第31話 勇者と魔神、その約束の行方は
「はあーっ、はあーっ、はあー……っ……!
ざ、ざまあみなさい、っての……!
こ、今度こそ、わたしの勝ち、よね……!」
〈神位昇殿〉で短時間に過剰なチカラを行使したせいだろう――。
何とか決着を付けたって気が緩んだ途端、強烈に襲い来る疲労感に、思わずヒザに手を突きつつも……。
わたしは、倒れたクローリヒトとマガトに交互に、挑戦的な眼差しを送ってやる。
すっかり息も上がっちゃって、弾き飛ばされたサクラメントを拾いに行く余裕すらない――けど、警戒は切らさない。
特に、マガトの方は。
もしここで、約束を反故にしてヒカリちゃんに何かするようなら――今一度の〈神位昇殿〉で、階梯を最大限まで引き上げ、身体をムリヤリ動かしてでも対抗してやる……!
そう敵意を剥き出しに、散弾銃の銃口をマガトに向ける。
これで、実はクローリヒトが『負けたフリ』をしているだけ――とかだったら、まさしくどうしようもない大ピンチだけど……。
確かな手応えがあったし――その闘気も、隠していると言うより消え去ってる感じだから、それはないだろう。
命がどうこうってほどのダメージにはなってないにしろ、意識が飛んで戦闘不能なのはまず間違いない。
――パチ、パチ、パチ……。
「さすがは、神位を授かりし〈勇者〉と言ったところか。
ああ、見事な戦いだったとも……!」
倒れるクローリヒトに一瞬気を取られたところ、手を叩く音に視線を戻せば――。
マガトが、いかにも満足げな表情でうなずいていた。
「ふん――喜びなさい、マガト……!
次にあなたをブチのめすための余力ぐらいは、ちゃーんと残してあるからね……!
ただ、その前に――約束、覚えてるわよね……っ?」
わたしが、立ち尽くすヒカリちゃんを見ながら、改めて確認すれば。
マガトは、僅かな間を置いて――わざとらしい微苦笑とタメ息とともに、やれやれとばかり首を振る。
「……そうだったな――ふむ、仕方あるまい。
会えたばかりの娘と離れるのは心苦しいが……そう、約束、だからな」
そうして、片手を上げ、指をパチンと鳴らすと――。
傍らにいたヒカリちゃんが、いきなり支えを失ったように前につんのめる。
……コイツ、やっぱりヒカリちゃんのこと、何らかの術で拘束してたな――!
「ヒカリちゃん、いいから走って! こっちに!」
突然拘束が解除されて、でもマガトの近くで――どうしようと困惑気味に、マガトとわたしを見比べるヒカリちゃんを、わたしはすぐさま呼ぶ。
「大丈夫、わたしが見てるから! 何もさせやしないから!
だから、後ろは気にせずこっちに走って!」
それに応じて、まっすぐこちらへ走り出すヒカリちゃん。
小柄だから歩幅が狭いし、そもそも運動が得意じゃないから、決して速くはないけど――それでも。
必死に、転がるように大階段を駆け下り、そのままわたしを目指してくる。
正直、まだまともに動かない足を引き摺り、わたしも一歩ずつ、それを迎えに行く。
――テスタメントの銃口だけはしっかりとマガトに狙いをつけ、警戒したままに。
「やれやれ……私はそこまで信用がないのかね?」
「人質取るのもアリってなことぬかしてた輩が、よく言うわよ……!」
マガトの気安い軽口にも油断はしない。
ヒカリちゃんを見守りつつ、ヤツの一挙手一投足に最大限の注意を払う。
クローリヒトまでは見ている余裕はないけれど、気配だけは捉えておく。
そして、ヒカリちゃんとの距離が近付くにつれ。
マガトがそろそろ何かを仕掛けるんじゃないか――そんな緊張が加速度的に増していく中。
「――ズカぁっ!!」
警戒が功を奏したか、本当に何もする気がなかったのか――。
とにもかくにも、ヒカリちゃんは無事、わたしのもとへと辿り着いた。
「ヒカリちゃん!!
ホントに、無事で良かった……!」
テスタメントの狙いはそのままに、飛び込んでくるヒカリちゃんを右手で受け止めて、ぎゅっとする。
――ああ、間違いなくヒカリちゃんだ……!
やわっこくてあったかな小さい身体を抱きしめ、サラサラな髪を梳いてあげれば、その感触に思わず安堵の息が漏れた。
同時に、この子の今の心境に思いを馳せれば――やるせなくなる。
でも……非情かも知れないけど、今はまだ、そんなヒカリちゃんの心に寄り添ってあげられる状況じゃない。
ここからどう動くか、それを考えなきゃ。
そう、ヒカリちゃんを守りつつ、このまま一気にマガトとの決着を付けるか――。
それとも、ここは一度退き……ヒカリちゃんの安全を確保した上で、再度挑むか。
儀式の供物にされかねない、他の人たちの身の安全を思えば、一気に行くべきだけど……。
そもそも今のわたしの余力で、ヒカリちゃんを守りながら戦えるのかどうか。
幸いにして〈世界を繋ぐ門〉は、ここが〈霊脈〉の要から外れていることを考慮すると、開くにはまだまだ時間がかかりそうだし――。
ユーリが今、どういう状況にあるのか分からないのが難点だけど……わたしや、〈勇者〉のチカラを引き出す〈姫神咲〉に何の反応も無いのだから、どうしようもなくヤバい状況ってほどじゃないハズだ。
なら、そっちに戻っているルコちゃんたちとも合流して、守りを固めてもらって――改めて気兼ねなく全力で戦えるよう、仕切り直す方が得策か……?
――僅かな時間の間に、必死に今後の行動を思い巡らすわたし。
と、そこに――。
「――ズカ」
わたしを呼ぶヒカリちゃんの静かな声が。
何かと思って視線を落とすと――わたしを見上げる、ヒカリちゃんの顔があって。
「ごめん」
何が? と問う間もなく……虚ろな瞳でそう告げたと同時に。
素早くわたしの額に手を伸ばしたヒカリちゃんは――前髪を留めていた〈姫神咲〉を奪い取って……!?
「!? ヒカリちゃん、何を――ッ!?」
突然のことに、一瞬思考停止するわたしの腕をするりと脱け出し――〈姫神咲〉を手にしたまま、大きく一歩後ろに飛び退くヒカリちゃん。
「ダメ! それ、返して――早く!」
全身から、一気にチカラが抜ける感覚とともに――わたしは、思わずその場にヒザを突く。
――それもそのはず。
〈勇者の証〉たる〈姫神咲〉は、わたしが神位持つ〈勇者〉としてのチカラを行使する上で、絶対に必要なもので――!
それを奪われるってことは……わたしは、〈勇者カノン〉でいられなくなるんだから……!
「……あ、くっ……!?」
強引なまでの変身解除によって――先の戦いの疲労が、これまでの比じゃないレベルで身体にのしかかる。
何とか実体化を保てているテスタメントまで、重いと感じる……!
わたしの中のチカラそのものが消えるってわけじゃないけど――!
このままじゃ、それを最大限に発揮出来ない……つまりは……!
「ヒカリちゃん――ッ!」
マガトほどの相手とは、戦えなくなる……!!