああ……!」
「……まあ、正直、そうなるんじゃないかなー、って思ってました」
「薫子の筋肉以外に同じく」
「わ、わちしも、邪神の神託ででで……!」
ふと顔を上げると、ルコちゃん、網野くん、ヒカリちゃんが、『やっぱりなあ』ってな生温かい表情でわたしを見ていて――。
「だって、センパイってば、そもそも根っこが完全に勇者なんですもん。
やめるとかやめないとか言うレベルじゃないですって!」
「フッ……筋肉以外は永遠に不滅なんですよ、穏香先輩」
「ず、ズカだからなー。
なな、何せ、ズカだからなー……!」
みんな、何か良いこと言って励ましてくれてる風だけど……。
だけど……。
………………。
あああ、ちっくしょおおおおーーー!!
まあね!? わたしだって薄々、『そうなるんじゃないかなー』とか思ってたよ!?
ええ、思ってましたとも!!
でも――でもさ!? ホントにそうなることないでしょおにぃぃぃ……っ!!
……ああ、もおおおお……!!
こうなったら意地だ! 意地でも――っ!!
「ユーリ!! 〈器〉の次の限界はどのくらいっ!?」
「うん? そうだなあ……。
まあ、今回がいわば99から100になったようなものだとすれば、ケタが1つ増えて次は999――といったところかな?」
「ならそこだ! 今度はそこを目指す!!
1ケタ増える? 上等じゃない!
いくら何でも際限なく〈器〉が大きくなるってこともないでしょ!!
だから、そこを目指して――!!」
そう――ここでグダグダ文句言ってたって、何も変わらない。
こうなった以上、ありのままの現状を受け入れるしかない。
なら……それならそれで前へ進むのが、わたしのやり方だ!!
わたしは、すっくと立ち上がり――!
「今度こそ、〈勇者〉をやめるために――!!
もうちょっとだけ〈勇者〉……やってやるわよ、もぉーーっ!!」
ヤケクソ気味に、誰にともなく宣言してやるのだった。