第43話 勇者は、黒衣の剣士から桜の姫神へ
赤宮くんは……ホンモノのクローリヒトは、強かった。
それこそ、わたしが想像していたよりも、ずっと――はるかに。
でもそれはきっと、彼が言ったように、単純なチカラだけじゃない。
そうしたものの差をひっくり返すほどの、意志、信念、覚悟といった――想いの強さ。
心の、強さだ。
――〈勇者〉の有り様、か……。
同じく、〈勇者〉と呼ばれて戦ってきたわたしは――。
そんな彼の『心』に共感すると同時に、今一度、〈勇者〉たる自分を顧み、正す思いだった。
ぶっちゃけて言えば、刺激を受けた。
……ホント、この戦いを最後に、〈勇者〉なんて廃業だって思ってるのに――ね。
わたしは、そんなわたし自身をちょっと笑ってしまいながら……鏡像が消滅するのを見届け、こちらへ向き直る赤宮くんの前に立つ。
「確かに見せてもらったよ……赤宮くんの〈勇者〉。
――さすが、『どんなに悪いヤツも正義の信念と気合いで1発ノックダウン』な、パパ直伝の必殺の頭突きで、わたしと互角だっただけはある――ってね」
「……そっちこそ。
まさか、俺と頭突きで渡り合えるヤツがいるなんて思わなかったし」
どちらからともなく、微苦笑を浮かべ合うわたしたち。
「……にしても、〈勇者〉かあ……。
俺としてはさっさと辞めちまって、普通の平穏な生活に戻りたいんだけどな」
「あ、それ、激しく同意!
ホント〈勇者〉ってさ、やりたくない人間にやらせるって決まりでもあるんじゃない?」
うん……いずれ赤宮くんとは、じっくりと、勇者談義って名のグチの言い合いをしたいもんだね。いわゆる、良い酒が飲めそう、みたいな感じ。
あ、もちろんそのときには、余計な誤解を生まないように、ちぃちゃんにも同席してもらってね。
「さて――そうは言っても、ここで投げ出すわけにもいかないし。
今度はわたしが、〈勇者〉をやる番……かな」
わたしは、庭園の中央、参道のように延びた石畳から大階段の先に、さらに塔のごとく直立する最上層フロア――その天辺を見やる。
今なお、黒く澱んだ闇のチカラが、激しく渦を巻いて集う屋上。
――魔神マガトダイモンの座す、決戦の場を。
「あそこに集うチカラ……思っていたよりも遙かに大きく、ヤバくなってきてるけど――先に言ったように、俺は、キミを信じてるから。
だから、後は任せた――キッチリ、シメて来てくれよな?」
スッ――と、左手を挙げる赤宮くん。
「うん、任されたよ!」
わたしはすれ違いざま、パァンと、軽快にその手をはたいていく。
そして、そのまま最上層フロアの入り口目指して駆けようとしたけど――
《これは――!? 来るぞ、主クン!》
頭に響くユーリの警告が、そんなわたしの足を止める。
続けて――庭園に漂う瘴気が、一気に濃度を増したかと思うと……!
10体、20体と――わたしたちを取り囲むように、あらゆる場所から次々と、文字通りにマガイクサが湧いて出て……!
――いや、それだけじゃない……!
「さあ……もう一戦、相手をしてもらおうか――?」
マガイクサたちの後方に一際強く集まった闇のチカラが、再び、クローリヒトの姿になる――!
「おいおいおい……復活早すぎだろ……。
何だよその、『戦ったばっかりのボスが、すぐ次のダンジョンでザコで登場』みたいなノリは……!」
軽口を叩きながらも、剣を構え直す赤宮くんからは、気を張り詰めているのが伝わってくる。
……当然だ。
1対1なら負ける要素が無くても――今は他に、マガイクサたちと、ルコちゃんに網野くん、そしてヒカリちゃんがいる。
ルコちゃんたちもある程度戦えるとはいえ、さすがに鏡像を相手取ることは出来ないし――マガイクサだって、この数が相手となると到底持ち堪えられないだろう。
そして、いくら赤宮くんが強いといっても、その両方をカバーするのは……!
ここはさすがに、わたしも加わるしかないと、きびすを返そうとする――けど。
「いいから行け、〈カノン〉!」
わたしの方を見ずに――でもその考えを見抜いたように、赤宮くんが言い放った。
「ここは俺に任せろって言ったろ? それに、俺を信じてくれるんだろ?
この場のみんなは必ず守りきってみせる、だから――行け!
キミの為すべきことを為すために!」
続けて……ルコちゃんと網野くんが、ヒカリちゃんを大きな樹の陰になる場所に移動させ、それを守るように陣取りながら。
不敵な笑みとともに、わたしにサムズアップを向けてくる。
「センパイ、ここは大丈夫ですから! だから、しっかり決めて来て下さい!
いいですかっ? ホトケの顔は3度まででも、この仏座 薫子は、2度目だって許しませんからね!?」
「筋肉には不可能があろうとも、筋肉以外にはないんですよ……先輩!」
そして――
「ウチかて、おるんやからね?」
その場にさらに、そんな聞き覚えのある関西弁とともに――。
マガイクサたちの後方から飛んできた白い影が、くるりと宙で一回転しながら、赤宮くんの隣に降り立って……!
「……さっすが、良いタイミング」
「うん。間に合うて良かった」
赤宮くんと背中合わせに徒手空拳の構えを取りつつ、軽く拳を打ち合わせたのは――そう、あのシルキーベルって魔法少女!
つまり、ちぃちゃんだ……!
「でも……まさか、しーちゃんも〈勇者〉やったなんて。
――ううん、似合てるて言うか、ピッタリなんやけどね」
ヘルメット越しではあるけど……ちぃちゃんは、あの優しい笑みをわたしに見せてくれた。
声も、連絡橋で見かけたときと違って、すっかりちぃちゃんのそれだ。
……きっとあのときは、正体がバレないように、わたしで言うところの認識阻害系魔術のようなものを使ってたんだろう。
「ちぃちゃんの方こそ。
わたしのヒーローが、まさかホントのヒーローもやってたなんて、ね」
「ううん、ウチなんか、裕真くんに比べたらまだまだゼンゼンやで?
でも――それでも……!」
視線を前方に戻したちぃちゃんは、静かに――ゆっくりと、大きく一つ息をつく。
……ただの深呼吸じゃない。
身体中に気を巡らせる――戦士としての息遣いだ。
「しーちゃんの友達は、裕真くんと一緒に、ウチがゼッタイに守るから――!」
「……うん……! ありがとう、ちぃちゃん!」
ちぃちゃんに――赤宮くんに、そして、ルコちゃんたちには。
後をお願いって意味を込めて、小さく目礼して。
それから――
「――ズカ……っ!」
これから、実の父親と戦うことになるわたしに、何か……きっと、色んなことを言おうとして。
きっと、色んな想いを託そうとして。
でも、きっとそれらはあまりにも色々すぎて……そのせいで、ただわたしの名前を呼ぶのが精一杯の、ヒカリちゃんには。
わたしは――ううん、わたしも。
時間が無い今、きっちり表すには複雑すぎる想いを、丸めて、込めて……!
「――任せて!」
その一言に全部乗っけて、うなずいて――。
そして、きびすを返して走り出した。
同時に背後からは、激しい戦いを予感させる、この空中庭園そのものを揺るがすばかりの荒々しい物音が聞こえてきたけれど――。
みんなを信じて決して振り返らず、ただまっすぐ、邪魔をするマガイクサを斬り捨てながら、最上層フロアの塔目指して大階段を駆け上って。
さらにそのまま、お行儀良く塔の入り口をくぐる――なんてことはせず。
いかにも庭園に合わせた、石造りの神殿のようなデザインの……だからこそ足場も多い外壁を、一気に蹴り上がって――屋上へ。
緊急時用のヘリポートもあって、さすがにデザイン性ばかりじゃない、そのやや無機質にも見える屋上には。
まさしく、空に浮かんでいるかのような、その〈自由の大樹〉の天辺には――。
「来たか……〈勇者カノン〉」
ヒカリちゃんの実の父親で、かつて〈アガトン〉と呼ばれたテロリスト。
そして、異世界〈麗原ノ慧殿〉で戦った宿敵――。
スーツを着た紳士の姿をした、最凶の魔神〈禍屠大門〉が……悠然と佇んでいた。