第29話 勇者もまた、魔神の掌の上なのか
「!? ヒカリちゃんッ!!」
「ズカぁ……」
反射的に呼びかけるわたしに、マガトの傍らに立つヒカリちゃんは弱々しい声で応じた。
取り敢えず、ケガとかしてるわけじゃなさそうで、そこは一安心だけど……。
こんな状況だ。魔術による拘束――そう、身体が自由に動かせないとか、それぐらいのことはされていてもおかしくない。
それにしても、どうやってヒカリちゃんをここまで連れてきたのか。
そもそも、一緒にいたはずのユーリは無事なのか――。
疑問が一気に湧き出るけど……何よりも放っておけない問題について、わたしは声を張り上げる。
「マガト!! 言うに事欠いてフザけた大ウソついてんじゃないわよ!!
ヒカリちゃんが、あなたなんかの娘なわけないでしょうがッ!!」
「……だ、そうだぞ?」
思わせぶりに、マガトが視線を向けると――。
ヒカリちゃんは、小さくふるふると首を振った。
「ゴメン、ズカ……ホント、なのだ……。
わちしは、パパとママの、養女、だから……」
「――え……?」
「パパもママも、黙ってたけど。
いつか、話してくれるつもりだったのかも、だけど。
……でも、わちしは……PC使うのも、それで調べものするのも、得意、だったから――」
今にも泣き出しそうな顔で、訥々と語るヒカリちゃん。
わたしは……ただ黙って、そんな彼女を見続けるしかなかった。
「もっと小さい頃に、養女って、知っちゃったのだ……。
ホントの親まで調べられたのは、最近になってから、だけど……!」
つまり……それ、って。
以前、生徒会室でのルコちゃんとの会話で出た、『母親の知人に預けられたアガトンの遺児』が、まさしくヒカリちゃんだった、ってこと……!?
なんなのよ、それ……っ! そんなのって……!
「――だからこそこの子は、カノン、君たちに協力したそうだぞ?
実の父たる私の情報を、確かめるために――な」
口元に、微かな笑み――そこにどんな感情があるのかは計り知れないけど――を浮かべ、マガトはヒカリちゃんの頭に手を置く。
あの人見知りのヒカリちゃんが……泣きそうな顔はそのままに、けれど、その手を払い除けようとはしなかった。
「しかし……これぞまさしく、運命の巡り合わせというものか。
計画通りにこちらの世界へ戻ってきたばかりで、まさかこうして、15年前に別れた娘とも出会うことになるとはな」
「計画通り――ですって?」
「――その通り。
ふむ、そうだな……君とは浅からぬ因縁もあるし、娘が世話になった恩もある。
せっかくだ、真実を教えてやろう――」
いかにも紳士然とした風に、よく響く声でマガトは――黙って聞く態勢に入ったわたしに向けて語り始める。
こんなヤツの得意気な演説なんて、気持ちとしては聞きたくないけれど――。
コイツが、ヒカリちゃんに何かする前に助け出すためにも、今は様子を見つつ、スキを窺うのが得策だろうから。
背後からわたしを見張る形になってる、クローリヒトの存在も無視出来ないしね……。
そんな風に、努めて冷静でいようとしていたわたしだけど……続くマガトの言葉に、また驚愕するハメになった。
「私は15年前、自らの意志とは関係なく、1人、異世界〈麗原ノ慧殿〉に飛ばされた。
そして、彼の地で敢えなく命を落としたが――。
その際、この魂だけは……君たちが〈宝鏡〉と呼ぶ、チカラある鏡と同化することで永らえたのだよ」
「な――!?」
〈宝鏡〉と……!?
じゃあなに? マガトに利用されてるだけだと思ってた〈宝鏡〉――むしろあれこそが、本体だったってこと……!?
「……信じられないかね?
そもそもあの鏡は、かつて、『願いを叶えるご神体』として奉られていたものでね。
人々がひっきりなしに訪れては、『願い』を捧げていたのだよ。
しかし哀しいかな――『願い』と言えば聞こえは良いが、長く続く平和に溺れ、我欲を追うばかりとなっていた当時の人間たちのそれは、世界は違えどこちらと同じく、欲望に塗れきったものが大半だったのだ。
結果――〈宝鏡〉には、黒く澱んだ負の想念が蓄積された。
神にも近しいほど純粋だった鏡のチカラは、それゆえに闇にも染まり得たのだ」
「…………。
あなたの〈アガトン〉としての主張は、いわば『人の本質は悪徳と忌避されるものにこそある』――って感じだったわね。ぶっちゃけて言えば、ある種の性悪説。
『願い』のはずが、フタを開ければ欲望塗れ――そんなものに穢されていた〈宝鏡〉とあなたは、いかにも相性が良かったってわけね。
で――異世界に行ってもやはり人の本質は変わらないのだと、さぞかしあなたは嬉しかったんでしょうね?」
皮肉をたっぷり込めて、二の句を継いでやるけど……やっぱりと言うか、得意気に微笑むマガトはまるで気にも留めない。
「いかにもその通りだ。理解が早くて助かる。
……その後、そうした悪影響に気付き、恐れた一部の人間により、鏡は役目を終え、人知れず保管されることになったが――既に遅く、闇に染まった鏡は自然と、同種のチカラを集めるようになっていたのだ。
だがさすがに、私がこうして魔神となるほどのチカラを得るには、長い年月を必要とした。
そして、千年にも及ぼうかというその時間のうちに、私自身の意識と記憶も薄れ――世界変革の志のみを残した私は、蓄積された穢れと溶け合い、マガトダイモンとして覚醒した。
だが――」
マガトは、ゆっくりとわたしの方へ手を差しだした。
離れて立つわたしに、握手でも求めるかのように。
「勇者カノン……君との邂逅が、私の本来の意識と記憶を呼び覚ました。
同じ世界からやって来た、同胞たる君の存在が、私の魂を刺激したのだ。
そうして自分を取り戻した私は、一計を案じた。
残念ながら、私のチカラを以てしても、単独では世界を越えることは出来ない――そこでカノン。
君と、君のチカラを利用して、こちらの世界へ戻ることにしたわけだ。
――真の目的たる、『地球の変革』を成し遂げんがために」
「……要するに、わたしはとんだピエロだったってわけね。
あなたの本体に気付けなかった上に、まんまとこうして、こっちの世界に連れ戻しちゃったんだから……!」
しかもそのせいでヒカリちゃんが、本来なら絶対に会うこともなかった、こんな父親と出会ってしまったんだと思うと……!
何より、自分の迂闊さに腹が立ってしょうがない――!
「それで……マガト、あなた、ヒカリちゃんをどうするつもり?
〈勇者〉のわたしを、いっそ供物にもするつもりで、こうして誘い込んで自らの手で始末しようっていうのは分かるわ。
――でも、それならヒカリちゃんは?
口振りからして、ヒカリちゃんと出会ったことは計算外だったんでしょう?
まさか、そうして手もとに置いてるのは、人質なんて姑息な手を使わないとわたしに勝てないから――なんて、腰抜けな理由じゃないわよね?」
純粋に疑問でもあったけど、同時に、上手くスキを誘えないかと、あからさまな挑発をしかけてみるものの――。
さすがに、それに乗るほどバカな相手でもなくて。
スキなんて見せないマガトは、憎たらしいぐらい余裕をもった動きで、小さく肩をすくめた。
「ふむ……姑息でも何でも、確実な勝利には換えられないと思うがね?」
「くっ、この……ッ!」
「――だが、まあ」
思わず歯噛みするわたしの姿に満足したのか、マガトは嘲笑混じりに1つ手を打つ。
「私も娘に、友人が自分のせいでなぶり殺しにされる――そんなさまを見せつけるのは、さすがに忍びないというもの。
そこで、だ……ひとつ、余興をしようではないか」
「余興――?」
いかにも不穏な響きを伴ったその単語に、顔をしかめた瞬間――。
背後でいきなり大きく膨れあがった殺気に、わたしは咄嗟に身構えつつ振り返る。
そこには――蒼く輝く剣をゆっくりと構え、戦闘態勢を取るクローリヒトの姿があった。
「カノンよ、君がそのクローリヒトを倒せたならば――。
私も、娘を解放することを約束しよう」