第3話 勇者、尾矢隅高校七不思議に挑む!
そもそものきっかけは、『放課後遅い時間の学校で、妙な気配がする』っていう、遅くまで部活に励む生徒の間で広まったウワサ話だったらしい。
で、それが学校にまつわる怪談としてお約束の『七不思議』に紐付けされ、話が大きくなってきたところを、我らが会長ヒカリちゃんが拾いあげて調査クエストにした、ってわけだ。
そして――『些細なものでも生徒の不安は取り除いておきたい』とか何とか、それっぽい理屈で正式に先生から調査許可を得た我ら生徒会は、3名揃って、夜の学校に集ったのである。
「……って、言い出しっぺの会長はどーしたんですか、穏香センパイ?」
ルコちゃんのもっともな質問に、わたしは無言で、1年生2人にインカムセットを差し出す。
2人がそれを装着したところで、インカムから聞こえてきたのは、例のダウナー邪神娘の声だ。
『ごご、ご機嫌よう、我が闇の眷属どもよ……!
わ、わちしはこの深淵の揺り籠より、諸君に無線で指示を出すのだ……!』
「――と、まあ、そういうわけ。
我らが邪神ちゃまはビビリ――もとい頭脳労働担当だから、おうち待機」
『びび、ビビリなんかではないぞぞぞ……!
わ、わちしがいては、この強大な闇のチカラに、ささ、さまよえる怨霊どもが徒に刺激されてしまってだな、不測の事態が起き――』
「じゃあ行きますか、先輩」
「ん、そだね。あんまり遅くなってもいけないし、早速始めよっか」
わたしたち3人は揃って一度インカムのスイッチを切ると、まずはそもそものウワサ話の出所――運動部と文化部両方の部室が集まってる、校舎西棟へと向かう。
そこまで遅い時間でもないけど、すでに人気も無く真っ暗な校舎は、なるほど何か出そうで不気味だ。
「そう言えば……ヒカリちゃんがムリなのは分かってたことなんだけど、網野くんもルコちゃんも、ゼンゼン平気そうだね?」
「ええ。世の中、筋肉だけでどうにかなるわけじゃない、って分かってますから」
「いやタンパク、それ意味分かんないし。
――あ、ちなみにアタシは、ホラーとか大丈夫どころか、大好物なんで!
って言うか、アタシたちからしたら、尾矢隅高校の姫君たる穏香センパイが平然としてる方が驚きですよー」
「だから、わたしはタダのド庶民だってば……。
――まあ、もともとこういうの大丈夫な方だけど、今はあなたたちも一緒だしね。
後輩の前で情けない姿は見せられないって、気が張ってるだけだよきっと」
これ、半分はホントである。
わたしは小さい頃から、『肝が据わってる』って良く言われて――実際、注射とかオバケ屋敷とか、泣く子が多いようなイベントでも、結構平然としてる方だったんだ。
加えて、何せ今のわたしは〈勇者〉。
もしホンモノのオバケとか出たとしても、どうにでも出来ちゃうだろうから、ビビる要素がまったくない。
あー、でも、考えててちょっと哀しくなってきたなー……。
乙女としてどうなのよ、これ。
わたしは小さなタメ息とともに、さりげなく、胸ポケットに挿した『勇者の証』の髪留め〈姫神咲〉に手を当てる。
そして、心の中で呼びかければ……。
《やあ、今宵もキミの可憐な声が聞けて嬉しいよ、主クン!》
頭の中に直接響いてくるのは、今はヒカリちゃんと一緒にいるユーリの声。
〈姫神咲〉を通して、精神で直接会話する――〈念話〉ってやつだ。
(ユーリ、〈姫神咲〉越しに、こっちの状況は把握出来てる?)
《もちろんさ。主クンのことは、すぐ側にいるように感じ取れるよ。
なのに……ああ!
実際のボクらは遠く隔たっているだなんて、何と言う運命の皮肉だろうか!》
(電車で一駅もない距離だっての。
――ともかく、まさか魔物みたいなのが潜んでるってことはないでしょうけど、そっちでも注意はしといてくれる?)
《心得ているとも、任せてくれたまえ》
(お願い。あと、この話はヒカリちゃんにも通しておいて。
もしホントに『何か』出るようなら、あの子の無線で、ルコちゃんと網野くんをうまく誘導してもらう必要があるかも知れないしね)
ユーリとそんな風に念話を交わし、西棟の裏口へ回り込む。
鍵は預かってるし、土足の許可ももらってるから、ここから調査開始だ。
というわけで、インカムのスイッチを入れ直し、司令部――もとい、ヒカリちゃんに改めて連絡を取る。
「西棟裏口から校舎内に入ったよ、ヒカリちゃん。
ここからどう回っていけばいい?
『七不思議』にまつわる場所を調べていくんでしょ?」
――て言うか、わたしそういうのにあんまり興味なかったから、うちの学校の『七不思議』なんて、1つも知らないんだよね。
友達との会話に出ることもあったと思うけど……正直、ゼンゼン覚えてない。
しかも、ついこの間まで異世界で〈勇者〉やるのに必死だったもんなあ……。
『そそ、そうなのだ。で、では、まず――』
「! 待って、ヒカリちゃん。
――ルコちゃん、網野くん。足音みたいなの、聞こえない?」
階上から響く、足音らしきものを捉えたわたしは――ヒカリちゃんを制止して、側の2人を振り返る。
わたしが聞くまでもなく気付いてたみたいで、2人揃って天井を見上げていた。
「アタシたちも聞こえました。
足音――それも走ってますね、これ」
「しかも、どうやら……同じ場所を往復してるみたいですよ」
『ままままっ!? まま、ま、マジでっ!? マジで出たのかっ!?
――いいい、い、行かなくてよかった……。
ううう、さ、さよなら、ズカ、ルコ、タンパク……。
わわ、わちしまで呪われるのイヤだから、お前たちのことはすぐに忘れるぞぞぞ……』
「それでいいのか邪神」
ヒカリちゃんのビビリ発言はさておき、だ。
んー……でも、これ、って……。
「間違いないです、これは七不思議の1つ『走り続ける女』――!
早速証拠を押さえちゃいましょう!」
「フッ、筋肉以外の出番だな!」
抜かりなく証拠の動画を撮るためだろう、スマホを取り出しつつ階段の方へ駆け出すルコちゃんと、それを素早く追いかける網野くん。
怖がるどころかノリノリな、しかもあまりに素早い2人の行動に、ちょっと考えごとをしていたわたしは一瞬あっけにとられて――。
「って、ボーッとしてる場合じゃなかった!
もう……! 片や超ビビリ、片や猪突猛進って、なんでうちの生徒会はこうも極端なのよ!」
悪態をつきながらわたしも、1年生2人を追って、上の階目指して駆け出すのだった。