第39話 その魔法少女の戦いを、勇者たちはこっそり見守る
恐らくは偶然に、わたしたちを助けるような形で飛び込むことになった――ちょっと近未来風な感じの衣装をまとった魔法少女。
……わたし自身が、異世界帰りの〈勇者〉で――しかも、後輩2人は忍者で。
なのに、『魔法少女ってホントにいたんだ!?』な気持ちもあったりするけど……目の当たりにした以上は、納得するしかなくて。
きっと、ルコちゃんたちの先輩忍者さんによる〈最強の助っ人〉だろう、その魔法少女の名は――シルキーベル、というらしい。
もっとも、その名を、巨大マガイクサ相手にテノールのイイ声で宣言してたのは、彼女本人じゃなく、使い魔っぽい小さな〈武者型ロボ〉なんだけど……。
「だ、だーかーらーっ!
恥ずかしいから、いちいち名乗りとかしなくていいって言ってるでしょ!?」
取り敢えず、身を隠したまま様子を窺ってると……。
当のシルキーベルご本人は、そんな武者型ロボを引っつかんで、ガクガク揺さぶりながら猛抗議していた。
「でで、ですが、姫ェ〜……!
拙者ごときは、矮小極まりない身なれど――いやしかし、だからこそォ……!
お仕えする、美麗にして可憐にして勇壮たる姫のお姿は、世界に遍く知らしめねばと使命に燃えるわけでありましてェ〜……!」
「遍く知らしめるも何も、誰もいないからっ!
――あ、ううん、誰かいたら、それこそ恥ずかしいから絶対ダメだけど!!」
「「「《 ………… 》」」」
うん、ごめん、シルキーベルさん……。
ここに、隠れて聞いてしまった人間&天使がいるんです……合わせて4人ほど。
いや、あくまで不可抗力なんで、カンベンしていただきたいんですけど。
「……なんか……めっちゃ出て行きづらくなりましたね、センパイ……」
「ま、まあね……。
でもマジメな話、ヘタに出ない方がいいと思うよ――」
言ってから、わたしは改めてそっと、シルキーベルたちの方を窺う。
魔法少女と使い魔の漫才なんて、当然のごとく興味が無いとばかりに――。
バルカン砲だった両腕を普通に『腕』の形に戻しつつ、シルキーベルに殴りかかる巨大マガイクサ。
それは、離れたここまで風切り音が聞こえてくるほどの、まさしく豪腕で――。
華奢で小さなシルキーベルは、一撃食らったら終わりどころか、受け止めることすら出来そうにないそれが立て続けに襲い来るのを、ギリギリで見切ってかわし続ける。
「……なるほど……。
ここで、オレたちがヘタに存在を明かすと、彼女を驚かせてしまいそうですね」
「うん、そういうこと。
相手が相手だけに、それで生じた一瞬のスキが致命打になりかねないし。
本心としては、援護ぐらいしたいところだけど……」
その巨体には見合わない素早さの巨大マガイクサと、それに合わせて機敏に立ち回っているシルキーベル。
その目まぐるしい動きはもう、ヘタに援護射撃とかしようものなら、彼女の気を散らすどころか、誤射にすらなってしまいそうなレベルだ。
……いきおい、手が出せない。
(……さあ、どうする……)
このまま、シルキーベルが巨大マガイクサを倒してくれるのを待つか。
それとも、邪魔にならないようここは退いて、別の連絡橋からB棟を目指すか――。
「たあああっ!!」
巨大マガイクサの拳撃を跳んでかわしつつ、その腕を足場に2段ジャンプ――スキだらけの後頭部に、白い輝きをまとった延髄斬りを食らわせるシルキーベル。
さらに、たまらず屈んだ相手に、浴びせ蹴りで追い打ちをかけるも……決定打には遠いらしく、怒りにまかせて反撃に振るわれるマガイクサの腕を、バク転の連続でかわして仕切り直す。
うーん……。
総合的な戦闘能力としては彼女の方が上なんだろうけど、いかんせん、あの巨大マガイクサが予想以上にカタいって感じか……。
続けて、彼女を追うように踏み込みつつ繰り出された拳を――シルキーベルは。
「――てぇいっ!!」
下に潜り込みつつ、腕ごと捕まえ……身体全体の回転で相手を巻き取る、一本背負いめいた投げ技で、自分の倍以上ある巨体を床に叩き付けた!
「アームホイップ……!?」
さっきの延髄斬りやら浴びせ蹴りに加えてこれとは、随分とプロレス技がお好きなようで。
華奢な見た目とのギャップといい、ちぃちゃんみたいな魔法少女だね……。
「――にしても、これは……」
わたしは、思わず足下に視線を落とす。
――今のアームホイップで、連絡橋全体が結構揺れた。
この〈フリー・アーバ〉自体、最新鋭の建築物だ……耐震性やらも優れてるだろうし、そう簡単にどうにかなることはないだろう、けど……。
でも、バルカン砲を散々に斉射された挙げ句、デカい化け物と魔法少女が格闘戦やらかすなんて事態は、想定されてるハズもないわけで――。
「……穏香先輩。
もしかしてこの連絡橋……喩えるなら、筋肉以外がヤバいのでは……」
「その喩えがまずヤバいんだけど。
でも――確かに、『ヤバい』かもね……!」
あのマガイクサはもちろん、シルキーベルも空を飛べるみたいだけど……当然、わたしたちはモロに地上ユニットだ。
連絡橋が崩落すれば、もろともにリタイア確定である。
(シルキーベルがアイツを倒してくれて、あわよくばそのまま合流して一気にB棟へ――ってのが理想だけど……)
巨大マガイクサを倒した! でも連絡橋も崩落した!
……では、話にならない。
緊張感をもって、なおも戦いの行方を見守ろうとしたその瞬間――。
《! 主クン――あれを!》
頭の中に、ユーリの声が響き――同時に、意識が『何か』を感じ取る。
反射的に、そちら……連絡橋の向こう側、つまりはB棟の1つ上の階に視線を向ければ、そこには――!
「!? ヒカリちゃん……!?」
……見間違うはずもない。
そこの窓越しに、連絡橋を見下ろしていたのは――ヒカリちゃんだった。
ただ、わたしたちには気付いてないようで……マガイクサとシルキーベルが戦っている様子に、そちらは危険と判断したのか、すぐにその場を離れて姿を消してしまう。
「ユーリ! ヒカリちゃんが向かった方向、分かる!?」
《ちょっと待ってくれたまえ……集中する。
――――ふむ、これは――――。
地図と照らし合わせて考えると……ああ、やはりだ。階段フロアへ向かおうとしているね……!
〈姫神咲〉は自然と主クンのいる方へ導こうとするだろうし、ヒカリくんもここの構造は覚えているはずだから……A棟への別の連絡路を目指しているに違いない――!》
「つまり――上だね!」
口にすると同時に、自然、視線はさらに上へと向く。
……さっきヒカリちゃんの手もとには、淡い輝きが見えた。
あの子はきっと、何とかして、監禁されているところを脱け出して。
わたしに直接、〈姫神咲〉を届けようとしてくれてるんだ――!
「ヒカリちゃん……!」
――その想いに、行動に、胸がアツくなる。
一刻も早くあの子のもとに辿り着かないと……って、気が逸る。
でも――だからって、強引にここを突破するわけにもいかない。
互いに見ず知らずでも、同じ脅威を相手に戦ってくれているシルキーベルを、邪魔したり足を引っ張るようなマネは出来ない。
そうなれば――取るべき道はひとつ……!
「2人とも、ここは急がば回れで行くよ!
シルキーベルがアイツを引き付けてくれてるうちに、A棟へ引き返して――さらに上層、別の連絡橋を目指す!」
「「 了解っ! 」」
「よっし、それじゃ……。
戦いの様子を見つつ、コッソリ、速やかに後退……!」
わたしたちは、巨大マガイクサ相手に肉弾戦を繰り広げるシルキーベルの勇姿を見守りながら……邪魔をしないよう、注意を払って後退していく。
――その最中……膠着状態にも見えた戦いに、大きな動きが生まれた。
「よし――今っ! お願いっ!」
「いい、いえす御意ィ〜ッ!
――うりゃりゃ〜、惰弱なる拙者のヘボショボな剣を受けてみよォ〜ッ!」
シルキーベルの指示で、使い魔の武者ロボくんが飛び回りながら、マガイクサの頭部へ刀を振りかざして攻撃を加える。
体格差からしてそれは、一寸法師の針の刀みたいなもので、まるでダメージになってない――んだけど。
鬱陶しいとばかりに、武者ロボくんを追い払おうと腕を振るうマガイクサには、相応のスキが生まれて――。
その一点をカンペキに突いて、懐に潜ったシルキーベルは。
ドン、と床を踏みしめながらの、強烈なアッパーをマガイクサの胴体に突き刺し――そのまま、自らの身体ごと大きく跳び上がる!
「これで――」
そして、アーチ型の高い天井スレスレで、宙に打ち上げたマガイクサの頭部を両足で挟み込むようにロック。
そこから背を反らし、落下の間、車輪のごとく大回転させて――!
「どうだぁぁッ!!」
凄まじいまでの勢いで、マガイクサの巨体を頭から床に叩き付けた!
……うっわ、すっご……!
フランケンシュタイナー……ぽいけど、そんなモンじゃないね、もう。
強烈な破邪のチカラまで込められてたし、これならさすがのヤツも……!
――って……。
もしかして、今の衝撃……ヤバいんじゃ――!
「「「 ………… 」」」
何やら、超えちゃいけない一線を超えたんじゃないか――って感じに、本格的に揺れが大きくなってきた連絡橋のただ中で。
わたしたち3人は、反射的に顔を見合わせると――。
「「「 うぅわあああーーーッ!!?? 」」」
形振り構わず、あと少しの距離を猛ダッシュ!!
まるで追いかけてくるように、ガラガラと崩れ落ちていく床から逃げて逃げて……!
最後は、揃って大ジャンプ……!!
ビル側の大きな出入り口ドアを、文字通りにブチ破る勢いで飛び込んで――。
からくもわたしたちは、無事に、A棟へと戻ることに成功したのだった。