第48話 勇者は、想いは――今こそ大樹に花と咲く!
「ふふ……ははは! はははははッ!!
面白い――やってみるがいい!
君こそが真実を見出したと言うのなら……そして!」
わたしへの嘲笑とともに、マガトの姿は一瞬のうちに目の前へと移動していて――!
「――そんな状態で、まだ戦えると言うのならな!」
鞭のようにしなり、鉄塊のように重い瘴気の帯に、わたしは受け止めたサクラメントごと、ハデに吹っ飛ばされる。
だけど――そのまま倒れたりはしない。
受け身を取ってすぐさま立ち上がり……見据える瞳に、闘志を漲らせる。
「戦えるわよ……戦えるに決まってるでしょ?
言ったでしょうが、わたしは諦めが悪いって。
それに――」
言って、改めて意識を耳に集中すれば――。
「ズカぁ……! が、頑張れ……っ!
頑張れ……頑張れズカぁ! がが、頑張れ頑張れ頑張え……っ!!」
わたしを応援してくれるヒカリちゃんの声が――大声出すのなんてニガテなはずなのに、思いの丈を乗せて思いっ切りぶつけてくれる声が――何よりもしっかりと届く。
ちょっと舌っ足らずで、しかも必死になるあまり噛んじゃって、小さい子みたいにも聞こえるところが、またかわいいじゃない。
その想いが、わたしの戦意を――アツく昂ぶらせてくれるじゃない……!
「これだけ応援されてさ……戦えないわけないでしょうが――!!」
わたしはサクラメントを眼前に掲げ――すっと目を閉じて、意識を集中し。
自らの内へ、内へと……精神を深く沈めていく。
これまでの戦いによる消耗で、そして先の〈世界の接触〉から身を守る全力の防御障壁で……ゲーム的に言えば、わたしの体力はボロボロ、精神力なんてもはやゼロに近いだろう。
だけど――『精神力が足りません』で何も出来なくなるのは、それこそゲームまでだ。
生きている人間に――ましてや〈勇者〉に!
数字で『これだけ』なんて、お行儀良く計れるステータスなんざ……あってたまるか!!
『限界』なんてのは、超えるためにあるんだよ!!
「いくよ――!
我〈天咲香穏姫神〉、勝利と栄光従えし、麗しき崇高の階へ――!」
わたしの猛りに呼応して、再び火が灯る〈勇者のチカラ〉――。
熾火のように小さいそれに、わたしの命を、魂を――想いをくべて。
燎原の火のごとく、激しく燃え上がらせる!
それを一気に、クローリヒトの〈鏡像〉を倒したときのように、普段の戦闘モードの一段上の領域へ跳ね上げて!
そこから――!
「さらに……っ!
麗しき崇高より、いと高き御座へ――ッ!
創造と真理従えし、〈生命の樹〉の殿上……高天ノ座へと至らん!!
〈神位昇殿・至天〉――ッ!!」
さらにもう一つ上の領域へ……正真正銘、限界を突破して!
すべてのチカラを、闘気として全身に漲らせる!
制御の臨界を超えたチカラが、わたし自身を燃え尽くすばかりに白熱させる……!
《主クン……!? いくら何でも、今の状態でそれは無謀だ!
ロクな時間維持出来ない、いや、それどころか――命にすら関わるぞ!?》
わたしの正真正銘の無茶に、ユーリが慌てて忠告してくれるけど。
わたしは、身体を内側から引き裂きそうなチカラの奔流を必死に制御しつつ……それに、片頬を歪めて笑って応えた。
「――大丈夫。
その僅かな時間に、勝負を決める――決めてみせる!!」
「フン、大口を叩いたな、面白い……!
どれほどのものか、試してやるとしようか!」
言うや否や、瘴気を纏ったマガトが襲いかかってくる。
それも――〈鏡像〉を使い、複数が、全方位から……!
対して、わたしは。
「ふぅ――……っ」
小さく静かに、深呼吸。
そうして――
「――――せいッ!!」
呼気一つの間に、サクラメントを閃かせる。
それは、夜闇を裂く雷光のごとく――すべてのマガトを一刀のもとに斬り払う。
さらに……!
「――ここっ!」
「なに――っ!?」
一瞬のスキを突いて奇襲をかけようとしていた……鏡像と、気配も外見もまるで見分けのつかない本体を察知し、その一撃を拳で受け止め、払い除けた。
「よく気付いたものだ……そのチカラのお陰か?」
「生憎と、そこまでの恩恵はないわよ。
――言ったでしょう? あなたの『真実』を見出した、って」
そう――今のわたしには『見える』し『感じる』んだ。
ついさっきまでわたし自身が、マガトにはないと決めてかかっていたものの存在が。
ヒカリちゃんのお陰で、そんなわたしの身勝手な先入観が拭い去られ――そして、マガトの中に見出せたものが。
だから――それを追えば。
わたしはもう決して、マガトの鏡像に惑わされることはない――!
「それは真実か、ただのまぐれでハッタリか――どちらだろうな!」
さらに、立て続けて鏡像を交えての、激しい連続攻撃を加えてくるマガト。
もちろん、それらも今のわたしには通用しない。
鏡像を斬り払いつつ、捌きつつ――敢えてさらした、一瞬のスキ。
そこを突き、不意打ちを仕掛けてきたマガトの本体に――わたしは、身体ごと投げ出すように肉薄して……!
「ぉぉぉらあああああっ!!」
出会い頭の事故よろしく、迫るマガトの額目がけ――思いっ切り、カウンターの頭突きをブチかます!!
互いの勢いが存分に上乗せされた、恐ろしいほど質量のこもった頭突き。
食らわせたわたしですら、一瞬息が止まるかのような衝撃に見舞われたそれは、だけど――!
何せ頭突きは、気合いと信念と根性で勝敗を分かつ必殺技だ……!
今のわたしに、負ける道理なんてない!!
「ぬ、ぐぅ……っ!?」
そして、その見立て通りに――踏み止まったわたしに対し、マガトはたたらを踏んで、ついに後退る。
そこに生まれる空隙は、ほんの僅かな一瞬――。
だけどわたしには、充分な一瞬だ……!
「灰は灰に、塵は塵に――然れども!
灰塵なればこそ、枯木に花を咲かしめんっ!!」
わたしの内の、限界を超えて燃え上がるチカラを……すべて。
サクラメントの切っ先に集約して――。
マガトの胸の奥……ようやく気付けた、見出せた、僅かな一点。
そこに宿る、微かな『光』を目がけ――
刀身の内でテスタメントを撃発して超加速――空間ごと圧し、貫き通す勢いの突進突きを放つ!!
「ぬうう――ッ!!??」
その一撃は、マガトによってひたすら強固に練り上げられた瘴気の盾すらも、容易く撃ち抜いて――。
狙い通りに、マガトの胸の一点を貫く!
「ぐっ、くく……! くははは……ッ!
見事な一撃だ、だが……! この程度では、私は――!」
「言ったはずだよ――。
わたしは、あなたの中の『種』を咲かせてみせる、と」
不敵に笑うマガトから、サクラメントを静かに引き抜く。
すべては――成った。
枯れ木に灰は、撒かれた。
「〈天咲香穏姫神〉の名において……!」
最後に、桜の剛剣を高く掲げながら――。
切っ先を通しマガトに宿していた、わたしのチカラを〈解放〉する!
「今こそ、咲けッッ!!!」
瞬間――マガトの胸の奥で、閃光が爆ぜて弾けて。
「!? これ、は――ッ!!
ぐ――っ、ぅぅおおおおおおおおおおおッ!!??」
マガトのチカラそのものだった、彼の内の〈穢れ〉が――閃光に裂けた胸から、高々と噴き上がる。
けれども、それはか黒い闇などではなく――。
……そう。
淡く光り輝き、夜闇の中を舞い散る――いっぱいの桜の花びらとして、だ。
そしてその桜吹雪は、周囲の瘴気に触れれば、それらもまた同じく次々に、清浄なる光の花びらへと変えて爆発的に広がってゆき――。
やがては、宙に集まってきていた、膨大な闇のチカラをも〈転化〉させて――。
「大祓ノ断刀・桜儀――〈神桜天咲〉」
瘴気と闇のチカラが祓われ――。
ようやく露わになった月と星空の下、満開の桜と咲き誇った。