第41話 勇者と邪神は、だから友達
「さて、と――」
ホンモノのクローリヒトは……ゆっくりと、わたしを追い抜いて前に立つ。
まさしく鏡写しのように、〈鏡像〉と向かい合う。
その佇まいは、無防備にすら見えるけど……まるでスキが無い。
ううん、それどころか――きっと、相対している鏡像の方は、喉元に刃を突きつけられてるような感覚だろう。
剣なんて構えてなくても相手を圧する――そんな達人めいた覇気が、ひしひしと感じられる。
「俺も色々と疑問はあるわけだけど――まずは」
そんな一言が聞こえたと、そう思った瞬間には。
クローリヒトは、鏡像の目の前に移動していて――!
「――ッ!?」
僅かに遅れて響き渡る、激しく甲高い金属音で……ようやく、わたしは。
クローリヒトが、凄まじい速度の突きを繰り出し――鏡像がかろうじてそれを防ぐ、そんな状況になっていたことを悟る。
「――この子、返してもらうぜ?」
突きを防御したことで、動きが止まった鏡像をさらに後ろ回し蹴りで下がらせ――。
一瞬のスキを突いてクローリヒトは、側で身動き出来ずにいたヒカリちゃんを抱え上げると、
「任せたっ!」
後方、わたしの方へと――ポイッと、軽々放り投げる!
「!? あびゃびゃびゃあ〜っ!?」
「――ヒカリちゃんっ!」
素早く反撃に転じる鏡像を、クローリヒトが防いでくれている間に――。
ふわりと放物線を描いて、デッカいぬいぐるみみたいに飛んでくるヒカリちゃんを、しっかりとキャッチ。
その小さな身体を、思わずギュッと抱きしめた。
「ヒカリちゃん……ッ!
良かった、ホントに――無事で良かったよぉ……っ!」
そんな感無量のわたしの胸に、ヒカリちゃんも額をぐりぐりしてくれる。
「ず、ズぅカあああ……っ!」
「くっ……! 筋肉以外も感涙にむせぶ、良い光景だなぁ、薫子……!」
「おいやめろ。その脳筋的NO筋発言で台無しになるだろが!」
「ご、ごめ、ごめんなさい……!」
わたしの胸に顔を埋めたまま……ヒカリちゃんは。
嗚咽混じりのごめんなさいとともに、わたしに、事の経緯を話してくれた。
自分が、テロリスト〈アガトン〉の娘だというのは知っていたこと。
だからこそ、実の父について詳しく知ろうと、わたしたちの調査に協力したこと。
摩天楼のパパさんのスマホを使われて、マガトと二人きりで会わずにはいられなかったこと。
そして――。
わたしが、旧友のちぃちゃんと親しくするのを見て……嫉妬めいた感覚とともに、自分が見捨てられるんじゃないか、って不安を覚えて。
そんな心のスキを突かれて、わたしから〈姫神咲〉を奪う暗示を掛けられてしまったこと――。
そういったことを、必死に、懺悔するかのように。
そんなヒカリちゃんを――わたしは、なおさらにしっかりと抱きしめた。
「ううん、ヒカリちゃんは何も悪くないんだから。
わたしこそ……ゴメンね。
わたしにとっても、ヒカリちゃんは大事な友達なのに……そんな想いまで、気付いてあげられなくて。
それとね――ヒカリちゃんは一つ、カン違いしてるよ」
わたしの言葉に、ヒカリちゃんは怪訝そうに顔を上げる。
「ヒカリちゃんは、わたしのお陰で友達になれた――そんな風に思ってるみたいだけど。
そうじゃないよ。
だってわたしも、ヒカリちゃんと友達になりたいって、そう思って声を掛けて……そして、ヒカリちゃんにこうして受け入れてもらえたんだから。
友達になれるかな、って不安を、ヒカリちゃんが拭ってくれたんだから。
だから――わたしたちは、一緒なんだよ。
だからあのとき、友達になれて――そしてこれからも、友達なんだよ」
「ず、ズカぁ……!」
「だから――ありがとう。
友達のわたしのために、こうして、勇気を振り絞ってくれて。
わたしを――信じてくれて……!」
「うん――うん……!
ず、ズカも……! わちしを信じてくれて……あ、ありがとう……!」
ヒカリちゃんは、鼻をすすり上げつつ、目元をゴシゴシ拭うと――両手で必死に握り締めていた〈姫神咲〉を、わたしに差し出してくれる。
それは……チカラが弱まるどころか、むしろ、今まで以上に強く輝いていた。
そう――きっと、ヒカリちゃんの『勇気』をも宿して……!
わたしは一つうなずくと、受け取った〈姫神咲〉を髪に挿し――。
「――はあああああっ!!」
そして、自らの〈勇者のチカラ〉を一気に解き放った!
内側から溢れ出る光が、わたしを、魂を包み込み――。
黒髪が、桜のような白から緋へのグラデーションへ移ろうとともに……魔を退ける白銀の軽鎧と、魔を祓う桜色の振り袖が身を覆い。
最後に、かざした右手の中には、剛剣〈聖散ノ桜〉が現れ――。
わたしは再び、勇者カノン――。
〈天咲香穏姫神〉なる、神位の真名を授かりし〈勇者〉となる……!
「……やっぱり、キミが〈カノン〉だったか」
――きっと、わたしたちのために時間を稼いでくれていたんだろう。
鏡像との鬩ぎ合いに一旦区切りをつけたクローリヒトが、わたしの前に飛び退るや、そう声を掛けてくる。
「ありがとう、クローリヒト――。
あなたのお陰で、大事な友達を救えたし、わたしもチカラを取り戻すことが出来た。
あと、それから……あのときは、ごめんなさい。
勝手なカン違いで、あなたを悪者と決めつけて襲っちゃって……」
「……いいさ。俺だってあのときは、キミをあの『鏡』を悪用しようとしてるんだって決めつけてたんだし。
それにまあ……あれだけそっくりなニセモノと先に出会ってれば、そりゃカン違いもするってものだろ」
クローリヒトは、離れて対峙する鏡像を警戒したまま――けれど穏やかな調子で、冗談まじりにそう答えてくれる。
そして、
「さて――そんなわけで、改めて確認しておきたいんだけど」
肩越しにこちらを振り返りながらの問いに、わたしはうなずいた。
「ええ」
「今、この〈フリー・アーバ〉で起きてる異変、その元凶――。
あの俺のニセモノ、その主らしいヤツとキミは、因縁の相手、ってことだよな?」
「……ええ、そう。
わたしのミスで、異世界からこちらに導いてしまった魔神……マガトダイモン。
わたしが、この手で決着を付けなければならない宿敵……!」
クローリヒトの、鬼面の奥にある瞳を真っ直ぐに見据えて言い切ると――彼は、静かにうなずいてみせた。
「――分かった。
それならキミは、その因縁にケリを付けるためにも、チカラを温存しておくべきだ。
……ということで、このニセモノの相手は俺に任せてもらおうか」
「え、でも……!
あれは〈鏡像〉――あなたも見たことがあるみたいだけど、あのチカラを持った鏡によって創られた、あなたの外見をマネしただけじゃなく、能力までもコピーした存在なのよ……!?」
「……だろうな。打ち合ってて分かったよ。
でも――だからこそ、なおさらだ。
キミは、チカラを制限された状態で今まで戦ってきたんだろう?
その分の疲労だってあるところに……これ以上、決戦を前に消耗させるわけにはいかない」
そう前置きしてから。
鬼面で、見えたりはしなかったけど――。
クローリヒトは、子供のように笑った気がした。
「だってさ……何だかんだ言ったって、〈勇者〉だもんな。
因縁の相手との決着は、自分の手で付けたい――そうだろ?」
「……そう、ね。
こんなチカラ、さっさと手放して平穏に暮らしたいんだけど……わたしもまだ〈勇者〉だから」
釣られて、微かに笑い返すわたし。
言葉の雰囲気からして……どうやらクローリヒトも、好き好んで〈勇者〉やってるわけじゃなさそうだ。
妙な親近感がわいてくるし――ちょっと、いや結構、いいな、とか思ってしまう。
……だって、ねえ?
ピンチを颯爽と助けてくれたし、わたしを気遣ってくれるし、同じような境遇みたいだし、で……。
そりゃあ気にもなっちゃうってものだよ……こんなときだけど。
――あ、いや、こんなときだからこそ、なのかも?
この苦難をともに乗り越えることで、新たな絆が、とか……!?
って、いやいや、そんなおバカなこと考えてる場合じゃなかった。
ヒカリちゃんが無事で、〈姫神咲〉も取り戻せて、ちょっと浮かれちゃってたかも……反省。
気を引き締めろ、わたし――!
「そんなわけだからさ。
俺を信じて、ここは任せてほしい――『聖桜院さん』」
「…………。へ?」
「え?」
……あれ?
今、クローリヒト……わたしを本名で呼んだ?
――な、なんで? どうして!?
「あ〜……もしかして、まだ気付いてなかった?
聖桜院さん鋭そうだから、とっくにバレてると思ったんだけど」
困惑真っ只中のわたしの前で――。
クローリヒトは、その厳つい鬼面に手をやって……脱ぎ捨てる。
その下から現れた素顔は――――って、えええええ!!??
「ああ、あ、赤宮くん〜〜ッ!!??」
そう、その正体は……。
わたしの旧友であるちぃちゃんの彼氏――赤宮 裕真くん、その人だったのだ……!