幕間 摩天楼光は立ち上がる −1−
「……その子、いつも一緒だね。何てキャラなの?」
――今でも、ハッキリ覚えてる。
それは、中学1年生になったばかりの頃。
小学校時代と同じに、教室で1人でいたわたしに、ズカが初めて声を掛けてきたときの言葉。
中学に入ってから出会ったズカ……その第一印象は、わたしの『真逆』だった。
明るくて、社交的で。頭の回転が早いから、何かにつけて対応が上手くて。
だから、わたしなんかと関わることはないって思ってたのに……。
「お、お……! お、畏れ多い、のだ……!
ここ、この御方は……!
わ、わちしが奉る、大いなる深淵の邪神、〈ダゴンちゃま〉なるぞぞぞ……!」
いきなりの予想外の事態にテンパったわたしが取ったのは、いつもの対応だった。
……わたしは、内気で、ビビリで、人見知りだから。
人と関わるとき、わたしの何気ない言動で相手を傷付けるようなことはしたくなくて――わたし自身も傷つきたくなくて。
なのに、どうすればいいのかが、とっさに思いつかないから。
考えて考えて、焦って、頭が真っ白になって――結局、何も言えなくなるから。
だから――わたしは、自分を誇張するようにしてきた。
極端なキャラになりきれば……わたし自身が、道化じみていれば。
余計なコトを言ったりしても、きっと、相手を傷付けるような重みがなくなってくれるから。
それに、わたし自身も――そのクッションを挟めば、少しは人と接する緊張をやわらげられるから。
そして、そもそもの素のわたしが、陰キャの厨二病だから。
それを誇張して『ヘンな子』でいるのが、一番カンタンで、気楽だったのだ。
もちろんそんなだと、みんなに距離を置かれて……友達って言うほどの子は出来なかったけど。
でもわたしは、ビビリだから――自分が傷つくのも、誰かを傷付けてしまうのもイヤだったから。
だから、さびしくても――それでいいんだって思ってた。
だから――ズカも、こんなわたしに引いちゃって、すぐに会話を打ち切るって、そう思ってた。
なのに――。
「ほっほう……邪神とはね……!
なら、こっちはヒーローだよ!」
引くどころか、興味深そうに食いついてきたズカは。
負けじと、カバンに付けてたイヌのマスコット――ここ広隅市のゆるキャラ、〈隅っこヒーロー・スミノフ〉を机の上に乗っけて……。
「ふっふっふ……『キミも隅に置けないな』!」
なぜかドヤ顔で、スミノフの決めゼリフ。
それに対して……そのときは、どうしてだか分からないままに。
わたしは、いつものキャラのままなのに、でもなぜか自然に――ホントに自然に、ズカに対抗してたんだ。
「ごご、ご当地ヒーロー程度では、我がダゴンちゃまは止められないのだだだ……!
な、何より、こ、こっちの方が、かか、カワイイし……!」
「ぬぬ……それは聞き捨てならないね!
確かに、そのダゴンちゃまには、独特のキモカワさがある――それは認めよう!
だけど、スミノフが劣ってるってことにはならないのだ!
――ほら見てよ、このつぶらな……だけどそれだけじゃ表現出来ない瞳!
孤独に悪と戦うヒーローならではの哀愁が溢れてると思わない!?」
「そそ、それなら、だ、ダゴンちゃまのおめめは……!
ゆ、悠久の時を、深淵で見守り続けてきたがゆえの、せせ寂寞たる虚無感をこれ以上なく映し出していて……!
そそ、それはもう、その愛らしい物悲しさに胸ときめくのだだだ……!」
――そうして結局、わたしたちは。
「……いやいや、スミノフだって!」
「……だだ、ダゴンちゃまに決まってるのだだだ……!」
結構長い時間、ダゴンちゃまとスミノフのどっちがカワイイか、議論を戦わせることになって。
そして、そんなのは――家族以外の誰かと話していて、夢中になって、アツくなって、時間を忘れるなんてことは。
わたしにとっては、初めての経験だったのだ。
ううん――それだけじゃなかった。
そんなことがあって、ズカとは何とか話せるようになった、ある日の放課後――。
他の女子と話していたズカが、わたしを、その輪の中に呼んだのだ。
相手の女子は……クラスメイトだしもちろん知っていたけど、だからこそ、わたしみたいな『ヘンな子』は、なるべく相手にしたくないはずだって分かる、普通の子で。
なのに、ズカはまるで気にしてない風に――
「聞いてよー。
彼女、スミノフもダゴンちゃまも、『イマイチ?』とか言うんだよー?
これはもう、わたしたちで良さを教えたげるしかないでしょっ!?」
……なんて、わたしに話を振ってきたのだ。
わたしは一瞬、無視して逃げようかと思って――でも結局、ズカのことを思うと、出来なくなって。
無視するよりは、2人ともに、『やっぱりヘンな子だ』って思われるぐらいの方が、まだマシだって――反射的に、そんな風に考えて。
「そそ、そ、そこまで言うなら……!
わ、わちしは、偉大なる邪神の眷属として、だだ、ダゴンちゃまの布教だけは、きょ、協力してやらんこともない、のだ……!」
でも、クラスメイトだろうと、まともに話したこともない女子の矢面に立つのはやっぱりムリで――。
わたしは、まだ何とか大丈夫なズカの後ろに隠れ気味に、会話に加わった。
そんなだから、どうせ、すぐにわたしの入る余地なんてなくなって、2人だけが会話してるような形になるんだろう――って、思ったら。
気付けば、クラスメイトの女子は女子で、自分のカワイイと思うものを語り出して……いつの間にか、わたしも含めての三者三様に、各自のカワイイを戦わせる状況になって。
そして、その女子は先に1人で帰る際に――
「摩天楼さんってさ、とっつきにくい子だと思ってたけど……そうでもないんだね。
楽しかったよ、またね!」
わたしに、そんな言葉までかけてくれたのだ。
「あなたはね……優しいから」
予想外のことを言われて、思わず呆然としてしまっていたわたしに。
改めてズカが、ニカッと笑いながら声を掛けてきて――
「確かに、いろいろとクセが強くて濃いキャラだけど――ちゃんと話せば、分かるんだよね。
基本的に、きちんと受け答えしようとしてくれてること、相手のことを考えてるってこと。
――だから、だよ」
そんな風に言われて、ハッと気付いた。
――それもこれも全部、ズカがわたしの言葉をちゃんと受け止め、ちゃんと返してくれてたからだ、って。
あの子も、そうしてズカが、わたしと普通に会話してくれたから――だから、すんなりとわたしを受け入れられたんだ、って。
……なんで、って思った。
わざわざなんでそんなことを、って。
だから、それを素直に聞いてみたら――
「んー、そうだね……。
人見知りなのは仕方ないけどさ、だからって、初めっから人付き合いを諦めてほしくないなあ、って。
だって、あなたの優しさは、『人が好き』だからこそだと思うから。
だから――何て言うかな、大丈夫だよ、って知ってほしくって。
うん、それに……。
そんなあなたのことも、他の子に知ってほしかったから、かな」
……答えになってるようでなってない答えが返ってきた。
「だだ、だから……!
な、なんで、そんなことするのか、って……」
「ん? ああ!
それはまあ……『友達の友達も友達』が、わたしのモットーだからね!」
「…………。
と、友達の友達も――友、達……?」
「そーそ。
だって、わたしたちは友達でしょ?
で、あの子も今日、あなたと友達になれたんだから――これ、成り立つよね?
そうしてさ、お互い友達だって言える人が繋がって、増えたら……世の中、今よりちょっとは平和で優しくなると思わない?
……なーんて、それはさすがに大ゲサか」
なはは、と照れ隠しに笑う――そんなズカを、わたしはただ、見つめることしか出来なかった。
「ん? あれ? もしかしてわたし、呆れられてる?
――ね、ヒカリちゃん!?」
「!? じゃじゃ、じゃ、邪神の教義に比べれば、なな何とも、ち、ちっぽけな話なのだ……!
でも――。
し! し、ず……ずず――ず、ズカ! ズカらしいとは、お、思う、のだ……」
「ん? んんっ?
ズカ――って、わたしのこと? 穏香だから?
あはは! そっちで略されたのは初めてだよ!
なんか、どっかの歌劇団みたい!」
……わたしの適当な略称を、そう楽しげに笑って受け入れてくれたズカは、本当にまぶしくて。
わたしなんかを――自然に名前で、友達と呼んでくれた。
わたしなんかでも――頑張って踏み出せば、世界が広がると。
新しく友達だって出来ると、教えてくれた。
そんなズカこそが――その日、そのとき。
わたしにとっての、〈勇者〉になったのだ――。
でも…………。
「ううぅ……!
ズカ……ズカぁぁ……っ!」
でも、そんなズカを、わたしは…………!