第45話 それが選ぶのは、魔神か、勇者か
「ははははは!
この状況にあっても、まだそれだけ吠えられるか。抗えるか!
さすがは我が対極――世の希望を背負いし〈勇者〉と言ったところよな……!」
……とりあえずは、一撃ぶちかましてやったけど。
もちろん、不意を突いて機先を制した程度のものだ――ダメージらしいダメージにはなってない。
それを証明するとばかり、マガトは余裕を崩すことなく冷徹に、またわたしに散弾銃の銃口を向けた。
その態度からは、これまで愛剣と一緒に戦いを支えてきた『相棒』でわたしをねじ伏せてやろうっていう、そんな底意地の悪さがまざまざと感じられる。
だけど――さっきまでのやり取りで、わたしは一つ、気付いたことがあった。
(ねえユーリ、もしかすると、これって……!)
《ああ――主クン。きっとそれは間違いじゃない。
ボクもそう感じたからね》
腕輪として一緒にいるユーリに確かめてみれば、どうやら同意見らしい。
だから、わたしは……マガトじゃなく、彼が持つテスタメントを見据えて言葉を投げかける。
「ねえ……あなた、いつまでそいつに縛り付けられてるつもり?」
「……ほう? 何かと思えば……。
〈勇者〉とは、道具まで救おうとするものなのかね?」
わたしの行動に、マガトはバカにしたように片頬を歪めて笑うけど――気にしない。
銃口に向かって語りかけるとか、ハタ目にはいかにもヘンな子かも知れないけど……今一度わたしは、思いの丈を言葉にして叩き付ける。
「わたしたちは、みんなを守るためにって、一緒に戦ってきたんじゃなかったの?
このサクラメントと揃って、わたしの相棒になってくれたんじゃなかったの!?」
わたしは、テスタメントを見据えたままに……一歩、また一歩と距離を詰めていく。
「確かにね、あなたはもともとはそいつの持ち物だったのかも知れない。
そいつが人としての命を終えるそのときまで、側にいたのかも知れない。
だけど――生まれ変わったはずだよ、あなたは!
命を奪うものから、命を守るものに!」
「フッ、生憎だが……。
これに、その言葉を聞き届けられるような意志などありはせぬよ!」
言い放つや否や、引き金を引くマガト。
放たれた闘気の散弾を、ギリギリで見切ってかわすわたし。
さらに、立て続けにテスタメントが火を噴くのを、ときにかわし、ときにサクラメントで受けつつ――わたしはなおも近付く。
――やっぱりだ。間違いない……これで確信した。
テスタメントは――毎回僅かに、わたしを射線の中心から外してくれてるんだ……!
わたしを撃つのを躊躇うかのように。
マガトの〈縁〉との間で、自らがどうあるべきかを、迷うように……!
だから――!
「選びなさい、テスタメント!」
身を翻しつつ、振り袖で襲い来る散弾を払い除け、正面突破で一気に肉薄し――
「あなたの真にあるべき場所を! 為すべきことを――ッ!!」
回転の勢いを込めたサクラメントの渾身の斬り上げで、テスタメントを上空へと跳ね飛ばす!
そして――
「フン、無駄だと言っただろう……!」
「さあ、どうかしらね……!」
わたしとマガトは互いに、落下してくるテスタメントへと手を掲げる。
――自分こそが選ばれると、確信して。
果たして、その結果は――。
「――残念だったな」
冷酷な笑みを浮かべてマガトは、その手に収まったテスタメントの銃口を、わたしの額に押し付ける。
――完全な、ゼロ距離。
撃たれたが最後、もはやかわしようもない。
そして、無情にもすかさず引き金が引かれ――
「なに――っ!?」
しかし、わたしを撃ち抜くはずの弾丸は放たれなかった。有り得ないはずの弾切れを起こしたかのように。
予想外の出来事に、一瞬、マガトは完全に動きを止める――けど!
「はああああっ!!」
わたしは、初めから信じていた。
テスタメントがマガトの手に戻った瞬間、そういうことなのだと察した。
だから――このスキを突くために。
すでに振り始めていたサクラメントを……一気に、全力で払い抜く!!
「ぐぅぅッ!?」
無防備な胴に強烈な一撃を浴びて、大きく吹っ飛ぶマガト。
そこへ、さらに――!
「おかえり――信じてたよ!」
ヤツが手放したテスタメントを、キャッチと同時に3連射。
マガトに、空中コンボ的な追い打ちを食らわせてやる。
だけど、さすがに向こうもやられっぱなしとはいかない。
2射は直撃したものの、最後の1射は帯状の瘴気で弾き返しつつ――空中で体勢を整えて着地した。
「……おのれ……っ!」
「まだまだ――っ!!」
さらにここぞとばかりに、改めてテスタメントを連射して追撃。
だけど――マガトが周囲に展開した濃い瘴気が、放たれた散弾をことごとく防いでしまう。
「あまり甘く見てくれるなよ……?
その程度が私に通用すると思うのか?」
「でしょうね、だったら――!」
わたしは素早く、テスタメントをサクラメントの刀身に格納。
そして――そのまま立て続けに、闘気を込めてガンガン引き金を引く!
「なに――!?」
一見すればそれは、サクラメントを内側から破壊する行為にも見えるだろう。
だけど――そうじゃない。
これは……いわば一種のブーストだ。
わたしの闘気を、テスタメントを通し、剣の内側から蓄積させるための……!
その証として――サクラメントの刀身は激しく白熱し、周囲に陽炎が揺らめく!
「いっけぇぇ――ッ!」
「させん――っ!」
雄叫び一声、地を蹴り、真っ直ぐ突撃をかけるわたしに――マガトもまた、帯状に固着させた瘴気を、両手で鞭のように振り回して対抗してくる。
普段の〈斬劇〉速度ではとても対処が追い付かない、四方八方からの熾烈な攻撃。
けれど――それは。そんなものでは。
わたしの体術による加速じゃなく、ブーストによって剣自体が『爆発的な加速力』を得た今のサクラメントには、障害にはなりえない――!
「てぇぇぇやあああッ!!」
突進しながら、それこそ竜巻のごとく――巨大なサクラメントを、まさしく暴走するかのような圧倒的な加速力のままに、ブン回してブン回してブン回してブン回す!
そうして、邪魔をする瘴気を徹底的に斬り祓って、跳躍――!
「〈聖散ノ桜・花開祈〉ッ!!」
豪快な縦回転でさらに勢いを増した、白く燃え上がるサクラメントを――思いっ切り大上段から叩き付ける!!
「――――ッ!」
さすがにまともに受けるとマズいと踏んだのか、瘴気を凝縮して盾のように、渾身の一撃を受け止めるマガト。
「はあああああ!!」
「ぬううううう!!」
激しく火花が散る、強烈なチカラとチカラの鬩ぎ合いの果て――。
「ぬ、ぐぅぅおおぉぉッ!?」
惜しくも一刀両断とはならずとも……瘴気の霧散とともに、マガトの身体は大きく後方へと、地を削る勢いで弾き返された。
「くっそ……!」
その様子に……思わず、唇の端から本音が漏れる。
ここまでやったんだから、決着まではムリでも、もうちょっとぐらいはダメージになっててほしかったところなんだけど……!
やっぱり、それこそ限界を超えて〈勇者〉のチカラを引き出すしかない、か……。
「ふぅーっ、ふぅーっ……!」
ここぞとばかりに追撃したいところだけど……それが出来ないぐらいに、わたしも、結構な力を出したから。
動きを止めて、必死に息を整えずにはいられない。
その間に、ゆらりと体勢を立て直したマガトは――。
「……やってくれたな、カノン……!」
愉悦とも憤怒ともつかない、ぞっとするような凄絶な笑みを浮かべていた。