第42話 黒い勇者もまた、勇者たるを知る
……まさかまさかの、ホンモノのクローリヒトの正体だった赤宮くん。
いやでも、驚きはしたけど……妙に納得もしてしまった。
何せ、あのちぃちゃんがベタ惚れしちゃうほどの男の子なんだから。
そりゃあ、〈勇者〉ぐらいやってるよね……みたいな感じに。
まあね……おかげさまで、わたしの仄かな胸の高鳴りは、恋心へと成長する前に敢えなく散ったわけだけど――。
「いや、いいけどね! 今はそんな状況じゃないしね!」
「……へ?」
つい、自分への戒めを口に出してしまったわたしに、怪訝そうな顔を見せる赤宮くん。
そんな彼に、「何でもないですよ〜」とか柔らかく告げつつ、ルコちゃんが耳打ちしてくる。
「その、センパイ……なんとなーく、お察しします」
「あ、うん……ありがとね……」
気持ちは嬉しいけど、改めて言われるとなおさらちょっとクるかも――って、だからそんな場合じゃないんだってば!
――そもそも、だ!
そうだよ、赤宮くんはちぃちゃんと一緒にここへ来てたのに!
こうして一人、クローリヒトとして行動してるってことは――!
「ちょっと赤宮くん!? わたしのことよりも、ちぃちゃんだよ!
そりゃ確かに助かったけど、こんなときに、彼女のちぃちゃんを放っておくのは――!」
赤宮くんに苦言を呈そうとしたわたしの脳裏に、その瞬間……一つの記憶が、映像が閃いた。
中学生ぐらいの華奢な体型と、それには不釣り合いな肉弾戦とプロレス技。
なのに、名乗りを挙げるのを恥ずかしがるぐらいに奥手な性格――。
それらが合わさり、まさか、と連想が繋がって――。
「も、もしかして……。
さっき見かけた、あの、シルキーベルって魔法少女は……!」
わたしの真っ直ぐな視線を受けて……赤宮くんは、バツが悪そうにはにかむ。
「あ〜……うん、そう。
それ、千紗」
「やっぱりぃぃぃ!!??」
マジかぁぁぁぁ……!
うんまあ、そりゃね、ショッピングモールの騒動のとき、とんでもない二人だとは思ったよ? 思ったけど!
まさか、ホントのホントに、フツーじゃなさ過ぎるカップルだったなんてさ……!
――て言うか、わたしが〈勇者〉なのもアレなのに、知人が軒並み、同じ〈勇者〉だとか魔法少女だとか忍者だとか、どーなってるんだ広隅。
市のゆるキャラがヒーローだからって、それっぽいの集まり過ぎでしょ……。
「でも……言っちゃなんだけどさ。
ちぃちゃんには赤宮くん、キミほどの強いチカラは感じなかったよ?
なのに……単独行動させてていいの?」
「この広い〈フリー・アーバ〉の中で、色んな場所に取り残されてる人たちを、少しでも早く瘴気から守るには、手分けする方が良かったんだ。
もちろん、心配はしたけど……千紗が、『任せて』って言ったから。
千紗が、俺を信じてそう言ってくれた以上は――俺も、千紗を信じるだけさ」
「……赤宮くん……」
……ヤバい。
何だ、何なんだこの二人……! 関係性がうらやまし過ぎる……!
「そして俺は、聖桜院さん――いや〈勇者カノン〉、キミも信じるよ。
必ず、元凶を止めてこの事態を終わらせてくれるって。
だから――俺のことも、信じてくれないか?」
涼やかな表情で――ともすれば、軽薄にも聞こえそうなセリフを。
けれど、真剣だからこそ心を揺さぶる響きでわたしに告げて――赤宮くんは。
改めて、自分の〈鏡像〉に向かって剣を構える。
「――キミの行く道は、ちゃんと切り拓いてみせるから」
赤宮くんに合わせて……鏡像もまた、余裕を持って戦闘態勢に戻った。
「何だ、もう話はいいのか?
別れの挨拶ぐらいは待ってやろうと思っていたんだが」
「そうか、なら良かった――。
そんなもの必要ないから、いつまでも待たせちまってたところだ」
赤宮くんのそんな切り返しを、鏡像は鼻で笑う。
「カノンがチカラを取り戻したことで、優位に立ったつもりか?
確かに、それを防げなかったのは失策だが……オリジナルよ、招待されてもいないのに首を突っ込んだイレギュラーのキサマも含め、この場で俺が斬り捨てれば済むことだ」
「残念。
ニセモノは、どうしたってホンモノに勝てないんだぜ? 常識だろ?」
「『ただのニセモノ』ならな。
だが――俺は、キサマの能力の転写だけでなく、主よりチカラも授かっている……!
ただオリジナルというだけのキサマこそ、俺に勝てるとでも思っているのか?」
鏡像の言葉通りに――そもそもの本人の闘気だけでなく、闇のチカラが彼の周りに激しく渦を巻く。
それはさしずめ、ヒドい嵐のようで――!
「ヒカリちゃん、ルコちゃん、網野くん!
巻き込まれないように、わたしの後ろに退がって!」
わたしはすぐさま、3人を庇うような形を取る。
「センパイ……!
これ、さすがにマズくないですか……!?」
……ルコちゃんが、そう言いたくなる気持ちも分かる。
鏡像から感じる、覇気や圧力といったものは相当だ。
でも――
「わたしは……ううん、わたしも、か。
――信じるよ、赤宮くんを」
わたしは、一歩も前に出ることなく。
二人の戦いに介入する気は一切ないと、態度で示し――ただ、見守る。
「オリジナルってだけの俺が、お前に勝てるか――って?
まあ確かに、今のお前のそのチカラはすげーよ……けどな。
そんなセリフを、本気で口にしちまってる時点で――」
鏡像とまったく同じ構えを取りながら――赤宮くんもまた、闘気を解き放つ。
けれど、こちらの闘気は――正反対に、至って静かだった。
向こうが嵐なら……それこそ、涼やかな微風のごとくに。
「やっぱり負けだよ、お前の」
「面白い、ならば……証明してみろッ!」
鏡像のその一言とともに、地を蹴るのは互いに同時。
今のわたしですら、かろうじて追い切れるほどの速さで2人はすれ違い――激しく重い金属音が時間差で空を揺らす。
……強烈な一撃のぶつかり合い? ううん、違う!
お互いに繰り出した4連撃が、あまりに速すぎて重なり合ってるだけだ……!
しかもそんな常軌を逸した打ち合いが、2度3度と立て続けに繰り返される。
それも、合間に、2人して分身まで展開したりしながらに――!
「ず、ズカぁ……! なな、なにこれ……!?
お、音と火花と、ときどき見える姿が、ぜ、ゼンゼン、つ、繋がらないぃ……!」
「そりゃそうだよ……同じ〈勇者〉のわたしでも、気を抜けば見失いそうなハイレベルの攻防だもん……!」
オリジナルと、その完全なコピーのぶつかり合いだけあって。
お互いの実力は拮抗している――そう見えたけど。
一際強烈な一撃をぶつけ合いつつ、交差したところで……。
「――ちっ……」
舌打ちとともに、軽く首筋に手をやる赤宮くん。
同時に――その手の隙間から、血が飛び散る……!
「フン――しぶといな。
もう一歩踏み込めていれば、今頃その首、落ちていたものを」
鬼面の奥で笑いながら、悠々と赤宮くんに剣を突きつける鏡像。
対して赤宮くんは、
「そうだな……俺も、まだまだ甘い」
苦笑混じりに、自分の手に付いた血を確かめると……それを、地面に向かって軽く払い飛ばした。
「……予定じゃ、ノーダメ勝利のハズだったんだけどな」
「よく言う。
それはこちらのセリ、フ――」
余裕たっぷりなはずの鏡像の言葉が、途中で途切れ――。
その手の剣がいきなり刀身半ばから、するりと真っ二つになってズレ落ち……滑るように地に突き立って。
そして、鏡像自身にも肩口から大きく袈裟懸けに。
今になって、一筋の刀傷が閃き――そこから、黒い血のように闇のチカラを噴き上げさせながら。
ゆっくりと、力無くその場に両ヒザを突く。
「な――!? なに、が……!?
勝って、いた、のは……俺、だった……はず……!?」
「だから負けたんだよ、お前は」
事も無げに言いつつ、赤宮くんは鏡像の前に立つ。
首のキズは……大丈夫みたいだ。
浅かったし、身体の気の流れを調整して出血を止めたんだろう。
「俺の能力を完コピしたらしいけどな。
それって、俺があの『鏡』を見つけた、もう何日も前の話だろう?
……俺が、そのときのままだと思うのかよ?」
「バカ、な……!
たかが、数日……! しかも、俺は……さらなる、チカラを……!」
「そのたった数日の間に、強敵と戦って成長する機会もあったしな?」
言って、赤宮くんはチラリと一瞬、笑顔でわたしを振り返る。
「それに――だ。そもそも、時間なんて大して関係ないんだよ。
負けられない戦いなら、その一戦の中ですら、己の限界を踏み越えて先へ至る――それが〈勇者〉ってやつだからな。
だからその本質の無いお前が、チカラだけを重ねたところで……それで俺を上回ったところで。
……俺に、負ける道理なんてあるわけないんだよ」
さらりと、事も無げに鏡像へ告げる赤宮くん。
「……く、くく……!
なる、ほど……これ、が……勇、者……か――!」
対して、くぐもったような、かすれた笑いを残して――。
鏡像は、そのままゆっくりと仰向けに倒れつつ……そのチカラを宙に散らせ切って、消滅していった。