第40話 因縁の庭園にて、ついに勇者は再会する
――崩落してしまった連絡橋からA棟へ戻り、さらにマガイクサたちとの戦いを何度も潜り抜けつつ目指した、より上層にある別の連絡橋……。
豪奢だった下のものと違い、シンプルに機能性だけを追求したような構造のそこに、ようやく辿り着いたと思いきや――。
入り口付近から様子を窺えば、連絡橋のただ中には『余計なオマケ』が鎮座していて。
思わずわたしは、舌打ち混じりに、パパやママに聞かれたら「言葉遣い!」とお説教ものの悪態を吐き捨ててしまう。
「くっそ、マジか――っ!」
下のものよりも狭いその連絡橋を、文字通り塞ぐように――ここにも、あの巨大マガイクサが配置されていたのだ。
今はまだこちらに気付いてないようだけど……ここを突破しようとすれば、見つかるのは避けられない。
そして一度見つかったが最後――大きく避けるだけの通路幅も、隠れるようなものも無いここじゃ、一方的にバルカン砲の斉射を浴びることになるだろう。
「これでは通れませんね……」
「でも、ここまで来て引き返すわけには……!」
入り口の周囲を見回す。
そうだ――もう少し上の階から、連絡橋の屋根に飛び乗って……アイツに気付かれるかどうかはいちかばちかの賭けになるけど、一気に駆け抜けるって方法もあるかな……。
その場合、さすがに無茶過ぎて付き合わせられないから、ルコちゃんたちとは別れての単独行動になるけど……。
「まだですよ、センパイ」
わたしが考えを巡らせてると――その鼻先に、ルコちゃんがスマホを突きつけてきた。
映し出されているのは、館内地図……それも、あの最上層の『空中庭園』だ。
「この空中庭園、3棟それぞれ趣の異なるデザインで作られていて、実は構造的に、互いに行き来が出来るようにもなってるそうです」
「! じゃあ、それを使えば……!」
「はい。ただ――」
ルコちゃんは一瞬、すぐそこの連絡橋出入り口の方を見た。
「あ~……そうだね。ここまでがこうして押さえられてる以上、そっちも警戒されてるかもね。
しかも――そっちはいよいよ、敵の本丸直下なわけだし」
「なら先輩、ここを筋肉以外でゴリ押ししますか?」
「いや、ゴリ押しならそれこそ筋肉使って――って、そうじゃなくて!
強引に突破するには、ここはあまりに条件が悪すぎるよ。
それならまだ空中庭園の方が、広いし、いざってとき利用出来るモノも多そうだし……。
――そっちに賭けよう!」
《ボクもそれに賛成だ。
どうやらヒカリくんも、ここを素通りして上に向かったようだからね……!》
ユーリのそんな一言もあって、うなずき合うや、すぐさまきびすを返したわたしたちは――。
わたしにとっては因縁深い、あの空中庭園目指して走り出す。
道中、きっとこれまで以上に激しいマガイクサの妨害を受けることになるんだろうな、って身構えていたんだけど――。
意外にも、むしろ上層へ近付けば近付くほど、接敵する数は減っていくかのようで。
結果として、わたしたちは――それほどの抵抗を受けることもなく、空中庭園へと辿り着くことが出来た。
ただ……予想よりはマシだったとはいえ、ルコちゃんも網野くんも、さすがにいい加減疲労の色が濃いし、弾薬だって無限じゃない。
状況としては、ようやく何とか、って感じだ。
なので、さすがにこれ以上ガチにヤバい敵の相手はご遠慮願いたいところだけど……。
《ふむ……皮肉な話だけれど、上層であればあるほど、漂う闇のチカラは儀式の方へ優先的に流されている――ということのようだね》
周囲を警戒しても、マガイクサの気配がまったくないことについて、ユーリが考えを述べてくれる。
それは、確かにそうなのかも知れないけど……。
何せ、わたしはここからクローリヒトに蹴り出されて死ぬ思いをしたんだからね……慎重にもなっちゃうってもの。
で、そのクローリヒトはと言えば――取り敢えずは、幸運にも見当たらない。
もしかしたら、わたしから〈姫神咲〉を引き剥がしたことで、脅威がなくなったからと、〈鏡像〉たる彼を形成していたチカラも、儀式に回したりしているのかも知れない。
何にしても今のうちだと、B棟の方へと駆け出して――ややもすると。
《――主クン!》
ユーリの声が飛んだ――けど、それよりも早く。
わたしも、感じていた。捉えていた。
近付いてくる……わたしと繋がりのある気配、暖かな輝きを。
そして――
「ズカっ!! ズカぁぁーーーっ!!」
必死にわたしを呼びながら、フラフラになりながら――それでも真っ直ぐ走ってくる、小さな姿を……!
「――ヒカリちゃんッ!!」
近付くにつれ、はっきりと見えてくるヒカリちゃんは……身体中が薄汚れていた。
顔には、鼻血を拭った跡があった。
ヒザにも、結構大きな擦りキズがあった。
――そう……この子は。
引きこもってばっかりで、運動なんて大のニガテなのに――この広い〈フリー・アーバ〉を、必死に走り回って。
何度も転んで、鼻血が出るほど顔を打って――それでも。
いつマガイクサに襲われるかって恐怖もあるだろうに――それでも。
痛いのも怖いのもキライな、ヘタレでビビリなのに――きっと。
友達のわたしのために、って……!
ありったけの勇気を、振り絞ってくれたんだ……!
「……ヒカリ、ちゃん……っ!」
……感極まって、言葉が出てこない。
思わず一度、鼻をすすって。改めて、足を踏み出す――
「!? センパイ、上ッ!!」
瞬間。
ルコちゃんの鋭い声とともに、サブマシンガンが火を噴いて。
反射的に、忍刀を抜いたわたしの前に――ヒカリちゃんとの間を遮るように。
鬼面黒衣の剣士が――その蒼い剣で空を断ちつつ、天から落下してきた。
一拍遅れて。
ルコちゃんが撃ったものだろう、真っ二つにされた弾丸が、バラバラと地面にこぼれ落ちる。
「……クロー……リヒト……ッ!!」
「なかなかにあがいたようだが……ここまで、だな」
鬼面に隠れて、表情は見えない――けど。
きっと、わたしをせせら笑いながら……クローリヒトは、蒼い剣の切っ先を向ける。
感じるのは、凄まじいまでの圧力……!
「……ッ……!」
今のわたしで……コイツを何とか出来るの……?
ううん、倒すのはムリでいい……!
せめて、ヒカリちゃんから〈姫神咲〉を返してもらうだけのスキが作れれば……!
「――センパイッ!!」
わたしが逡巡するその一瞬に――先に動きを見せたのはルコちゃんだった。
クローリヒトの側面に回り込むように飛び出しつつ、サブマシンガンで畳みかける。
「――ふん……」
まるで羽虫でも追い払うかのように軽々と剣を一閃、その剣風で難なく銃弾を弾き飛ばすクローリヒト。
だけど、そこへ――
「筋肉を過信したな!」
逆側の死角から、忍刀の一撃を狙う網野くんが。
半ば反射的に、それに合わせてわたしも――。
真正面からハンドガンで蒼い剣を狙いつつ、左手の忍刀で突きを繰り出す!
何度も一緒に戦う中で、自然と噛み合うようになったわたしたちの連携攻撃――!
倒せなくていい。一撃を入れる必要すらない。
ただ、ほんの僅か、確かなスキを作れればいいだけ。
そして、これなら――!
いける、と手応えを確信する。
だけど――
「「 ――ッ!? 」」
わたしと網野くんの波状攻撃は、クローリヒトを捉えるどころか……その姿を素通りする。
――残像……!?
そんな、じゃあ本体は――!
まるで、時が止まったかのような――そんな、奇妙にゆるやかな刹那のうちに。
わたしたちの前には……何体もの、剣を振りかぶったクローリヒトが姿を現していた。
網野くんとルコちゃんにそれぞれ1体。そして、わたしには3体――。
……間違いない。
以前見た、5体もの『分身』で一斉攻撃する技だ。
あのときはカノンとしてのチカラで強引に打ち払えたけど、今のわたしじゃ――!
せめて、後輩たち2人だけでも何とか守らないと――己の意志に、そう突き動かされるも。
(……な……!)
あろうことか――分身は。
さらに姿を分けたかのように、一気に、2倍に増えて……!
(冗談、でしょ……!?)
……コイツ……!
さらに上位の技を隠していて――ここで、確実にわたしを仕留めようと……!
(それでも――ッ!!)
自分への攻撃は、気合いで耐える!!
後輩への攻撃は、意地でも逸らす!!
……諦めるもんか……!
諦めて――たまるかぁッ!!!
あとはただもう、思考で身体を動かすよりも、その先――自分の本能と感覚と経験を信じて。
忍刀を投げるなり、銃の引き金を引くしかないとなった――そのとき。
ついに、総勢10体となった分身の白刃が閃いて――!
「っ!!
――――ぇ……?」
一瞬、何が起こったのか、理解出来なかった。
なぜなら――。
まるで、同士討ちのように……分身が、分身を斬り捨てたからだ……!
「……キサマぁ……ッ!!」
再びわたしの前に実体を現したクローリヒトが――苦々しげな声と視線をわたしに向ける。
――いや、違う。
これは…………わたしに、じゃなくて……!
「……ったく……ただでさえ、見た目悪役なんだぜ?
なのにマジで悪事やらかすとか、ホント、カンベンしてくれよ――」
弾かれたように振り返った背後、夜の闇の中からは――。
まったく同じ姿をした……もう一人の〈クローリヒト〉が……!
「これじゃ……一応は〈勇者〉な俺の方こそ、ニセモノみたいじゃねーか」
そう――きっと、ショッピングモールで戦った方の。
ホンモノの……!
もう一人の〈勇者〉が――泰然と、姿を現した……!