第33話 奈落へと舞い散るか――勇者、絶体絶命!
「ズカぁっ!! ズカああああーーーっ!!」
――空中庭園から、〈鏡像〉のクローリヒトに蹴り飛ばされたわたし。
そのときの衝撃で途切れそうになった意識を、ギリギリのところで繋ぎ止めてくれたのは――必死にわたしを呼んでくれる、ヒカリちゃんの声だった。
だけど、その声に応えようとも、わたしの身体はまともに動いてくれず――。
敢えなく――ゾクリとする浮遊感に包まれるのもつかの間。
まるで地獄から直に引っ張られるように……わたしは、遙か下方の地面に向かって急速に落下していく。
「くっ、そ……! ヒカリ、ちゃん……ッ!!」
あの場で助けきれなかったことに、その悔しさに、歯噛みすることで意識を保ちながら――。
わたしは、この絶望的な状況を何とか乗り切るために……必死に脳をフル回転させる。
最後の蹴りも相当なダメージだったけど……まだ、身体は……かろうじて動く。
このまま地面まで直行すれば、今のわたしじゃ即死確定だ。
だけど、完全な一般人ってわけじゃないんだ――ある程度衝撃を和らげられるなら、大ダメージぐらいで済ませられるはず……!
何となく頭に入れていたビルの見取り図をもとに、落下しつつ下方を見れば――中層に、わたしが退場になった空中庭園と同じような、迫り出したガラスドームがあった。
「あそこしか、ない……!」
ただ、このまま落ちたんじゃコース的に素通りだし、さすがに勢いがありすぎる。
だから、わたしは。
何とか手放さずにすんでいた、クローリヒトの蒼い剣を――!
「――っらあっ!」
ビルの外壁に引っ掛け――そのままガリガリと壁を削って、勢いを殺していく!
完全に突き刺して止まれるなら一番だけど、今のわたしの力と不安定な状況じゃ、それは叶わない。
それに――。
「! やっぱり……!」
わたしの予測していた通り――蒼い剣は、みるみるうちに存在が希薄になっていく。
そもそもが〈鏡像〉といういわばニセモノな上に、持ち主が倒され、さらに新しい個体が生み出されたとなったら――。
マガトが口にした『〈鏡像〉の制限』から考えて、こっちは早々に消滅するのが道理ってわけだ。
だから、ある程度落下速度を抑え、少しでも深く剣が壁に突き立ったところで――
「――てぃっ……!」
まさに消える寸前だった剣を鉄棒代わりにしての振り子運動で、前方に飛ぶ。
その先にあるのは、狙いをつけていた、庭園のガラスドーム。
ただ――まだ、10メートル以上は高さがあるから……!
「ッ!」
――咄嗟に、両腕をかざして頭を守る。
わたしの身体は、天井のガラスを突き破って庭園に飛び込み……そのまま、伸びた木々の枝葉を強引にクッション代わりにして、さらに勢いを削いで。
これで、何とか着地を――と思ったら……!
「――!!??」
枝葉の中を抜けたわたしの目に飛び込んできたのは――狙って設置しやがったのかと、責任者に悪態をつきたくなる、先の鋭く尖った鉄柵……!
この落下速度だと、腕でかばったところで、一緒くたに串刺しになるのは明白で――!
「っ、らああああっ!!」
――イチかバチか……!
一気に目前まで迫る、鉄柵の尖端目がけ――ほんの僅かな一点だけに『気』を集中した手の平を突き出して。
そこを起点に、1秒にも満たない刹那のタイミングを狙って、受け身の要領で払い――落下する身体を、何とか外側へと弾き出す!
ただ、そっちは芝生じゃなく、石畳の上――しかも、ちゃんと受け身を取る余裕なんてないから……!
「ぁぐっ!?」
バウンドするほどに思いっ切り背中から叩き付けられ、そのままわたしは――バシャンとハデに水しぶきを上げて、庭園の池に落下した。
「がぼ、ごぼ……っ!」
――ヤバい……。息、出来ない……。
庭園の池なんて、とても溺れるような深さじゃないだろう。
でも……ただでさえ満身創痍なところに、落下の衝撃で身体がまともに動かないわたしは、どうすることも出来なくて……沈んでいく……。
……って……!
いや、まだ、だ……! 諦める、な……っ!
必死に、まるで離れる水面を直接掴んで引き戻そうとするみたいに、手を伸ばす。
もがくことも出来ず、ただただ、水を掻きむしるだけでも――手を。
だけど――
その手を――――誰かが、掴んだ。
そして、そのまま――わたしの身体は、一気に水上へと引き上げられる!
「先輩っ! 大丈夫ですか、穏香先輩!!」
「げほっ、がはっ……! あ、網野……くん……?」
水を吐き出しながら見上げたわたしの目に映ったのは――。
池の縁からわたしを引き上げてくれた、網野くんの姿だった。
そしてそのすぐ後ろには、サブマシンガンを構えて周囲を警戒する、ルコちゃんもいて……。
「タンパク! センパイは大丈夫!?」
「意識はある! だが、ダメージは大きそうだ!」
「オッケ! なら、アンタが背負ってあげて!
――アタシが援護するから、このまますぐにここを離脱するよ!」
「了解した!」
朦朧とする意識の中、わたしは身体が持ち上げられるのを感じる。
……どうやら、網野くんにおんぶされたらしい。
「2人とも……どうして、ここ、に……?」
「センパイの指示通り、会長たちのいる部屋に戻ってるところだったんです!
そしたら、たまたま、センパイらしき人がこの庭園に落っこちてくるのが見えて!
見間違いかワナかとも思ったんですけど……確かめに来て正解でした!」
「そ、っか……。
何にしても、ありがと……ホント、助かっ、た……」
「ビショ濡れだからって水臭いこと言うのナシですよセンパイ!
とにかく、何があったか聞くのは後回し! 今はこのまま、当初の予定通り会長たちの部屋に戻ります――って!
……ったく、しつこいっての、コイツら――っ!」
ルコちゃんの言葉尻に重なり、立て続けに聞こえるのは、激しい銃声。
そして、わたしの霞む視界に映るのは――銃火と、おぼろげな影たち。
現れたマガイクサを相手に、ルコちゃんが応戦しているみたいだ……。
「よし――今だ! 行くよ!!」
「おう!」
何とか突破口を開いたらしく駆け出すルコちゃんに、わたしをおぶったままの網野くんが続く。
だけど、庭園の出入り口まで来た瞬間――!
「!? しまっ――!」
2人の前に、物陰に隠れていたらしいマガイクサが飛び出した。
そして一瞬、対応が遅れた2人にライフルを向け――
――ガァンッ!!
けれど、それが火を噴く前に――頭部を吹き飛ばされたマガイクサは、そのまま消滅する。
撃ったのは……他でもない、わたしだ。
網野くんが、予備の武器としてだろう腰に提げていたリボルバー式の拳銃を……咄嗟に、勝手に、使わせてもらった。
「――先輩……!」
「ゴメン、2人とも……あとは、お願い……。
ユーリの、ところに……」
リボルバーを握った手を、その重みに負けて、だらりと伸ばしながら……わたしは。
最後に、そう言い残して――ついにそのまま、意識を手放した。