第26話 そして勇者たちは、大樹に咲かんとする闇を見る
――結果として、ルコちゃんたちの重装備は大正解だった。
エレベーターからの脱出後さらに、モールのときと同じ、アサルトライフルを装備したマガイクサの待ち伏せを受けたわたしたちは……。
それを三者三様に戦って撃退し、だけど増援が現れる前にと、エレベーターホールを離れ――ひとまず、近くにあった休憩用のラウンジらしき場所に移動していた。
わたしがさっき、エレベーターの中で感じ取ったのは――周囲を、恐らくはこの〈フリー・アーバ〉全域を、圧倒的な魔力が覆う感覚だった。
一瞬停電が起こったのも、きっとその影響だろう。
だから――。
……いったい、今、何が起こっているのか。
これからどう動くにも、まずはそれらを確認しようと、ルコちゃんたちに周囲の警戒をお願いして……。
安否確認と同時に、わたしたちやビルの様子を客観的に見ていて、一番現状に詳しいだろうヒカリちゃんに連絡を取る。
けれど――。
「っ……! 繋がらない……!」
インカムが壊れてるってわけでもないのに、それが出来ない。
それならと、すぐさま〈姫神咲〉に意識を集中し、ヒカリちゃんと一緒にいるはずのユーリに念話で語りかける。
《……主クン……!》
――良かった! こっちは繋がった!
でも、ノイズがヒドい……『やっぱり』って感じでもあるけど……!
(ユーリ! そっちは大丈夫!? ヒカリちゃんは!?)
《……ヒカ……くん……なら、……!》
(ユーリ!? ユーリ!)
何度かチカラを込めて呼びかけるけど――ヒドくなるノイズに掻き消されるように、念話はすぐに途切れてしまった。
ひとまず、断片的な声の調子や〈姫神咲〉越しの感覚からして、ユーリ自身は大丈夫そうだけど……向こうの詳しい状況までは分からずじまいだ。
でも逆にそれが、わたしの中に浮かんだ疑念を、確信へと変えつつあった。
思い立って、ラウンジの一面、3つのビルが三角形を形作るこの〈フリー・アーバ〉の内側に面したガラスに近寄って外に目を向ければ。
周囲に街の灯が煌めく夜の景色が、いきなり宙に染み出すようにして現れた、夜闇よりもずっと暗くて深い――ドス黒い闇が渦を巻く禍々しい『壁』によって、取り囲まれていく様子が見えた。
……間違いない。『結界』だ――それも、相当強力な……!
通信や念話が阻害されたのも、これが原因だ……!
「穏香センパイ、これって、もしかして……」
ラウンジの入り口に注意を払いつつ、同じく窓際まで近付いてきた網野くんとルコちゃんが、外の異常な様子を見て問いかけてくる。
「そう、結界ってやつだよ――見える通り、この〈フリー・アーバ〉全体を閉じ込める規模の。
さっき一瞬停電したのも、通信とかが使えないのも、これが展開されたせいだね……。
そして、これほどの結界を構築出来る、そんなチカラを持つのは――」
わたしはそこで言葉を止め、今一度、窓の外――結界を見やる。
「世界そのものに仇為すほどの、魔神や邪神と呼ばれる存在ぐらい……!」
そして、そんな存在の中でも、一番に候補として脳裏を過ぎるのは――当然、わたしにとって最大の敵だったマガトダイモン。
でも――マガトはわたしが倒した。間違いなく。
わたしが、こうして生きてこちらの世界に戻ってきているのがその証拠だ。
なら、こんなマネをやらかしてるのは、やっぱりクローリヒト?
マガトの影響を受けた、〈宝鏡〉の闇のチカラを利用して……?
それに、テロリストのアガトンも関わってる……?
けど――これはいったい何を狙ってるの?
さっきのエレベーターの件からしても、アガトンが関係あるなら……わたしたちの計画を知って、それを止めるため?
……いや、違う。
それならもっと上手いやり方はいくらでもあるはず。
それこそ、こんな大規模に、強力な結界を張る必要なんてない。
これじゃあ、むしろ……そう、宣戦布告みたいなものだ。
物語風に言えば、『挨拶代わり』とか、そんな感じの。
でなきゃ、結界展開の魔力で停電を起こし、わたしに『異常を勘付かせる』ようなマネはしない……!
「……ホントに、いったい……誰が、何をしようと――」
思わず、わたしが呟いた――そのとき。
まるで、それに答えようとするみたいに、いきなりラウンジの壁にかかる、大型のディスプレイが光を灯した。
そこに映し出されたのは……まずは中央に大きく、さっきスマホでも見たパーティー会場の光景。
さらに続けてその周囲には、〈フリー・アーバ〉内の他の場所らしき映像がいくつも浮かぶ。
そして、一様に多くの人で賑わうそれらの場所に、唐突にどこからともなく、黒い霧のような〈瘴気〉が充満し――。
人々は、悲鳴を上げるヒマもなく……次々と、力無くぐったりとヒザを突き、床に倒れていく。
「!? まさか、毒ガス――!?」
「違うルコちゃん、これも瘴気だよ……!
モールのときのとはまた別種の、半昏睡状態になって、身体の自由が効かなくなるやつだ……!」
その特性上、すぐに命に影響が出るようなものじゃない、けど――!
こんな状況じゃ、「だから大丈夫」なんてとても言えない――!
「! 穏香先輩、会長たちは……!」
「確認は出来なかったけど……でも、きっと大丈夫……。
ユーリも、ああ見えて天使なんだから。
あの子自身の加護で、少なくとも瘴気には対抗出来るし――っ!?」
網野くんの問いに、自分に言い聞かせるように答えながら……わたしはハッとなってディスプレイに詰め寄る。
……よくよく見れば、この隅の方の映像……!
ずらり並んだ座席と、大きな投影機が映ってる!
てことは――B棟のプラネタリウム!?
つまり……ちぃちゃんと赤宮くんも巻き込まれてるってこと……!?
いや、2人だけじゃない……!
結界の規模からして、間違いなく〈フリー・アーバ〉全域で起こってるんだ……!
その事実に、思わず歯噛みした――瞬間。
ディスプレイに映る各所の中で、さらに空間に何らかの映像が浮かんだと思うと――それと同じ『立体映像』が、ここにも現れる。
わたしたちが反射的に一歩飛び退き、武器を構える中、宙に像を結んだのは――品の良いスーツ姿の、ヒゲの紳士。
そう、それは――!
「「「 アガトン――!! 」」」
わたしたち3人の声が重なる中――アガトンは、まるでわたしたちが見えているかのようにニヤリと笑う。
そして、大仰に両腕を広げると、朗々とした――どこから、と言うより、頭の中に直接響いてくる『声』で、語り始めた。
「――聞け、この楔の地、大樹に集いし者たちよ!
私は〈アガトン〉!
世界に真の善と、それによる絶対の幸福をもたらす者である!
人間が真に望む、真なる幸福の世界、理想郷を築かんがため――!
私は今日この日、この大樹に、世界と世界を結ぶ〈大いなる扉〉を開く!
そうしてそのチカラにより、この穢れた世界を、新たに生まれ変わらせることを宣言しよう……!
その為に――大樹に集いし者たちよ!
諸君には、その命を以て、新たな世界の礎となる栄誉を与えようではないか……!」
熱弁を振るう、ルコちゃんたちに見せられた画像通りの、スーツの紳士……アガトン。
だけど――わたしの意識は、既に彼を、そう捉えてはいなかった。
――間違いない。
この声、この語り、そしてこの瘴気、気配……っ!
ギリ、と噛み締めた奥歯が軋む。
そう――。
姿は違っても、コイツは――ッ!!
「マガト……! マガトダイモン――!!」