第47話 勇者が、親友という鏡に見出すもの
「ヒカリちゃんっ!!??」
そのあまりに予想外の闖入者に、わたしの声はキレイに裏返る。
当然、何でここに――って疑問が湧き上がるけど、それを尋ねている余裕なんてない!
チラリと視線を戻せば、マガトの頭上の禍々しい渦の中、これまではぼんやりしか見えてなかった〈異世界〉の光景が、はっきりそうだと分かるほどになっていて……!
マズい……! 本当に、世界同士が〈接触〉する――!
ヒカリちゃんを今すぐ、ここから遠ざける……!?
――いや、ダメだ! もうそんな余裕なんて無い!
「ヒカリちゃんッ!!!」
わたしは、ヒカリちゃんに飛びつくようにその小さな身体を掻き抱き――右手で、ありったけのチカラを込めたサクラメントを床に突き立てて……!
それを支点に、防御障壁を展開する――!
世界の接触なんて事態が、具体的にどれだけの破壊力になるかなんて想像も付かない。
ただ分かるのは、ユーリも危惧していたように、『とんでもないことになる』ってことだけ。
それこそ、わたしなんてあっさり消し飛ばしかねないぐらいの――!
だけど――――!!
「ぅぅああああああーーーっ!!」
今、わたしの腕の中には――ヒカリちゃんがいる!
大切な友達の命がある!
だから――!
だから、凌ぎきってみせる! 絶対に――!!
後先なんて考えない、全身全霊、ありったけのチカラを防御障壁に注ぎ込む!
直後――〈異世界〉が見えたと感じた、その瞬間。
視界が一気に、白く染まった。
閃光よりも、眩しく白く、果てしなく――。
一切の音すらも消え――。
五感そのものもあやふやになっていって――。
垣間見えた〈異世界〉の景色に、微かに胸を過ぎった懐かしさと、腕の中のヒカリちゃんの感触だけを頼りにして――ううん、それに縋り付くようにして。
白しかなくなった世界の中で、何とか、わたしという存在を繋ぎ止めようとして――そして。
そうして――――
「……っ……! カ……ぁっ! ズ……ぁっ!」
《……じ……ン……っ! あ……じ、ク……!》
なにか安堵を覚える響きに、鼓膜を揺らされ。
あたたかくて柔らかい感触を、身体に感じて――。
それを起点に――まるで、世界が急速に再構成されていくかのように。
意識が、視界が、身体の感覚が……相次いで像を結ぶ。
わたしが――わたしに、戻る……!
「……っ――!?」
――いつの間にか、大の字になって倒れていた身体を跳ね起こす。
「――ぐ、っ……!」
関節を動かない方向にムリヤリ動かしたみたいな激痛が、全身を駆けるけど……むしろ生きている証だ、御の字だと歯を食いしばって。
「! ずず、ズカぁぁぁッ!!」
《主クン――! 良かった……!》
加えて、わたしにしがみついていたヒカリちゃんとユーリの声が――ずっと呼びかけてくれていた2人の声が。
どうしようもなく軋む身体に、僅かながらでも、確かな活力を灯してくれて……!
「わた、し……!
わたし、どれぐらい、気絶――して、た……!?」
《大丈夫、ほんの一瞬だ!
それに、相当なダメージではあるけれど……致命打には至っていない!》
ユーリの分析を聞きながらわたしは、傍らに転がっていたサクラメントを、震える手で拾いあげ――今一度、マガトへと向き直る。
当のマガトは……ここぞと追い打ちをかけてくるでもなく、ただ静かに佇んでいた。
「ふむ……よくあれを耐えきったものだ。
カノン、君には素直に賞賛を贈らなければならないな」
「ホント……確かに。
わたし自身、よく耐えたものだと思うけど、ね……」
わたしは、まさしく満身創痍の身体に、必死に気合いで鞭打って構えだけは維持しつつ……何とか息を整えつつ、チラリと、背後に隠れるヒカリちゃんを見やった。
「……それで、ヒカリちゃん……何でまた、こんなところに来たの?」
あくまで、純粋な疑問だったんだけど……怒られたように感じたのか、ヒカリちゃんは一度ビクリと身を竦ませてから。
最初は上目遣いにおずおずと――けれど、次第に力のこもった声で応える。
「み、見届けなきゃ、って、思った、から……。
む、娘の――娘のわちしが、ささ、最後――最後を、見届けなきゃ、って……!」
「……そっか……うん」
……そうだね――。
これまでの人生じゃ何の関係もなくて、ただ、血が繋がってるってだけかも知れないけど。
そもそもその『血の繋がり』だって、マガトが〈アガトン〉としては既に一度死んだ存在である以上、無いようなものかも知れないけど……。
それでも……もう一人の『父親』ではあるんだもん、ね……。
「でで、でも……!
わ、わちしなんかが、き、来たせいで……ズカ、が……!」
勢い込んで想いを告げたものの、さっきまでのことを思い出して――それを自分のせいだって考えちゃったんだろう。
自分を守るために、わたしが、余計なチカラを使って……窮地に追い込まれてしまった、って。
だから、ヒカリちゃんは、泣きそうな顔で視線を落とす――けど。
……わたしの想いは、真逆だった。
一つの事実に、気付いたことで。
「ううん……来てくれてありがとう、ヒカリちゃん。
お陰でわたし、助かったんだよ?」
「ぅえ――?」
ヘンな声を出してわたしを見上げるヒカリちゃんの頭を、ニカッと笑いかけつつ撫でてあげると……。
そのまま、マガトに視線を戻す。
「マガト。あなた……ギリギリのところで、威力を抑えたわね?
ヒカリちゃんを、死なせないように」
――そう。それが、わたしの気付いたこと。
あの瞬間、わたしが覚えた危機感に対して……マガトのあまりに強大なはずの攻撃に対して、受けたダメージがあまりにも軽すぎるんだ。
もちろん、わたしだって必死だった。
絶対に死んでやるもんかって思ってたし、ヒカリちゃんだって守り切るつもりだった。
その想いが、いつも以上のチカラになってもいただろう。
だけど――それでも。
行動不能にまで至らず、この程度で済んだのは……やっぱり予想外なんだ。
……攻め手が、手を緩めない限りはね――。
「ほう……気付いたか」
てっきり、はぐらかすかと思いきや……マガトは、素直にわたしの見立てを認めた。
「先に教えてやったように、私はかつて〈麗原ノ慧殿〉で命を落とし、肉体を失った身。
そしてその娘は、そんなでも我が血族……つまりは、私が現世に甦るための〈依り代〉として、最も適性のある素体だからな。
出来る限り、壊さずにおきたい――決まっているだろう?」
「だからあなたはこれまで、ヒカリちゃんを捕らえはしても、殺しはしなかった――ってこと?」
「逆に言えば、依り代としての価値しかないわけだがな」
余裕ある態度で、マガトは歪に笑う。
その凶顔をしっかと見据えて――しばし。
「――ウソね」
そう言い切りわたしは、小さく首を横に振った。
「……なんだと……?」
「いいえ、ウソ、というのも違うのかもね――もしかしたら、あなた自身すら気付いていないのかも知れないから。
わたしだって、まったく気付かなかったんだから……今の今まで」
「何の話をしている……!」
わたしの回りくどい言い方に、少しばかり苛立ちを見せるマガト。
けれど――わたしは逆に、ますます落ち着いていた。
圧倒的なチカラの差を思い知らされ、さらに満身創痍となった今。
戦況が限りなく不利になった今。
だけどその今、ようやく――逆転への、確かな道筋が見えたから……!
「マガト……あなたはなまじ〈鏡〉と一体化したばかりに、大事なことを忘れてるのよ。
――人はそもそも、それぞれが〈鏡〉みたいなものだってことを。
他者と向き合う中で、繋がる中で――その他者の中に、『自分』を見るってことを。
そうして人は、自分も含めた『人』を知っていくんだってことを」
「……理解出来なかったのか?
私は、何の話をしているのかと――」
「ヒカリちゃんが来てくれたことで」
マガトの強い言葉を、わたしは冷静に、有無を言わさぬ調子で押さえ込むと。
ちらっとだけ、固唾を飲んで状況を見守っているヒカリちゃんを振り返る。
「わたしはこの子の中に、わたし自身を省みて。
そして、あなたの真実をも見い出せた――そう言ってるの」
「なに……?」
苛立ちと並び立つ当惑に、その凶顔を――あるいは、それこそ人間のように複雑に歪めたマガトに、わたしは。
全身に必死に力を込めて……サクラメントを突きつけた。
「泥土に隠れる蓮のごとく――あなたのその、どこまでも深い真闇の中にも『種』があるのなら……。
今こそ! わたしが、花と咲かせてみせる!
この、〈天咲香穏姫神〉の名にかけて――!!」