第32話 勇者を追い込む、魔神と剣士の真実!?
「お願いヒカリちゃん、早く、それを――!」
わたしが右手を伸ばして、必死に訴えかけるも……。
ヒカリちゃんは表情の消えた目でわたしを見つめたまま、〈姫神咲〉を握って一歩一歩、後退っていく。
「ふむ――素晴らしい、よくやった。さすがは我が娘よな」
そんなヒカリちゃんに、いかにも愉快そうに手を叩いて賛辞を送るマガト……!
「やっぱり、マガト――お前の仕業かっ!!」
……〈勇者の証〉たる〈姫神咲〉は、その性質から、邪悪な存在では触れることすら出来ない。
だからコイツ、わたしのチカラを奪うために、ヒカリちゃんを利用したな――!
変身を解除されたばかりだからだろう、まだ実体化を保ってくれているテスタメントの狙いをつけ――。
怒りのままに、マガトへと引き金を引き絞った――はずが。
「ッ!?」
テスタメントは、それ自体が意志を持っているかのように、いきなり跳ね上がり――残るチカラで何とか撃ち出した散弾は、上空のあらぬ方向へと消え去る。
そのさまに、マガトは何とも楽しげで高らかな笑い声を上げた。
「はっはっは! カノン――君はその散弾銃の、本当の出自を知っているかな?
そうだな……せいぜい『かつて〈麗原ノ慧殿〉に流れ着いたものを、〈勇者〉用に改造した』という話を聞いたことがあるぐらいではないか?」
「それが何よ! って――。
! この世界の銃器、ってことは……! まさか……!」
「――そのまさか、だよ。
君の持つそのM4は、もともと〈アガトン〉としての私が使っていた物だ。
それも、私とともに世界を越え、私が命を落とす最期の瞬間まで、その手にあった物――ゆえに、私との根源的な『繋がり』は深い。
そう――たとえ、〈勇者〉の武器として手を入れられていようとも、だ。
そこにきて〈契約〉とは……また何とも、皮肉な名前が付けられたものじゃないか?」
「なん、ですって……」
わたしは思わず、左手の無骨な銃身に目を落とす。
だけど、それは何か答えを返すわけでもなく……〈勇者〉としての姿を保てないわたしを見切るかのように、光の粒子と化し――。
「さて――それでは。
本来の持ち主たる私に、返してもらおうか?」
マガトの呼びかけに応えたのか、テスタメントの粒子はその手に集い……再び実体化する。
――銃口を、わたしに向ける形で。
「くっ……!」
……まさか、テスタメントまで奪われるなんて……!
やっぱり、この状況を打開するには、ヒカリちゃんに〈姫神咲〉を返してもらうしか……!
「――お願いヒカリちゃん、正気に戻って! ヒカリちゃん!
ヒカリちゃんッ!!」
テスタメントの銃口を警戒しながら、必死に何度も呼びかければ――。
その想いが、声が、届いてくれたのか。
急に、瞬きを繰り返したと思うと――ヒカリちゃんの目が、眠りから覚めたように輝きを取り戻す!
そして――
「! え……? ここ、これ……! わ、わち、し……!?
あ――あ、あ……! ず、ズカあぁっ!!」
手の中の〈姫神咲〉に気付くと同時にヒカリちゃんは、自分が何をしたのか理解したみたいで。
ハッと真っ青になりながら、慌ててこちらへ取って返そうとするけど――
「おっと……そうはいかなくてな」
そこで、横合いから現れた何者かに腕を掴まれてしまう……!
「な……! クローリヒト――っ!?」
下がっていた視線を上げ、その正体を確認したわたしは――弾かれたように、肩越しに後方を振り返る。
けれどそこにも、確かに、さっきわたしが倒したクローリヒトがいて――!
「! そう、か……!」
……それを見た瞬間、わたしの中で1つの答えが出た。
なんてザマよ……! こんな単純な答えに今まで気付かずにいたなんて!
マガトの本質となっていたのは、〈宝鏡〉――そう、『チカラのある鏡』だ!
つまり、これは――!
姿を映した者の『分身』を作り出す――!
「……〈鏡像〉……ッ!!」
「ご名答だ、カノン」
その答えに辿り着いたと同時――。
わたしは、一瞬のうちに目の前に距離を詰めていたマガトに、胴を蹴り飛ばされていた。
「がふっ――!?」
「ズカああっ!!」
空中庭園の石畳を、ハデにバウンドしつつ吹っ飛び、転がるわたし。
カノンとして発揮することは出来なくても、〈勇者〉のチカラはわたしの中にある。
だから当然、完全に普通の女子高生にまで戻っちゃってるってわけじゃないけど……!
「いっ……た……!」
痛いものは痛いんだよ……!
くっそ――肋骨、軽くヒビぐらいいったかも……!
でも、それぐらいなら――死ぬほどじゃない……!
何とか耐えられるし、今のわたしでもチカラを集中すれば、常人を超える自然治癒力である程度は回復させられる……!
歯を食いしばり、必死に上体を起こせば――。
目に映るのは、わたしの名を呼んでくれてるヒカリちゃんの手を、クローリヒトから渡されたマガトと……。
代わりにトドメを刺そうとばかりに、わたしに近付くクローリヒトの姿。
「……偶然ではあったが、こちらの世界に戻って早々に、その強力な『駒』――〈クローリヒト〉を〈複写〉出来たのは幸運だったよ。
もっとも――その強大さがゆえに、同時に複数体を使役出来ないのは難点だがね」
わたしも……〈宝鏡〉には、『世界を繋ぐ』だけでなく――映った者の姿どころか、能力までも完全にコピーした分身体を生み出す、〈鏡像〉のチカラがあることは聞いていたんだ。
だけど――完全に失念していた。
向こうの世界で、マガトはそれをまったく使わなかったから。
そしてそもそも、使われたところで、わたし自身をコピーでもされない限り――倒せる相手が増えたぐらいで、大した問題にならないと思っていたから。
けれど、そうか……!
さっきのマガトの言葉――! 分身体の数が、強さと反比例するのなら……!
「……わたしが、〈麗原ノ慧殿〉で倒したと思っていたマガトが……!
そもそも、お前自身の〈鏡像〉だったってわけか……!」
わたしの答え合わせにマガトが、その通りとばかりにニヤリと口もとを歪める。
同時に、目前まで迫ったクローリヒトが、剣を振り上げて――。
「――終わりだ!」
「冗談……ッ!」
芝生の上を転がって、何とか一撃を避けがてら――先にわたしが弾き飛ばして地面に突き立っていた、倒した方のクローリヒトの蒼い剣を取り。
それで追い打ちを必死に弾きつつ……わたしは、立ち上がって構えを取った。
「〈勇者〉だなんて口先ばっかりの、あんなヤツの手先の分身体が――ナメるな!
こっちは、あいにく今でも、マジの〈勇者〉なんだからね――ッ!!」
「〈勇者〉――か。
その心意気は大したものだが――」
――まったく同じ剣で、わたしとクローリヒトは斬り結ぶ。
激しく、何度も何度も。
……ただ、傍目には良い勝負にも見えるかも知れないそれは――。
完全に、わたしが遊ばれているようなものだった。
その証拠に――打ち合いこそ続いているものの。
わたしは、どんどんと……この空中庭園の端へと追いやられる。
そして――遂に。
ガラスに覆われていてもやはり危険だからと、柵で立ち入りが制限されている端の端まで来たところで。
「結局、口先だけなのはお前の方――だったな?」
「っ! こンの――ッ!!」
何とか起死回生を、と狙い澄ました一撃もかわされ――。
カウンターの強烈な蹴りで、わたしは思い切り弾き飛ばされる。
「か、は……っ!」
その勢いに、庭園を覆うガラスもブチ破り――わたしの身体は、虚空へと舞った。