幕間 摩天楼光は立ち上がる −2−
「ごめん、ズカぁ……ごめん……!」
ズカのぬくもりが残る〈姫神咲〉を握り締め――。
わたしは部屋の隅で、みっともない嗚咽を止めることも出来ず、後悔に責められるまま……ただ、ヒザを抱えて座っていた。
――空中庭園から、ズカが落とされた後。
わたしはここ、B棟上層のホテルの一室に移されて、1人、閉じ込められた。
わたしは……わたしをここまで育ててくれた、摩天楼家のパパとママのことは、不満なんてないどころか、それこそ本当の両親みたいに思ってる。
だから――少し前、実の父がテロリストの〈アガトン〉だと知ったところで、驚きはしても、そこまで気にすることはなかった。
――今の、パパとママがいるから。
だけど……それなのに。
わたしは、詳しく知りたいとも思ってしまったのだ――実の父のことを。
だから、ルコたちがズカにアガトン調査の協力を持ちかけたのは――そして、その調査場所がここ〈フリー・アーバ〉だったのは、渡りに船だと思った。
もちろん、ルコたちを裏切ろうとか思ってたわけじゃない。
父が捕まらないように邪魔をしようとか、そんなことを考えていたわけじゃない。
……ううん、それどころか……絶対に捕まえてほしいとすら思っていた。
何の思い出もない、血の繋がりが示すだけの、実の父でも――これ以上、悪いことをしてほしくなかったから。
出来るなら、犯した罪は償ってほしかったから。
だからわたしが考えていたのは、ただ、ルコたちが手に入れた場合、そのまま国の上の方へ渡ってしまって――以後、わたしの目には触れられなくなるだろう『情報』。
それを、そうなってしまう前に、少しPCを通して覗き見させてもらおうってぐらいだった。
だけど――あのとき。
調査拠点から、ズカたちを無事にエレベーターまで誘導して一息付いたとき。
パパのスマホを通して――その実の父から、「2人きりで会おう」と持ちかけられて。
それが、断ったり、誰かに告げ口すれば、パパがどうなるか分からない――そんな脅しの意味があることは、すぐに理解したけど。
それだけじゃなくて、娘のわたしなら、自首とかするように説得も出来るんじゃないか――そんなことを考えてしまって。
怖かったけど……わたしはユーリに、「パパが呼んでる」と告げて、1人で、指定された場所に向かった。
だけど、実際に会って――わたしは。
そんな自分が、どこまでも甘かったことを思い知らされたのだ。
……わたしの人見知りとコミュ障がどうだとか、そんなレベルじゃなかった。
説得する余地があるとかないとか、そんなレベルですらなかった。
実の父は――そもそも、もう人間ですらなかったのだから。
そして、父は――恐怖に震えるわたしが。
わたし自身でも気付いていなかった……ううん、きっと、無意識に見て見ぬフリをしようとしていた……パパが人質になっていようと、無謀とも言えるこんな行動をした『原因』が。
わたしの心の奥底にある、嫉妬と――それに基づく、見捨てられることへの恐怖なのだと、看破していた。
ズカに、自分を認めてもらいたい――その一心が背を押したのだと。
そう――わたしは。
つい先日、モールで出会った女の子……鈴守 千紗。
ズカが〈ちぃちゃん〉と親しげに呼ぶ――旧友だっていうあの子を見て、怖くなったのだ。
わたしにとって、何より一番の友達はズカだけど、でも、ズカにとってはそうじゃないんじゃないか――って。
ズカがそんなことするはずもないのに、この先……放っておかれたら、忘れられたらどうしよう――って。
……醜い独占欲、依存――。
わたしの中に確かに存在したそれを、けれどわたしは、ズカに教えてもらった『友達の友達も友達』――その想いを自分に言い聞かせることで、押し込めていたのに。
だからいずれ、そんなのは、少しずつでも克服出来るはずって考えてたのに。
友達でもあり、わたしにとっての〈勇者〉でもあるズカに、ほんのちょっとずつでも近付くためにも――って、思ってたのに。
出会ったばかりの、もう人ですらない父にそれを見抜かれ、動揺を突かれて。
そこに、『暗示』を掛けられて――。
そして、わたしは……あんなことを……!
かけがえのない友達を、わたし自身の手で、あんな目に……!
「……ズカぁ……!」
ぎゅっと握り締めた〈姫神咲〉。
そこには、まだ、ズカのぬくもりが残ってる気がして――
「……え……。
これ……違、う……?
ホントに……あたた、かい……?」
違和感に気付いてわたしは、ヒザに埋めていた顔を上げ――浮かんでいた涙をゴシゴシ袖で拭って、改めて手の中の〈姫神咲〉を見る。
それは、淡くとも力強く輝いていて――そして、確かな暖かさを持っていて……!
「これ……! これって……!
そうだ……きっと、そう……!」
これまで、ズカやユーリに聞いていた話と……今、わたし自身が〈姫神咲〉を通して感じる感覚が、確信となって1つの答えを導き出す。
「〈勇者の証〉に、まだ、これだけのチカラを感じるんだから……!
ズカは――生きてる……! 生きてるんだ……!!」
そう、そうだ――! だってズカは、ホンモノの〈勇者〉なんだから……!
こんなことで、やられたりなんてしないんだ……!
ズカ自身が、わたしにとって常にそうであるように――。
確信したその事実と、〈姫神咲〉のぬくもりと輝きが、わたしの心に光となって射し込んでくれる。
わたしに――。
こんなところでメソメソしている場合じゃないと、手を差し伸べてくれる……!
「――――ッ!
ぅぅああああああっ!!」
ビビリの自分を鼓舞するのに、一度、思いっ切り声を出して。
わたしは――立ち上がる。
「わちしは――わちしは、偉大なる邪神なのだ!
誇り高き深淵の主、ダゴンちゃまの栄えある眷属なのだ!
ぽっと出の魔神ごときに、これ以上良いようにはさせぬのだだだ……ッ!!」
そうだ……わたしが自分で、責任を取るんだ!
わたしの手で〈姫神咲〉を、ズカに、返すんだ――!
心を決めたわたしは、早速、部屋の出口に駆け寄る。
わたしを拘束したみたいに、魔法とか使われていたらどうしようって不安もあったけど――。
ドアは電子ロックされているだけだった。
ただし、内側からなのに開かないってことは、違法にシステムが書き換えられてるってことだ。
そして、わざわざこんな現実的な手段が使われてるってことは……。
恐らく、ルコが調べようとしていたオフィスの『人間』が、アガトンがあんな風になっても協力してるか、わたしのように暗示で操られてる――って証拠でもある。
でも、何で電子ロック……?
わたし自身はともかく、せっかく奪った〈姫神咲〉を封じ込めておきたいなら、もっと確実な手がありそうなのに。
「……! もしかして……」
〈勇者の証〉でもある〈姫神咲〉は、強いチカラを持ってるから――だから、相当に強力な魔法でも使わないと、封じたり出来ないのかも知れない。
なのに、アガトンは、『異世界との門』を開くのに集中しなきゃいけなくて……。
それで、物理的な電子ロックで、わたしごと閉じ込めたんじゃないだろうか。
――どのみち、打ちひしがれたわたしに脱走なんて気力があるわけもなし、これでもやり過ぎなぐらいだと、高を括って。
でも――!
「この、偉大なる邪神をナメてもらっては困るのだだだ……!」
ダゴンちゃまリュックもノートPCも、ユーリのいる部屋に置いてきたから、道具らしい道具はスマホしかない。
そして、そんなのがあっても何にもならないだろうからって、取り上げずにいたんだろうけど……!
「うひ、うひひ……! 愚か者どもめが……!」
わたしのスマホは、根幹のシステムからコッソリ手を加えてある上に、自作のちょびっと非合法気味なアプリもアレコレと詰め込んである、邪神カスタムなのだ。
――つまりは。
こんな、小手先&急場凌ぎの改ざん電子ロックを破るなんて、ゲームでチュートリアルをクリアするよりカンタンで――!
「…………開いた!」
室内機能の制御盤とスマホをケーブルで繋いで、1分弱。
電子ロックのシステムをさらに上書きしてやって、ドアを開ける!
そうして、勢いよく廊下に飛び出したはいいけど――颯爽と、とはいかなくて。
緊張もあってか、運動不足のわたしは、何も無いのにすぐにけつまずいて転んで――。
「ぷぎゅっ!?」
……思い切りハデに、顔面から絨毯にダイブした。
鼻の奥がツーンってなって、すごい痛くて、手をやったら……血が出ていた。
一瞬、また泣きそうになった――けど。
「――っ……!」
わたしは、涙も、鼻水も、鼻血も――全部、いっぺんにすすりあげて、拭って。
立ち上がると同時に、また、走り始めた。
「ズカ……っ! ゼッタイ、ゼッタイ届けるからな……!」
握り締めた〈姫神咲〉が、その優しいぬくもりが。
ズカのところへ導いてくれるって――そう、信じて。