第27話 魔神の企みと、勇者たちの戦術と
「それでは諸君――。
その命の次なる廻りが、我が新世界での幸せなものとならんことを……!」
一方的にそう宣って――アガトンの立体映像も、ディスプレイの映像も、両方がふつりと切れた。
絶句していたルコちゃんたちは……それとともに、彼をマガトダイモンと呼んだわたしを、どういうことかと問いたげに見る。
対して、わたしは――。
逸りそうになる心を抑えるのに、一度、大きく深呼吸。
まだ時間はある、慌てるなと自分に言い聞かせてから――改めて、口を開いた。
「……これまでの事件でも、わたしだけじゃなくユーリも、マガトダイモンに近しい気配を端々に感じてはいたんだ。
でも――それはあくまで、元凶が『同じような闇のチカラを持つ存在』だからじゃないか、って考えてた。
一番直線的でシンプルな答えは、ありえないと一顧だにしなかった――」
「そもそもマガトダイモンは、穏香センパイがやっつけたハズだから、ですね」
「……うん。それに、クローリヒトが口にした『鏡』――〈宝鏡〉のこともあったしね。
あの鏡なら、マガトに似た気配を備えていても不思議じゃないから。
でも……さっきのアガトンの声。語り。
そして、放たれる瘴気を初めとする気配。
それは間違いなく、あの魔神マガトダイモンのそれだったんだ――」
「姿は違っていた、ということですか?」
網野くんの問いに、わたしが思い浮かべるのは、スーツ姿の紳士とは似ても似つかぬものだ。
「わたしが戦ったマガトは、それこそ鬼とか悪魔とか、そんな感じの姿だったからね。
もっと大柄だったし……人型ではあっても、人じゃなかったんだよ」
「つまり――。
結果として、穏香センパイに完全には滅ぼされていなかったマガトダイモン、そのチカラが――どちらが主体かは分かりませんけど、今はアガトンに宿っているのか。
それとも――。
そもそもアガトンこそがマガトダイモンで、どういう方法でか穏香センパイを騙して生き延び、同じくこちらの世界に渡ってきていたか――ってわけですね」
わたしの答えを聞いていたルコちゃんが、MP5の銃身を指でコツコツ叩きつつ考えをまとめる。
「……そういうことだね。
まったく――そりゃあ、わたしが〈勇者〉のチカラを持ったままだったわけだよ。
倒すべき宿敵を、本当は倒せていなかった――。
〈勇者〉として託された願いを、ちゃんと果たせてなかったんだから……!」
思わず、拳を固く握り締めながら――天井を、ここからさらに上層を見上げる。
……きっと、ヤツはそこにいる。分かる。
そちらにチカラが集まり出している、その感覚があるから……!
「それで、穏香センパイ。
アイツが具体的に何をしようとしてるのか、分かりますか?」
「すべて、とは言えないけど……大体はね。
マガトのあの言葉、そして、世界を繋ぐチカラを秘めた〈宝鏡〉の存在から考えれば――。
異世界〈麗原ノ慧殿〉とこの世界との間に、『門』を開こうとしてるのは間違いないと思う。
そうなったら、邪悪とは言え神の一柱だった存在だからね――かつて影響力のあった、膨大なチカラを呼び込むことも出来るはずだよ。
それこそ、どちらの世界にも影響を及ぼせるほどの、ね……!」
「……なるほど、いちテロリストの暴走どころか、マジに世界の危機、ってわけですね……。
となればやっぱり――タンパク!」
ルコちゃんが、鋭い視線と言葉を向ける先――には、普段使ってるものとは違う、別のスマホっぽいのを操作する網野くんが。
けれど――彼はすぐさま、首を横に振る。
「だから、タンパク言うなと言ってるだろうが薫子。
もう既にやってる――が」
「……繋がらない?」
「ああ。通常回線はもちろん、非常用、緊急用、どれもダメだ」
「くっそ……一手遅かったか……!」
何やら悔しがる2人に何事かと尋ねようとすると、それを察したルコちゃんが、先んじて教えてくれた。
「……さすがにこんな事態、見習い忍者のアタシたちには手に負えそうもないですからね。
いざってときのための緊急回線使って、救援要請しようとしたんですが……」
「――ダメだった、ってことか。
でも……大丈夫だよ、心配しないで。わたしがいる。
わたしが〈勇者〉として、アイツを討ち祓って、この事態を止めてみせるから。
そう――。
どんな形であれ、アイツを討ちもらし、こっちの世界へ導いてしまったのは、わたしの責任なんだから」
わたしは、握った拳で、自らの胸当てをトンと叩いて笑顔を見せる。
「だから、ここから先、マガトのもとへはわたし1人で行くよ。
ルコちゃん、網野くん。あなたたちは引き返して、ユーリとヒカリちゃんと合流して。
……本当は、あなたたちのことも守ってあげたいんだけど……この事態を終息させるには、一直線にマガトを倒すのが一番の早道のはずだから」
……脳裏を過ぎるのは、瘴気の影響で倒れた人たちの姿だ。
異世界と繋がる門を開くなんて、すぐにどうにか出来ることじゃない。
そして、規模が大き過ぎて、こっそりと進められるようなものでもない。
つまり、あの人たちの命を供物にするにしても、そのための儀式は今始まったばかりなんだから、まだ、多少の時間的猶予はある。
ただ、すべての倒れてる人たちの所を巡って、守護の結界を張って儀式の影響を断ち、安全を確保する――そこまでする余裕は、さすがにない。
なら――1人の犠牲も出さずにすませる、最適解は。
最短距離での一点突破、速攻でマガトを倒す! それしかない!
わたしの提案に、ルコちゃんたちは何か言いたげではあったけど……。
お互いに目を合わせてうなずいた後、理解を示してくれた。
「出来るなら、このまま最後まで穏香センパイと一緒に戦いたかったですけど……さすがに足を引っ張りかねないですしね。
……それこそ、2度目が許されない失敗なんてゴメンですから」
「無念です先輩。オレにもっと筋肉以外があれば……!」
「ありがとう、2人とも。
それじゃあ、わたしから、これを――」
そう告げながら、わたしは2人に近寄り――その額に手をかざして、チカラを集中する。
ややあって、わたしの手の平からふわりと綿毛のようにこぼれ出た光が、2人の身体に吸い込まれていった。
「穏香センパイ、今のは――って、あ!
なんか、身体が軽くなった感じ!」
「これは、まさか……ッ!
ついにオレの、真の筋肉以外が覚醒したのでは――!」
「……なんだ、真の筋肉以外って……。
そんなんじゃなくって、わたしの〈勇者〉の加護をほんのちょっと、一時的に分け与えただけだよ。
正直、身体能力の向上は微々たるものだと思うけど……これで、少なくとも瘴気の影響は完全に防げるから」
説明とともにわたしは、額にかざしていた手で、2人の肩をぽんと叩いた。
「今、わたしがあなたたちにしてあげられることなんて、これぐらいだけど……。
どうか、ユーリとヒカリちゃんのこと、お願い」
「はい、もっちろんです!
……このクエスト、きっちり成功させますから!」
「ええ、我が筋肉以外に換えましても――!」
2人は大ゲサにわたしに敬礼してみせると、ラウンジの出入り口の方へ移動する。
「あなたたちも、くれぐれもムリはしちゃダメだからね!
みんな揃って無事に帰るまでがクエストだよ!」
「はい、穏香センパイも!
調子ぶっこいてやがったアイツ、ソッコーでボコボコにしてやって下さいね!」
「当然! 任せて!」
離れた場所から、お互い、拳を打ち合わせるように一度突き出すと――。
ルコちゃんたちは、抜け目なく出入り口の外の様子を確認してから、素早くラウンジを後にしていった。
「――さて……」
そして、後輩たちを見送ったわたしは。
外に面した、ガラス張りの一面に近付くと――ごめんなさいと、誰にともなく心の中で謝ってから、その一画を拳でブチ破り……。
明らかに普通の夜風とは違う、生温いような不快な空気が流れ込む中、破ったガラスから半身を乗りだし、上層を見上げた。
この禍々しい結界の中、ことさらに穢れた気が渦を巻いて集っているのは――やはり、屋上。
「わたしを挑発してるんでしょう? マガト……!
いいわ、すぐにそこまで行って――今度こそ、完全に討ち祓ってあげるから……!」
決意とともに、床を蹴ってすぐ上階の窓枠に飛び移ると。
そのまま、同じ要領で、窓枠を足場に――わたしは、ビルの外面を駆け上がっていく。
元凶まで、最短距離で一直線に。
少しでも早く、この事態を終息するために。
……誰一人見捨てることなく、絶対に守り抜く――。
それは、〈勇者〉だからとか関係なく、わたし自身の想いなんだから――!