第1話 勇者には邪神(自称)の友達がいる
――〈勇者〉をやめるべく、限界突破レベルアップ目指して経験値を稼ぐことになったわたし。
で、『経験値稼ぎ』となれば、やっぱり『クエスト』である。
そもそも、戦闘で経験積もうにも、現代日本じゃ魔物なんてうろついてないし、不良さん相手のケンカじゃ弱くて経験値が低すぎるし。
人の困り事とか悩み事とかをクエストとして解決、その達成経験値を得るのが一番効率が良いハズ――。
ひとまず今後の方向性をそんな風に定めたのは、環境がそれに適していたから、でもある。
まず、わたしはここ、広隅市立尾矢隅高等学校の、生徒会副会長なのだ。
だから、生徒間の悩みとか、学校周辺の地域の問題とかの、クエストになりえる情報が日常的に入ってきやすい立ち位置だと言える。
それと、もう一つ。
わたしと同じクラスの友達が、会長でもあるんだけど……。
「なな、なるほど。
いい一種の、バグ利用みたいなものだな……!」
わたしの『経験値稼ぎ』の話に、席についたままいつものダウナーな調子でうなずくその小柄な会長は、実はわたしが異世界帰りの〈勇者〉だってことを知る、唯一の人間なのだ。
しかも、今もノートPCと向かい合っているように――ときにハッキング紛いのことをやらかすぐらいそのテの技術に精通してて。
幅広くクエストを求めるのに重要な情報収集能力が、高校生離れして高いというわけだ。
まあ、その分、すごい人見知りな上に、ちょっと――というかかなり、いろいろとクセの強い子ではあるんだけど。
でも、尊大でナマイキな態度のわりに、根っこの部分は結構お人好しで優しいし、何だかんだで頼りになる友達だ。
クセの強さも、慣れれば可愛かったりするしね。
そんな彼女の名前は、摩天楼 光。
わたしと同じく冗談みたいな名字だけど、この子の方は正真正銘、お金持ちの家のお嬢サマである。
「……にしても、さすがヒカリちゃん。
こんなヘンな話でも、ソッコーで納得しちゃうとはね」
先日、わたしが異世界から帰ってきたとき現れたのが、まさにこの生徒会室で。
だから、そのときちょうどここに1人で居合わせたヒカリちゃんに見られて、説明するしかなかった、ってわけなんだけど――。
この子、異世界だの〈勇者〉だのって話も、今回の経験値稼いで〈勇者〉やめるって話と同じに、わりとあっさり信じてくれたんだよなあ……。
あ、もちろん、友達としてはありがたいことなんだけどね。
「れれ、レベル上げ過ぎでオーバーフロー起こして1に戻るとか、お、オールドゲームじゃそこそこあるバグだからな……!
もも、もっとも、その連想もわちしの、邪神ゆえの人間離れした超頭脳あってのことなのだ……!
ず、ズカの、ちょびーっとザンネンなオツムと違ってー」
「ザンネンゆーな」
ゴスンと、ヒカリちゃんの脳天に遠慮無くチョップを落とす。
ちなみにこの子の『自称・邪神』は出会ったときからだけど、ちょっとした厨二さんってだけで、まったくゼンゼン普通の人間である。念のため。
「ぴぎゅっ!?
ううう〜、わちしの貴重な邪神脳細胞ががが〜……」
でもって〈ズカ〉は、ヒカリちゃん式のわたしの呼び名だ。
なんか響きが、かの女性だけの歌劇団の愛称みたいなんだけど――っと、そうだ。
リアルにそっちな感じの、あの子のことも相談しておかないと。
「そうだヒカリちゃん、もう一つ話があるんだけど」
そう前置きしてわたしは、制服の胸ポケットに挿していた、桜の花をモチーフにした髪留めを軽く指で弾く。
すると、ふんわり輝いた桜の髪留めから光が飛び出し――わたしの隣でクルクルと螺旋を描いたかと思うと、その中に一つの人影が実体化した。
執事服の美人――そう、〈仕天使〉のユーリだ。
「やあ、どうも初めまして、愛らしいお嬢さん!
ボクは〈仕天使・ユリエンノミコト〉。
親しみを込めてユーリと、そう呼んでくれて構わないよ?」
「みぎゃ!? あわわわわ……っ!」
ユーリの、いかにもユーリらしい挨拶に、ヒカリちゃんは椅子を蹴って立ち上がるや、素早くわたしの背後に隠れる。
うーん……もしかしたらと思ったけど、異世界の天使でもダメだったか。
「――主クン、ボクは何か彼女に失礼をしてしまったかな?」
「うんまあ、挨拶としては確かにちょっとアレだと思うけど、そうじゃなくてね。
ヒカリちゃんてば、人見知りだからさ。グイグイ来られるのニガテなんだよ。
それも、初対面の相手となればなおさらだね。
――ほらヒカリちゃん、この子が先に話した、わたしのサポート役で……」
ちっちゃい子みたいに(実際、小学生並みに小柄だけど)わたしの陰から様子を窺うヒカリちゃんに、改めてユーリのことを説明する。
ヒカリちゃんはそれでもまだ警戒してたけど……やがておずおずと脇に出て、わざとらしく「ふ、ふん」と鼻を鳴らした。
「ひ、ヒカリあるところ、影もまたあり……!
ここ、この、現世での仮の名前に封印されているが、わちしは本来、大いなる邪神の眷属なのだ……!
だだだから、て、天使という存在に、ちょびっと警戒してしまっただけなのだ……!
び、ビビったわけじゃないぞ、ホントだぞ!?」
「おお、それなら安心してくれたまえ、ヒカリくん!
ボクは愛らしいお嬢さん方の味方だからね、キミを傷付けるなんてとんでもない!
――って、おや?」
いきなりまた芝居じみたハデな動きをするユーリに驚き、ヒカリちゃんはあっと言う間にわたしの陰に舞い戻っていた。
「だーかーら、グイグイ行き過ぎだっての。
――あ〜実はさ、ヒカリちゃん。
もう一つの話ってのは、このユーリを『こっちの人間』として生活させるのに良いテはないかなあ、ってことなんだけど……」
わたしはまた、隠れてるヒカリちゃんに事情を説明する。
天使のユーリは、わたしの『勇者の証』であるこのポケットの髪留め〈姫神咲〉に同化して過ごすことが出来るので、必ずしも生活環境が必要ってわけじゃない。
ただ、経緯はどうあれ、せっかくこうしてこっちの世界に来たのに、ヘタに怪しまれたりしないためだろうと、ずっと髪留めの中にいろ――ってのも何だか可哀想な話だ。
わたしの『生体メニューさん』としての仕事は、別に髪留めの中にいなきゃいけないってわけでもないし、どうせなら、普通の人間みたいに生活させてあげたいんだよね。
何だかんだで、ユーリも、わたしにとっては苦楽を共にした友達なんだし。
だけどさすがに、何の下準備もナシに一般家庭の我が聖桜院家に招くのも難しい。
そこで、ヒカリちゃんなら良いテを思いつくかも、と相談したら――。
「そそ、それなら、わちしの家に来ればいいのだ」
あっさりと、そんな答えが返ってきた。
「え、またそんなカンタンに……いいの?
てか、大丈夫なの?」
ヒカリちゃんのお家は、リアルにメイドさんとかがいるような大豪邸だ。
確かに、ユーリは翼が生えてるわけでもないし、違和感無く溶け込むには最適な場所かもだけど……。
「ず、ズカの紹介で、すす、住み込みでわちしの専属執事をすることになった――とかってことにすればいいのだ。
とと、友達の友達も、と、友達……だからな……い、一応」
「おお……っ! ありがとう、ヒカリくんっ!」
ユーリの大ゲサな感謝に、またヒカリちゃんはささっと隠れに来る。
そうして背後に回った小さな頭を、わたしはそっとなでた。
「わたしからも――ありがとね、ヒカリちゃん。
でも、友達だからこそ、もし無理そうなら、そのときはちゃんとそう言って――」
「いひ、いひひ……ここ、これで、勇者と天使を揃って我が支配下に……!
い、いずれはどちらも我が闇に染め、世界征服の手駒とするのだ……うひひ……!」
「いやそれ、口に出しちゃダメじゃない?」
アヤしく笑いつつヤバいことを呟くヒカリちゃんの頭を――わたしは感謝はそのままに、ちょっとだけ乱暴にクシャクシャとなで直すのだった。