第46話 それでも勇者は諦めない
「我が下に集うチカラも、大いに高まってきてくれた……。
そろそろ――カノン、君の命を最後の供犠に、儀式を完成させるとしようか!」
「――――!?」
マガトが、その両手を大きく広げると――。
呼び寄せられるように、これまでにない量の〈澱み〉が、圧倒的な密度の闇のチカラとして集中していく。
それに伴い、周囲には爆風めいた圧力が吹き荒れ……わたしは飛ばされないよう、サクラメントを床に突き刺して堪える。
そうしながら、必死に睨み付けたマガトは――。
人としての形が、闇に染み出すように徐々に失われていき……やがてその闇が、新たな『姿』へと固着し、取って代わっていく。
……そもそもが、マガトは――人としての〈アガトン〉が死に、その魂だけが、神に等しきチカラを持つ〈宝鏡〉が溜め込んだ膨大な〈穢れ〉と結びつき、顕現したもの。
つまりは、むしろ先の『人の姿』の方が、敢えて『そうしていた』わけで……!
「……とうとう、『正体を現した』ってやつね……!」
結実したその新たな姿は、もともと人との関わりが深いからか、人間には近いものの……わたしが〈麗原ノ慧殿〉で戦った、彼自身の〈鏡像〉のように、悪魔や鬼と表現した方が正しいもので。
それがさらに、内から溢れ出る余りに膨大な〈穢れ〉のチカラによって、輪郭を陽炎のごとく曖昧にしている――そんな感じだった。
「正体、か。
私の内に蓄積された人の悪徳をして、この姿を為さしめるのならば――。
私はただ、人間の本来の姿に立ち返っているだけであろうがな……!」
獣面といえばケモノに失礼で、鬼面といえば鬼に失礼になる――。
そんな、悪意や欲望に醜く歪む人の顔をごった煮にして一つに纏め上げたみたいな……いわば〈凶顔〉に、不快な『笑み』を浮かべるマガト。
「…………っ!」
その不快さだけじゃない――何よりも、想像以上の驚異的なチカラに、わたしの身体はぶるりと震える。
〈勇者〉のチカラを纏っていてなお、本能的な恐怖を感じる。
クローリヒトに――赤宮くんに、一緒に戦ってもらえばよかった、とか思ってしまう。
でも――それでいい。それは間違いじゃない。
わたしは、そこで敢えて一つ……大きく深呼吸する。
世界を守るのに、強大な敵と戦うのに――怖くないわけがないんだ。
わたしだって、中身はまだ高校生の女の子でしかないんだから。
こんなの、怖いと思って当たり前なんだ。
だから――その怖さを認めて。受け入れて。
その上で……立ち向かう!
わたしに託された、この〈勇者〉のチカラを信じて。
わたしを信じてくれた人たちを信じて。
わたし自身の心を信じて。
そして、何よりも――この世界そのものを信じて!
「それは違うよ、マガト……!
それはあなたが、人はこうだと信じたいだけの姿――。
あなた自身の心の姿でしかないッ!!」
自らの言葉を以て、自らを奮い立たせ――。
マガトの圧力に足を踏みしめて抗し、サクラメントを構える。
「フン……忘れたのか? カノン。
私の本質は『鏡』!
そう――姿を、心を、映し出すものであることを!」
マガトから放たれる、これまでにない濃度の瘴気が、まるで闇が質量を得たかのように周囲を包み込む。
真っ黒な濃霧……とでも表現すればいいだろうか。
人の恐怖を具現化し、煽り立てるかのようなそれに――けれど、負けてはいられない!
「だから、それを――あなた自身が都合良く歪めてるんでしょうが!」
気合いとともに、一足飛びにマガトへと斬りかかる。
まずは初手、これで動きを押さえてから次へ繋げようと考えたんだけど――
「――っ!?」
わたしが攻撃したマガトは――気配も存在感も確かにそこにあったのに、その空間ごとあっさりと、割れ砕けて消滅する。
そして次の瞬間――
「ぅぶ――っ!!??」
横合いから脇腹に、強烈な衝撃が打ち込まれる……!
振り袖に胸甲と、加護を授けられた防具があってなお、身体に穴が空きそうな一撃。
たまらずヒザが落ちそうになるのを、それじゃヤバいと本能が必死に警鐘を鳴らすまま――半ば無意識に、地を蹴ってその場から飛び逃れる。
だけど――!
「ほう、良い判断――だ!」
刹那、ようやくそこにいたと分かったマガトが、さらに瘴気を纏った蹴りを放つ。
ヒザにくるぐらいの一撃をもらっていたわたしの跳躍に、それをかわしきるほどの勢いはなくて――。
「がっ――!?」
お腹から胸にかけてを思い切り蹴り飛ばされ……豪快に吹っ飛んで地面に転がる。
くっそ……せっかく治りかけてた肋骨、またイカレた……っ!
「まったく……威勢のわりに無様ではないか? カノン」
声とともにマガトが近付いてくるのが、見えずとも気配で分かった。
このまま倒れてたらますます危険だ――そう判断して、痛みを噛み殺しつつ跳ね起きると同時に、サクラメントを斬り上げる。
だけど、間違いなくそこにいるはずのマガトが、またロクな手応えも無く消滅して。
同時に、また新たな気配が真後ろに現れて――!
「――って、2度も同じ手を食うかッ!!」
刀身からテスタメントを引き抜きざま、背後のマガトに至近距離から散弾を撃ち込む!
まともに食らったマガトは、さすがに一度距離を取って――
取って――消え、た?
まさか!
「……どこを狙っている?」
その声が聞こえたと思うや否や。
気配が生じるよりも早く、わたしのすぐ側に現れたマガトが……!
テスタメントを蹴り飛ばすと同時に、わたしの顔を鷲掴みにして――後頭部から床に、凄まじい力で叩き付ける!
「!? あ、がっ――!」
頭の中に、目の奥に、激しく火花が散る。いや、一瞬意識が飛んだかも知れない。
むしろ、そのまま気絶しなかったのは、マガトが鷲掴みにした頭を締め上げつつ、さらに押し潰そうとしていたからで……!
「い、ぎ、ぎぃ……っ!」
「どうした? もう終わりか?」
サクラメントも――今の衝撃で、手から離れてしまった。
素手で対抗しようにも……マガトのヤツ、わたしの頭を掴んだまま、高濃度の瘴気まで放出してきていて……!
「うう、あ――っ、ああ――!!??」
《くっ、主クン――っ!!》
それは、常人なら即死しかねない猛毒。
わたしでも、この至近距離でこの濃度なら、まともに呼吸も出来なくなって――。
そうでなくても、直接流し込まれる瘴気で、意識が……精神が、破壊される……!
腕輪を通して、ユーリが必死に防いでくれているから、何とか保ってる、けど……!
「フン……所詮はこの程度――」
「ま、だ……! まだ、だ……!」
必死に歯を食いしばって――視界が闇に覆われる中、わたしは。
全神経を集中して、左手を跳ね上げ――。
振り袖の中から飛ばした――ルコちゃんから借りたままだったハンドガンを、宙で掴み取るや。
「――っ!?」
「まだだ――ッ!!」
もうまともに見えてなかったから、覆い被さるマガトの頭部に感覚だけであたりをつけ――闘気を込めた弾丸をありったけ連射する!
大したダメージにはならないはずだけど、意表は突けたらしく――。
それをかわすのに、ヤツが上体を反らし、わたしの拘束も緩んだところで。
ヒザを折りたたんでヤツの股下を潜らせ――後転倒立の要領で、揃えた両足で思い切りマガトの胸を蹴り飛ばす!
「小癪な――っ!」
そしてそのまま、後転しつつサクラメントを拾いあげ……全身が必死に酸素を求めるのをガマンして、牽制のためにもマガトに斬撃を放つ。
さすがに、それすら〈鏡像〉を使っていなすことは出来なかったらしく――瘴気を使って防御しながら、マガトは素直に一度距離を取った。
……正直、助かった……!
「はーっ、はーっ、はーっ……ぅげふっ!? ごふっ、かは――っ!」
ようやく酸素が取り込めると、必死に息をすれば――脇腹から胸、頭と、食らった攻撃の痛みが強烈にぶり返して、思わずサクラメントに寄りかかりながら咳き込んでしまう。
……くっそ、口の中、血の味でいっぱいじゃない……。
脇腹にもらった初撃、肋骨どころか直に内臓きてたか……!
「これほどに、圧倒的な差を叩き込まれようと……倒れることはもちろん、ヒザを突くのも良しとしないか。
その闘志を、一点たりとも曇らせはしないか。
――さすがは、〈姫神〉の名を授かりし〈勇者〉よな……カノン」
「もし、そうでなかったと、しても……!
わたしは、あなたなんかに――屈したり、しないっての……っ!」
SFP9を振り袖の中に納め、代わりにテスタメントを喚び戻し――サクラメントを杖のように支えにしたまま、銃口を向ける。
「もう、勝ったつもりでいるみたい、だけど……おあいにくさま……!
わたしは、諦めが悪いんだから……!
先に、音を上げるのは――そっち、だよ……!」
そうして、フン、とこれ見よがしに鼻を鳴らして――不敵に笑ってみせた。
わたし自身へのハッパの意味も込めて。
「……なるほど、な。
では――いっそのこと……!」
対するマガトは、やけに静かな声でそう言ったかと思うと、ゆっくりと、両手を頭上に掲げる。
そして――
「その意志すら持ち得ぬよう、一瞬で消滅させてやろう……!」
〈門〉を開かんとしている空間に、渦を巻いて集うチカラ――。
その流れを……加速、させている……!?
これ、は……!
《マズい、主クン……!
ヤツは――儀式を経ることなく、強引に、〈異世界〉の一部だけをこの場に重ね合わせるつもりだ!!》
「!? そんなの……!」
《ああ! それがほんの僅かでも、世界同士の接触となれば、恐ろしいまでのエネルギーが荒れ狂うことになる!
ヤツの言う通りに――いかな〈勇者〉のキミでも、耐えられる保証はない……!》
危機感もあらわなユーリの言葉に、わたしが思わず唇を噛んだ……その瞬間。
いきなり、バンッとこの屋上に通じる扉が開いたと思うと――そこから。
「ず、ずず、ズカぁぁっ!!」
赤宮くんたちに託してきたはずのヒカリちゃんが、息せき切って飛び込んで来たのだった……!