第30話 決戦! 桜の勇者は遂に黒の剣士を超えるか!?
「――そういうことらしいが……悪く思うなよ、カノン」
その膨れあがる闘気でこちらを圧しつつ、そんなことを宣うクローリヒトを……わたしはまず、軽く鼻で笑ってやった。
「どういう事情で、あなたがマガトに協力してるのかは知らないけどさ――。
仮にも〈勇者〉を名乗る人間が、悪党の言いなりになってていいわけ?」
「つまり、そういう事情、ということだ」
さらりと答えてのけるクローリヒト。
……仮面で表情こそ見えないけど、少なくともそこに、苦悩やら葛藤やらは感じられなくて。
おかげさまで――
「ふうん、そう……」
ぞんざいにうなずきながら、わたしもまた内なる闘気を高めつつ、サクラメントの巨大な刀身を肩に担ぎ上げる。
そう、おかげさまで――。
遠慮も良心の呵責も一切ナシに、全力でブッ飛ばしてやれるってわけだ……!
「――ズカぁ……っ!」
「ちょーっとだけ待ってて、ヒカリちゃん。
わたしが、必ず助けてあげるから……!」
悲痛な呼び声に軽く振り返れば、見えたのは、泣きそうな哀しそうなツラそうな――どうしていいか分からないと言わんばかりの表情をした、ヒカリちゃん。
……ともすればヒカリちゃんは、わたしたちを裏切ったんじゃないか、ワナにはめたんじゃないか――とか、思われそうな立場だ。
そして実際マガトは、わたしにそう思わせようとしていただろう。
だけど――わたしは知ってる。
ヒカリちゃんが、とても頭の良い子だってこと――時にあれこれ考えすぎて、逆にシンプルな答えに至れず悩むぐらいに。
それに何より、とても優しい子だってこと――他人に気を遣いすぎて、言いたいことがまともに言えなくなるぐらいに。
だから、1ミリの疑いもなく信じてる。
ヒカリちゃんが、友達を裏切ったりする子じゃないことを。
なら――わたしの知らないところで、ヒカリちゃんとマガトの間にどんなやり取りがあったとしても。
まずわたしがすべきことは、ただ一つ――。
大事な友達を――ヒカリちゃんを無事に助けること、それだけだ!
「行くぞ、カノン!」
「――とか、律儀にぬかしてるんじゃないわよッ!!」
互いに敬意を払い、礼をもっての挨拶――にはほど遠い声音の、クローリヒトの口上を遮って。
わたしはいきなり、サクラメントを袈裟懸けに叩き付ける!
奇襲と言えば奇襲だけど、当然、すでに戦闘態勢のクローリヒトがまともに食らうはずもなく。
空を裂いて襲う剛刃を、難なくバックステップでかわし――そうかと思えば、こちらの引きに合わせて一気に距離を詰めようとしてきた。
――サクラメントは、見た目通り一撃が重い。
だけど決して『鈍重』なわけじゃない。
この子を、見た目通りのただの鈍重な鉄塊で終わらせず――。
刀身に刻まれた桜花のごとく、優雅に軽やかに舞わせること。
それは、神位を授かりし〈勇者〉の、最低限の技能ってわけで――!
「……甘いってのよ!!」
振り切った剣を防御に戻すのではなく――手首を返して逆袈裟に斬り上げながら、さらに背中からの体当たりで刀身を加速。
さすがに反射的に受け止めざるを得なかったクローリヒトの身体ごと跳ね飛ばす。
「くっ……!」
……そもそもの話。
マガトが、律儀に約束を守ってヒカリちゃんを解放する保証は無くて。
もっと言えば、わたしたちの勝負に手出しをする可能性だってあるわけで。
だから――やるなら、短期決戦だ。
どっちにしても、マガトと戦うとき、クローリヒトが残っていれば脅威になるんだから、形としては一騎打ちになっている今のうちに潰しておくに限る。
ただ、クローリヒトは強い。
マガトとの戦いも考えてチカラを温存しようとすれば、間違いなく長期戦になって、却って消耗することにもなりかねない。
だから、ここは――。
敢えてチカラの制限を超えてでも、一気に攻めきる!!
「〈神位昇殿〉――!
我〈天咲香穏姫神〉、勝利と栄光従えし、麗しき崇高の階に至らんッ!!」
のけぞるクローリヒトとの距離を詰めながら、一種の呪文に近しい力ある言葉を唇に乗せ――合わせて、自らの内にある〈勇者〉のチカラを、ギアを上げるように、もう一段階高いところで解き放つ!
「あなたなら死にはしないでしょう――けど!
病院送りは覚悟しなさい!!」
明らかに過剰に全身を巡り、漲る闘気を制御しつつ――突進の最中、サクラメントから左手で散弾銃を抜き放つ。
「――させるか!」
その動きに、鋭く反撃に転じるクローリヒト。
一瞬見せた構え、そして攻めの呼吸から――あの上下左右から同時に襲い来る神速の4連撃だと分かる。
それでサクラメントを弾き飛ばし、テスタメントの銃身をかいくぐり、一気に懐に入り込んで必殺の一撃に繋げようってことだろう。
そしてあの4連撃は、分かったところで咄嗟に対処するのは難しい。
モールでの戦いのときは、上下の2連だけにする代わりに、さらに速度を上げるような変則的な使い方もしてきたから尚更だ。
だけど――!
「甘いってのよ!!」
わたしは、抜き放った勢いのままテスタメントの銃口を背後に向け、一射。
ただし――〈神位昇殿〉によって爆発的に高まった闘気を思いッ切り乗っけたその一射は、ロケットブースターのような反動で、逆方向――。
つまりは前方へと、わたし自身を有り得ない勢いで蹴り飛ばす!
「――な!?」
「ッらああああああっ!!」
空気どころか、空間ごと引き裂く勢いのサクラメントの突進突きは――。
反撃しようとしていたクローリヒトの蒼い剣を逆に宙へと弾き飛ばし、あまつさえ、彼自身をも一気に吹っ飛ばした。
「ぐっ、こいつ――!」
「まだまだあッ!!」
空中で辛うじて受け身を取って着地したクローリヒトに、わたしはさらに息つくヒマもなく距離を詰め、怒濤のラッシュを繰り出してやる。
身体の動きのみならず、肘打ち、蹴り、振り袖、さらにはテスタメントの反動も利用して、これまで以上に速く、強く、激しく――サクラメントの剛刃とともに〈斬劇〉を舞う。
普通の相手なら、このまま押し切れただろう。
だけど、そこはさすがって言うべきか――。
剣を失っていながらも、クローリヒトは、こっちも本業じゃないのってレベルの凄まじい体術で、わたしの斬劇に対抗してきた。
攻めかかっているわたしが、ともすれば、一瞬一度の判断ミスで逆転されるかも知れないって緊張感を覚えるほどに。
わたしたちのひたすらに激しい鬩ぎ合いが、飛び散り咲き誇り続ける火花が――夜の空中庭園を、なお一層美しく彩る。
終わりがないんじゃないかってぐらいのその攻防も、けれどやはり優勢なのはわたしだ。
決定打はなくても、その攻撃は少しずつ着実に向こうを捉え、ダメージを蓄積させていく。
そして、遂に大きな一撃が入り、体勢を崩した――その瞬間。
「――――ッ!」
ようやくの、決定的なチャンス。
ここしかないってほどの攻めどきに――けれど、わたしは。
これまで何度も生きるか死ぬかの戦いを経てきた経験からくる、まさに勘とでも言えばいいのか――本能的な警告に引き止められて。
トドメの一撃どころか、逆にサクラメントをかざして防御に回っていた。
――刹那。
体勢を崩したと思っていたクローリヒトが、目の錯覚かって速さで懐に飛び込んで、繰り出していたのは掌底打。
見たと同時、ヤバいと確信したその一撃が触れた瞬間――。
「が――ッ!?」
サクラメントを通じて、途轍もない衝撃が全身を駆け抜け――〈神位昇殿〉で強化されていてなお、わたしは耐えきれずにサクラメントを手放してしまう。
いや、チカラを解放してなかったら、それこそ今ので意識まで手放していただろう。
それぐらいの、まさに必殺の一撃。
敢えて素手のままわたしの猛攻に耐えていたのも、これを狙っていたからか……!
でも、まだ――まだだッ!
攻守逆転、ここで一気に決めるとばかりに、なおも肉薄してくるクローリヒト。
対してわたしは、退くでも守るでもなくその場に仁王立ち、頭だけを振りかぶると――
「アンタなんかに――負けるかあああッ!!」
全身全霊、ありったけの気合いを込めての頭突きを、カウンターで叩き付ける!
……この間は、まさかの引き分けだった。
だけど、今回は――!
「ごぁっ――!?」
ここでこんなことをされるだなんて夢にも思わなかったのか――それとも、今度こそ気合いでわたしが勝ったのか。
クローリヒトは、たたらを踏んで後退る。
今度こそ――好機だ!!
わたしは、左手のテスタメントで、スキだらけのクローリヒトの鳩尾に強烈な突きを食らわせてやると……そのまま、くの字に曲がった彼の身体を銃身で頭上に持ち上げる。
そして――!
「これで――終わりだッ!!」
ゼロ距離から、高圧縮した闘気の散弾を一瞬の内に――これでもかってぐらいの超連射で叩き込んでやる!
そのあまりの威力に、火山噴火よろしく宙へと跳ね上がり……そして、無防備に地面に落下したクローリヒトは。
ついに、意識を失ったのか――ぐったりしたまま、起き上がろうとはしなかった。