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勇者をやめるには勇者をやるしかない!?  作者: 八刀皿 日音
4章 勇者よ、想いよ――今こそ大樹に花と咲け!
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第49話 そして勇者は見送る、魔神に咲いた光を


「これ、は……っ!」


 屋上を煌めき染め上げる、夜桜の花吹雪を見上げながら――マガトはついに、力無く両ヒザを突く。


「私のチカラを、清浄なモノへと〈転化〉させた……のか……?

 バカな……! そんな――そんなマネ、が……っ」



「そうね――出来ない、と思ってた。わたしもね」



 〈神位昇殿(じんいしょうでん)〉の限界突破モードを解除したわたしは……困惑の声を上げるマガトに、うなずいて同意してみせた。

 そしてそのまま――少し離れたところで、呆けたように花吹雪に見入るヒカリちゃんに視線を移す。


「……この場に、ヒカリちゃんが来てくれるまでは」


「な、に……?」


「〈神桜天咲(サクラ・サクラ)〉は、〈穢れ〉をも純粋なチカラとして取り込み、それを花と咲かせることで、清らかなものへと一気に転化させる絶技。

 だけど……その発動には1つ、絶対に必要な条件があるのよ」


 言って、わたしは……マガトを振り返ると。



「それが……起点となる、『種』が存在すること。

 そう、それは――対象の内に存在する、たとえ小さくとも確かな『光』。

 ……愛とか希望とか呼ばれるような……人の心の『光』よ」



 未だに輝きを放ち続ける、その胸元を指差す。


「生前はテロリストとしての顔を持ち、異世界で命を落としてからは魔神となったあなたに、そんなものはない――あるはずないって、わたしも思っていた。先入観で決めてかかっていた。だから、見えなかった。

 だけどね……ヒカリちゃんが」


 そっと開いた、わたしの左手。

 ……舞う花びらがひらひらと、そこに落ちて――淡く輝いて消えた。


「これまで接点なんて無くて、そもそもあなたが父親だって知ったのも最近なのに。

 あなたのせいで、ヒドい目にも遭ったのに。

 なのに、あの子は……あなたとの親子の絆を、捨てなかった。事実としてそこにある(えにし)から、目を背けはしなかった。

 その姿が――先入観に囚われていたわたしを。

 あなたのことを、わたしが勝手にそうだと信じる『悪』の枠に入れて、決めてかかっていたわたし自身を――省みさせてくれたのよ」


「……ズカ……」


 ――小さな足音。

 いつしかヒカリちゃんも、わたしの隣に並んでいた。


 ……先に自分で告げた言葉の通り、父親を――その最期を、見届けるために。


「そして――マガト。

 あなたはあのとき、わたしの巻き添えでヒカリちゃんまで消滅するのを防ぐために、必殺の一手を加減した。

 それをあなたは、自分の〈()(しろ)〉としてのヒカリちゃんを守っただけだと言ったけど――実際には、そんなややっこしいものじゃなくて」


 わたしは、改めて――マガトの胸の光を見出そうとばかり、目を細める。



「……父親として、娘を犠牲になんて出来なかった――ただ、それだけなんだよ。

 あなた自身に、そんな自覚はなかったとしても。

 あなたの中には、確かに――〈(ヒカリ)〉へ通じる想いがあったんだよ」



「つまり、魔神たる私に……娘への愛情があった、と?

 そう言いたいのか?」


 わたしの告げたことを、そんな風に繰り返して。

 チカラの源である穢れがどんどんと転化することで、魔神としての姿が失われ……人の身に戻った〈アガトン〉は。


 けれど、わたしを小馬鹿にするように、乾いた声で笑った。


「ふふ――ははははは! まったくもって、バカげた話だな……!

 かつての私が家庭を持ったのも、活動家としての真の顔を隠すため。

 そして、娘を殺さなかったのも……先に言ったように、利用価値があったからに過ぎない。

 そこに親子の情など、存在するはずがあるまい……! ははははは!」


 桜の花びらが、盛大に輝き、舞い散る光景を見上げながら……アガトンは、ひとしきり笑い続けた。


 その姿に、気配に、何を感じ取ったんだろう――。

 ヒカリちゃんは、何度か何かを言いたそうにしながら……アガトンの高笑いが一段落したのを機に、おずおずと口を開く。


「お、お――! お、とう――」

「私の娘たる者は、お前のような出来損ないではない」


 そんなヒカリちゃんの必死の呼びかけを――アガトンは、すべて言わせることなく遮った。


「この不条理な世界と、戦うどころか向き合いもせず、さりとてまともに迎合すらせず、ただ尻尾を巻いて逃げ、隠れ、息を潜め続けるのみ――。

 そんな惰弱な出来損ないが、真にこの私の娘などであるものか。

 まったく、血を分けたという程度では、私の何を継ぐでもなく、これほどにかけ離れた存在になるとはな。

 血縁ならば利用価値があると踏んだのが、そもそもの間違いだったか――」


「…………」


 空を見上げたまま、自分を一顧だにしないアガトンの横顔を……それでも、ヒカリちゃんはじっと見つめていた。


「世界の変革という、理想の実現には……依り代のような保険なぞ考えるべきではなかった。

 目的へと邁進まいしんすることだけに注力すべきだった。

 ――お前のような出来損ないは、早々に斬り捨てるべきだった」


 そこでようやく……アガトンは首を傾けて。

 ヒカリちゃんと、視線が交わる。


「フン――腹立たしいことよ。

 お前のような者はそのまま、世界に背を向け、恐れ、そしていずれはその不条理に呑まれて消えゆくがいい。

 それが……惰弱であり続ける者に、相応しい末路だ――」


 アガトンの身体は、ほとんどが輝きの中に崩れ始めていた。

 光り輝く花びらとなって……舞い上がり始めていた。


「さて、〈勇者〉よ――私はここまでのようだな。

 お前のチカラで、この緩やかに穢れ、滅びに向かう世界をいかに救うか……あの世で見届けさせてもらうとしよう」


「……それが、そもそものあなたの根本的な思い違いだったのよ。

 〈勇者〉なんてね……たった1つのきっかけでしかない。

 世界を本当の意味で救えるのは、わたし個人じゃなく――そこに住まうたくさんの、普通の人たちだけなんだから。

 そして、わたしはそんな〈人のチカラ〉を信じてる。だから、それを守る。

 ――ただ、それだけのことだよ」


 わたしの言葉に、アガトンは何を思ったのか。

 苦笑とも嘲笑とも取れるような、頬を微かに歪めただけの、僅かな笑みを残し――。


 そして、一掴みほどの桜花となって……夜空に散り咲いていった。



「……ズカ……っ」

「ん?」


 呼びかけに応じて、視線を向ければ。

 ヒカリちゃんは、小さく鼻をすすりながら……目元を拭っていた。



「お、おとー……さん……!

 わ、わちしのこと……! き、きっと……しし叱って、くれた……っ」



「うん――そうだね。

 あれがきっと、彼なりの……親心、だったんだね」



 ……ヒカリちゃんに、最後まで父と呼ばせなかったのは。

 そして、あれだけ罵詈雑言を並べ立てたのは。


 きっと、この先も生き続ける娘へのハッパであると同時に――。

 自分という血の繋がりだけの父親を、『悪党』として、娘の心から切り離してしまおうってことだったんだろう。



 ――もちろん、本当のところは本人しか分からない。

 だけど……わたしは、そうだったと信じる。


 ……ヒカリちゃんが、受け取っているように――。



「マガト、あなたは――テロリスト〈アガトン〉としても、魔神〈マガトダイモン〉としても、多くの罪を犯した。

 それは、決して消えることのない事実ではあるけれど――」



 あれだけ満開だった花びらも、いつの間にか宙に溶け、残るのはほんの僅か。

 その最後のひとひらが、今一度、風とともに舞い上がっていくのを見送って――。


 厳かに、サクラメントを両手で眼前に捧げ持ち、瞼を閉じる。

 そして――



「だからこそ――次なる(めぐ)りは。

 その罪を贖う以上に、世に多くの(さち)をもたらせるように。

 その心に確かにあった『光』が、より大きく、綺麗な花と咲きますように――」



 祓った穢れが、天地(あめつち)を廻る清らかな流れに還り……今度こそ、良いものとなるように。



「……浄祓(じょうふつ)、完了――――」



 精一杯の、願いを込めて。

 わたしは静かに、祈りを捧げ続けた――――。





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― 新着の感想 ―
[一言] それでは聴いてください、宇多田ヒカルで『光』。
[良い点] 何気にヒカリちゃんと〈光〉が掛かっているところですかね。 まあ、いまさら親字面はできないですよね。
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