第37話 〈助っ人〉は、勇者たちの行く道を照らすか!?
「よし――行こう!」
ハンドガンを構えたわたしは周囲を警戒しつつ、ルコちゃんと網野くんを従え、立て籠もっていた部屋を飛び出す。
そして、ユーリは……。
《主クン。ヒカリくんだけど、気配からすると恐らくA棟にはいない。
この先どこかから、B棟かC棟へ移動する必要があるだろうね》
場に、少しくぐもった感じで響くのが、まさにそのユーリの声。
出所は、わたしの左腕で淡く輝く腕輪。ユーリが魔術で姿を変えたものだ。
いわば、正真正銘の〈天使の輪〉ってところだね……腕輪だけど。
で、どうしてこんな風になっているのかと言えば……。
ユーリが、戦闘力に劣る自分が直接戦うより、こうして、いわば〈姫神咲〉の代理のような形で、わたしのチカラを少しでも底上げする方が有益だと判断したからだ。
「ルコちゃん……B棟かC棟、ヒカリちゃんを閉じ込めるならどっちだと思う?」
「そうですね――。
A棟と同じく、オフィスやイベントスペースが多いC棟よりは……ホテルになっているB棟の方が、幽閉って目的に適うんじゃないでしょうか」
「やっぱりそうだよね……。
オーケー、それじゃ、B棟上層を目指す方向で!」
廊下を走りながら、〈フリー・アーバ〉のコンシェルジュアプリを入れておいたスマホで地図を確認。
B棟への連絡通路の位置を把握する。
……ここから上に2つ、か……。
ヒカリちゃんがA棟にいないのは分かってるんだから、早いうちに移っておくべきだと思うけど……。
「――センパイ」
わたしが考えを巡らせていると、側に寄ったルコちゃんが、少しトーンの落ちた声で語りかけてきた。
「……今さらだけど、ごめんなさい。
実はアタシたち、会長がアガトンの娘だってこと、知ってたんです」
「…………」
わたしは、ちらりと視線だけをルコちゃんに向ける。
……やっぱり、というのが正直な思いだ。
それについて話したときのルコちゃんたちの反応と、そもそもが情報収集に長けた忍者だってことから、そうなんじゃないかな、とは思ってたから。
「なのに、会長を巻き込んで……挙げ句、こんな目に遭わせちゃって。
アガトンを放っておけないってのは確かだけど、でも……!」
「それを言うなら、わたしだって謝らなきゃだよ」
足は止めず、周囲の安全を確認しつつ――わたしは、ルコちゃんの言葉を遮ってそう言い切る。
「事態が悪化したのは、わたしが大見得切っておきながら負けたせいなんだから。
ちゃんとマガトを祓えてさえいれば……こんなことにはならなかったんだから」
思わず、唇を噛んだ。
……〈勇者〉だからって、負けないわけじゃない。
何度負けたって、それを糧にして、本当に大事なときに勝てばいい。
そう信じるし――現に、わたしはそうしてきた。
だけど……今回は。
もちろん、まだ取り返しがつくと信じてる、信じてるけど――やっぱり。
大事な友達に、ツラい思いをさせちゃったのが……悔しいんだ。
「……センパイ」
「だいたいさ、ルコちゃんたちがどうしようと、マガトはヒカリちゃんを巻き込んだはずだよ。
そもそも、アガトンとマガトが同一であることなんて、知りようもなかったんだし。
だから――」
一旦言葉を切って、お腹に力を込める。
そして――
「今はとにかく、前を見よう。やるべきことをやろう。
……謝ったり反省したりは、これが片付いてから――だよ!」
改めて、自分にも言い聞かせるつもりで言葉を紡いだ。
「――はい……!
ありがとうございます、ちょっと弱気が出ちゃったの、吹っ切れそうです!」
「フッ……甘いな薫子。
だからお前は、筋肉以外が足りんと言うのだ」
「うっさい! 筋肉以外足りてないのはそっちでしょーが!
てか、何自分は関係ないみたいなツラしてんの! お前もセンパイに謝れよ!」
口を挟んできた網野くんに、毎度のごとく噛み付くルコちゃん。
……まあ、これはこれで、網野くんなりにルコちゃんを元気付けたんだろうなあ……多分、だけど。
《……ところで、主クン》
後輩2人のやり取りに、走りつつもついクスリと笑ってしまったわたしに、ユーリが声を掛けてくる。
「どうしたの?」
《いや、こうして結界で閉じ籠もっていた部屋を出たお陰だろう、また新たに感覚的に分かったことがあってね》
そのユーリの言い方に、わたしは反射的に眉をひそめてしまう。
「なに? まさかまた、さらなる状況悪化報告?」
いい加減もういいよ、と嫌気が差しそうになるのを、いっそどうとでもなれだと、半ばヤケクソな強気で押し込めつつ聞き返す――けど。
ユーリの答えは……《逆なんだよ》だった。
「逆、って……どういうこと?」
《マガトによる、この〈フリー・アーバ〉全域を覆う結界。
その中に――そう、いわば『別種の結界』とでも呼ぶべき、清浄な気配を感じるのさ。
それも、ここより下層の……複数の場所にね》
「清浄な気配……?」
《ああ。正確な場所や規模までは分からないけれど、もしかすると……。
誰かが、マガトの瘴気で倒れた人々を守るための結界を張って回っているのかも知れないね》
ユーリの語る推測に、わたしの頭は1つの答えを導き出す。
そしてそれは、ルコちゃんたちも同様だったみたいで――
「「「 〈最強の助っ人〉!? 」」」
そう言い切る声は、見事に重なった。
《その可能性は高いね。
そして、そんな助っ人クンの行動は同時に、マガトが結界を通じて、〈霊脈〉から儀式に必要な闇のチカラを得るのを、阻害する効果もあるはずだ。
つまり――予測していたより、多少は時間に猶予が出来るということだね》
ユーリのその報告に、わたしたち3人は思わず顔を見合わせる。
……少し、安堵の息がもれた。
――良かった……!
ずっと気がかりだったけど、それならきっと、ちぃちゃんと赤宮くんも助けてもらえてるはず……!
ルコちゃんたちの先輩忍者の差配への感謝と同時に、思いがけず事態が好転する兆しに、否応なく戦意も上がる。
自然と、足取りも軽くなる。
そうして――
「さて、ここを上れば――っと!?」
3フロア分ぐらいが吹き抜けになっている、中央ホール。
その中心、真っ直ぐに長く伸びたエスカレーターへ向かおうとしたところで――気配を感じたわたしは。
とっさに、ルコちゃんたちにも合図をしつつ、近くの柱の陰に飛び込んだ。
一瞬遅れて――わたしたちが立っていた空間を、闇の弾丸が雨あられと撃ち抜いていく。
「待ち伏せとはね……やってくれるじゃない……!」
わたしたちがそれぞれ隠れている柱にも、弾丸は絶え間なく降り注ぐ。
……ちらりと様子を窺えば、吹き抜けって構造を利用して、フロアの様々な場所から、数を頼みに、こちらを狙い撃ちにしているようだ。
「嵐のよう、とはまさにこのことですね……!
相手の位置や数を探ろうにも、これじゃ迂闊に顔も出せないですよ……!」
「幸いにしてまだ大丈夫だが……。
このまま釘付けにされた上で囲まれると厄介だぞ、薫子」
いきなりの事態に唇を噛む後輩たちに――。
わたしはまず「大丈夫」と告げてから指示を出す。
「いい? 2人とも。
3、2、1で、2人揃って、相手側に向かって閃光手榴弾をブン投げてやって。
そうしたらこの柱の陰から出て、一気にエスカレーターを駆け上がるよ。
隊列は、わたしが先陣を切るから、続けて網野くん、ルコちゃんの順に。
突破重視で、わたしが危険度が高いヤツを優先的に排除していくから、2人は討ち洩らしを処理しつつ、サポートをお願い。
……どう? いける?」
いかにも行き当たりばったりに見える強引な手に、2人は一瞬顔を見合わせるも……わたしにそれだけじゃない策があることを悟ったらしく。
すぐさま、揃って同意してくれた。
「よし、じゃあ行くよ……!
3、2、1――っ!」
「ていっ!」「はあっ!」
2人が柱の向こうに閃光手榴弾を投げる――と同時に。
(ユーリ――お願い!)
《任せてくれたまえ!》
わたしは目を閉じ、意識を集中し――腕輪となって側にいるユーリと、感覚を『共有』する。
わたしよりも、闇のチカラを感知することにかけては特に鋭敏なユーリの、天使としての感覚を得て――。
わたしの索敵能力は、瞬間的に、飛躍的に跳ね上がる!
それは、目で見なくとも、周囲のマガイクサがどこにどれだけいるかを正確に把握出来るほどで……!
閃光手榴弾の効果で銃撃が止んだ一瞬のスキに、真っ先に飛び出したわたしは――目視すらせずに。
手近なヤツら、進路上で邪魔なヤツら、銃の射線的に危険なヤツらへと、走りながら一気に銃弾を叩き込んで黙らせた。
そしてそのまま、ルコちゃんたちを伴ってエスカレーターを駆け上がっていく!
当然、その頃には、目眩ましから脱したマガイクサたちが行動を始めて――。
でもそれを、素早くルコちゃんがサブマシンガンの掃射で牽制。
さらにその間にわたしも、こちらに狙いを付けたり、進路を阻もうと動くヤツを撃ち抜いていく。
けれどそこで、わたしのハンドガンは弾切れ。
弾倉を入れ替える余裕はない――から!
「しぃっ!」
忍刀を抜き放ちざま、先頭のわたしを狙う弾丸を斬り払いまくる!
さすがに全部はムリだけど――多少なら食らっても、全身に込めた闘気で弾き返せる!
そうして、わたしが盾になっている間に――。
「網野くん! お願いっ!」
「――承知!!」
わたしの脇を抜けるように一気に前に出た網野くんが、忍者らしく機敏にムダの無い動きで、進路上のマガイクサを次々に斬り裂いていく!
さらにそこに、ルコちゃんの牽制射撃も加わって――。
わたしたちは何とか、中央ホールを突破したのだった。