第44話 魔神が見る世界。勇者の願う未来
「ええ、来てあげたわよ――マガト!
月並みな物言いだけど、あなたの企みもここまで、ってやつだからね……!」
屋上の中央に立つマガトと、距離は空けたままに対峙する。
「……ふむ。
確かに、まさかクローリヒト本人までがこの場に居合わせるとは思わなかった。
それについては、何とも手痛いイレギュラーだったな」
口ではそんな殊勝なことを言いながらも……マガトの態度に、追い詰められているような感じはない。
ううん、それどころか、余裕すら窺える。
そしてそれは……こうしてこの場に立てば、よく分かった。
決して、ハッタリってわけでもないんだ――って。
視線を上へ……空へと向ければ。
そこには、〈霊脈〉に澱む穢れを吸い上げ、黒く昏く激しく、闇が渦を巻いていて。
これだけ空に近い場所なのに、そんな禍々しいチカラの流れのせいで、夜空なんてまるで見えやしない。
いや……見えないってだけじゃない。
むしろ、時折――空間に揺らぎというか、『歪み』が生じるたび、その先に別の『何か』が垣間見えるぐらいだ。
それは――まさしく、わたしにも覚えがある〈異世界〉の風景、その一端。
そう――。
世界を繋ぐ〈宝鏡〉として、また邪悪ながらも神の一柱として――。
こちらと異世界とを結びつけ、向こうからも強大な闇のチカラを取り込み、世界を改変するほどの高みへ至ろうというマガトの野望は。
もう、達成寸前のところまで来ているってことなんだ――!
でも、どうして……?
鏡の魔術によって、2つの〈霊脈〉の流れを反射し、交差させて、大きな『要』をここに作り出したこと――それで流れ込むチカラが大きく増し、儀式が完成するまでの時間が短くなるのは、ユーリも推測してたし、分かる。
けれど、赤宮くんやちぃちゃんの協力もあって、瘴気で倒れた人たちが清浄なチカラで護られてる――つまり供物にされないんだから、儀式を一気に推し進めるような手段には出来ないはずなのに。
そして、わたしがこうしてここへやって来るのも、決して大幅に遅れたってわけでもないのに……!
「それもまた、私にとっては誤算だったというわけだ――」
わたしの疑問を察したのか、マガトは口元でニヤリと笑った。
「もっとも、こちらは……クローリヒト本人と違い、嬉しい誤算、だがね」
「つまり――。
〈霊脈〉から得られるチカラが、予想よりもずっと大きかった――?」
わたしが推測をつぶやくと、したり顔で大きくうなずくマガト。
「その通り。
――君たちは気付いていたかね? この広隅という土地が、流動性があるという〈霊脈〉の特殊性、そして流れるチカラの大きさからも……日本どころか、この世界そのものの霊的循環の中心であろうことに」
「ユーリ……ホントに?」
《……確証はないよ。
けれど、そうであってもおかしくはない――ボクも、そんな風に感じるのは確かだ》
わたしがユーリに確認を取るのを待っていたのか。
一拍間を置いてから、マガトは言葉を続ける。
「つまり、だ。私の予測よりもずっと、この世界の〈霊脈〉が――いや、世界そのものが穢れていたということだ。
……まったく、愉快な話じゃないか?
君たちのような存在は、穢れを祓うことで世界を守ると言うが……。
それは結局、こんな〈霊脈〉の惨状を鑑みるに……一度この世界を滅ぼし、改めて変革を為さんとする私と、手段としては同じところに行き着くと思わないかね?」
「わたしは穢れは祓っても、世界まるごとブッ壊そうだなんて考えやしないっての!
一緒にされちゃいい迷惑なんだけど……!?」
わたしが返答で噛み付いても、マガトはゆるゆると首を横に振る。
「いいや、同じだとも。
この、一見平和で満ち足りた世界が、それでいてこれほどに穢れているのならば――表に出る穢れをいかに祓おうと、解決になどなりはしないのだから。
いやそれどころか、状況は悪化の一途を辿るのみだろう。
結果として、君たち〈勇者〉が求めるような世界にしようと思えば、一度すべてを壊し、根本から作り直すしかなくなる、というわけだ……!」
それはきっと、彼がかつて、テロリストのリーダー〈アガトン〉として、人々を煽動したときのように。
明確な自信をもって、マガトは流暢に弁を振るう。
「やはりこちらもまた、〈麗原ノ慧殿〉と同じなのだ。
……世界が平和になり、幸せだと言われるような立場にいる者でも――恵まれているはずの者でも、さらに欲に塗れた願いをする。
なぜか?
その『幸せ』が、人間の真の幸福ではないからだ。真に満たされてはいないからだ。
真の幸福が、その『欲』――世において『悪徳』と忌避されるものにこそあると、本質で理解しているからだ。
ある意味純粋とも言える、人の最も強いそのチカラを抑圧するからこそ、人の世は歪むのだ。
そう――人のあるべき形こそを『善』と呼ぶならば、むしろ悪徳こそが純然たる善だと言えよう。
なればこそ……!
それを認め、受け入れ、行使する先にこそ、求める幸福があるのだ……!」
そう言ったマガトが、高々と左手を掲げれば。
まるで、そんな彼に、その思想に縋り付くかのように――空に、異世界との〈門〉の間に、渦を巻く禍々しいチカラが、螺旋を描いて彼のもとに集いゆく。
それは一端に過ぎないとはいえ……わたしが感じる圧は、2倍にも3倍にも増したかのようだった。
「フフ……世界がこれほどに穢れているならば。穢れゆく道を選ぶのならば。
あるいは、今この場で私が手を下さずとも、ゆくゆくはそんな世界になるのだろうが……。
君たちのような、世界の総意に逆らい、悪あがきをする者もいるわけだからな。
やはりここは、荒療治といくしかなかろう……!」
マガトが、パチンと指を鳴らすと――。
その右手の中に、見慣れた散弾銃が召喚される。
もともとはマガトが使っていたっていう、ベネリM4――わたしの〈聖契ノ鉄〉だ。
「では――。
改めて、儀式を締めくくる最大の供物となってもらおうか――カノン?」
この短時間のうちに、別存在かと錯覚するほどのチカラを纏ったマガトが、歪な笑みを浮かべつつ、テスタメントの銃口を向ける。
それを真っ向から受け止めながら……わたしは、小さく息を吐いた。
「……確かに、ね。
異世界だって、こっちだって……キレイなばっかりじゃないわよ。
でもね――」
そして――剛剣を肩に担ぐ形に、構えを取ると。
「だからこそ!
わたしたちは、責任を持ってそれを受け入れて、前に進まなきゃいけないんでしょうが!!」
吠えると同時に床を蹴り、一気に距離を詰める。
マガトが素早くテスタメントで迎え撃ってくるのを、散弾の軌道を見切って、身を翻しつつかわし――
「あっさりと、全部なかったことにしてやり直すんじゃなく――!」
その勢いのままに、回し蹴りでブーストをかけたサクラメントの薙ぎ払いを放つも……!
マガトが空いた左手を一払いすれば、ぶわりと放たれた瘴気のカタマリが、途方もなく硬質な金属の盾のように、サクラメントを弾き返す!
けど――まだまだ!
「少しずつでも、前へ!
ちょっとずつでも、良くしていかなきゃいけないのよ!」
弾かれた勢いだって利用して続けて放つのは、逆回転からの――さらに軌道も変化させての、上段からのカカト落とし込みの斬り下ろし!
「――笑わせてくれる……!
そうした綺麗事の積み重ねが、この状況ではないのか――!?」
再度、瘴気の帯で難なくわたしごとサクラメントを弾き飛ばして。
立て続けに、スキを突いて至近距離でテスタメントをブッ放そうとするのを――空中で身を捻りつつ振り袖で銃身を打ち、射線を逸らして何とかかわし……。
「だから! 責任持って受け入れなきゃいけないって言ってンのよ――!」
着地と同時に床を蹴り――構えも何もなしに、ヤツの懐に身を躍らせて。
「わたしたちの時代で、全部良くすることなんて出来ないとしても――!」
そのまま、全身で飛び込む形の体当たりを食らわせる!
「そうするための道!
そうなるための標を刻むためにッ!!」
「――ぐっ――!?」
さすがにこんな形振り構わない攻めは予想外だったのか、土手っ腹に直撃を受けて、後方に吹っ飛ぶマガト。
対するわたしも、受け身こそ取れど、追い打ちをかけるまでには至らず――その場で、ゆっくりと立ち上がった。
「マガト――確かに世の中には、あなたの言うような人もいる。
だけどね……そうじゃない人だってたくさんいるのよ……!
そして、そうした人たちの想いが、消えずに残っている限りは――どれだけの月日がかかろうとも。
いずれ必ず、世界は良い方向に傾く――! わたしはそれを信じてる!
だから……今、ここで!
あなたの押しつけで、世界を壊されるわけにはいかない――ゼッタイに!!」