第25話 勇者たち邪神(自称)の眷属は、こっそり這い寄る!
『……やあやあ、お集まりの紳士淑女の皆さま方!
この良い夜に、皆さまを、邪神の眷属たる我が信者としてお迎え出来るのは、まさしく望外の喜びというものである……ッ!』
管理スタッフ用エリアと通常フロアとの境界線となる連絡通路に身を隠し、人の気配を探りながら……わたしとルコちゃん、網野くんの3人は。
ついに始まった関係者用パーティー、そこで今まさに流されている〈D.ぷわん〉の映像を各々スマホで、音声をインカムで――確かめていた。
摩天楼家の息女として紹介されながら、まさかの動画での出席、しかもダゴンちゃまの被り物で顔を隠している上に、この厨二発言と態度……。
当のヒカリちゃんが、『大丈夫』と言ってたとはいえ、さすがに心配にもなるんだけど……。
パーティー会場を捉えたカメラ映像とかに切り換えてみれば、いかにも身なりの良い参加者の人たちは、ヒカリちゃんの言葉通り、不快に思ったり不信を感じたりすることもなく、パーティーの余興みたいなものとして楽しんでいるようだった。
「……にしても、絵に描いたような、いかにもな立食パーティーだなあ……。
こうして参加せずにいることに、むしろちょっぴり安心したりしてるよ、ド庶民なわたしとしては」
「ですが先輩、料理……ウマそうです……!
あの肉とか、あっちの肉とか、こっちの肉とか……!」
「肉ばっかじゃない……筋肉以外はどーしたの。
でも分かる……! 余ったお料理、詰めてもらえたりしないかなあ……」
『しょ、しょーがないのだ……。
あ、あとで、ママにお願いしてやるのだだだ……』
「え、マジで!? やった!
ありがとヒカリちゃん、さっすがー!」
インカム越しの、ヒカリちゃんのありがたーいお言葉に、わたしは思わずグッと拳を握りこむ。
そんなわたしに、ルコちゃんは大ゲサなタメ息をついていた。
「いよいよこれから――ってときに、さすがの豪胆さですね、穏香センパイ……」
「あ、ご、ごめん、ルコちゃん……!
調査のことを軽んじてるわけじゃないんだけど……!」
「怒ってるわけじゃないですって。
むしろ、その平常運転っぷりが頼もしいです――もちろん、それで失敗したら許しませんけどね?」
愛嬌のある顔に、ニヤリと悪の総帥みたいな笑みを浮かべるルコちゃん。
……久々に見たよ、『仏の顔は3度まででも、仏座には2度目もない』――なんて評されるアレだ。
しかも、そんな彼女が撫でている武器が、映画やゲームなんかで特殊部隊が使ってるのをよく見かける、MP5A5――いわゆるサブマシンガンだから空恐ろしい。
それだけじゃなく、ルコちゃんも網野くんも制服の上から、ボディアーマーと、替えの弾倉やら閃光手榴弾やら苦無やら棒手裏剣やらを挿したタクティカルベルトも巻いていて、ホントに特殊部隊みたいな装備だ。
……というか、これだけ見れば、テロリストはこっちだよねって感じである。
ちなみに、警備もカンペキなこの〈フリー・アーバ〉に、どうやってこんなヤバいシロモノを持ち込めたのかと言えば……。
そこはそれ、ユーリが〈生体メニューさん〉として管理している、いつでもどこでも好きなときに出し入れ可能な、〈勇者〉御用達の『異次元アイテム袋』を利用したってわけ。
「……フロアの大半の人間がパーティー会場に移動したようだな。
そろそろ動けそうだぞ、薫子」
通常フロアの様子を窺っていた網野くんの言葉に、ルコちゃんはうなずいてインカム越しにさらにヒカリちゃんにも確認を取る。
『たた、タンパクの言う通りだな……。
か、各ポイントのカメラ映像からも、ひひ、人気が明らかに減ってるのが分かるぞ……!』
「分かりました。
よし、それじゃ――仕掛けますか!
ってことで、穏香センパイ、お願いします!」
「ん、オーケー」
応えてわたしは、〈姫神咲〉に手を置いて――精神を集中。
いわば、一種の『魔法』に近い、〈勇者〉として身につけた術を行使する。
それは、RPGで言えば、モンスターとの遭遇を避けるのに使うような(実際、向こうでもそんな使い方をしたんだけど)……わたし自身と、一緒にいる人の姿を『視覚的に消す』ものだ。
ただこれ、当たり前だけど、単純なカメラ映像は誤魔化せても、それ以外のセンサーとかには効果がないし、もちろん、IDチェックなんかにも無力だ。
なので、こんな最新鋭のセキュリティに守られてるような場所だと、ぶっちゃけ補助的にしか使えなくて――やっぱり一番頼りになるのは、ヒカリちゃんのサポートってことになる。
『よよ、よし……!
で、では、わわ、わちしの神託通りに進むのだだだ……!』
インカム越しのヒカリちゃんの指示に従い、わたしたちは人気の消えた通常フロアを、まずはオフィスエリア直通のエレベーターホールへ向かう。
そして、ヒカリちゃんが到着のタイミングに合わせて呼び寄せたエレベーターに、素早く乗り込んだ。
エレベーター自体も、乗り込んだ人間の持つIDを自動検知して操作を受け付けるシステムになってるそうで、パーティー招待客としてのIDしか持たないわたしたちだと、本来は動かせないらしいんだけど――。
そこはそれ、エレベーターの制御も掌握してるヒカリちゃんが、外部から操作してくれた。
「それにしても……。
今さらだけどさ、目的が調査にしては、2人とも重装備過ぎない?」
動き出したエレベーター奥の壁にもたれかかりながらのわたしは、同じく左右に分かれていたルコちゃんと網野くんのカッコを見つつ尋ねる。
「そですねー……確かに調査だけなら、むしろジャマなぐらいなんですけど」
肩から提げたサブマシンガンを叩きつつ、ルコちゃんは苦笑した――かと思うと、すぐに表情を引き締める。
「アタシたち、アガトン本人と遭遇する可能性も低くない――って思ってるんです。
調査対象がクロなら」
「……今から行くオフィスに匿われてるかも、ってこと?」
「そうです。
――アガトンの姿は、街中の防犯カメラで何度か捉えられてますけど……最新のものは、ここの最寄りの富励駅ですし」
「そして、その場合――そうそう人間の護衛なんて置けるような場所じゃないですから、代わりに、またあの黒いバケモノが出てくるかも知れませんので」
ルコちゃんに続き、そう答えた網野くんが、やる気を見せるように、腰の裏側に吊った忍刀を軽く握ってみせる。
「……あ、ちなみにですけど、アタシの持ち込んだ銃弾、全部非殺傷用のゴム弾ですから、そこのところはご心配なく!
いかに相手がテロリストだろうと、アタシたちは殺し屋じゃないですからね」
「それ聞いてちょっと安心したけど……でもそれはそれで、マガイクサ相手には通用しにくくなるんじゃない?」
「それについては、バケモノ相手の専用弾――ってほどじゃないですけど、ちょっとしたお祓いみたいなのをしてもらってありますんで、前のときよりは効くハズです!」
「そうなの? どれどれ……?」
一言断ってから、ルコちゃんのMP5、その弾倉に手を伸ばしてみれば……。
なるほど、言われなきゃ分からないぐらいほんの微かにだけど、聖なる魔力が感じられた。
一応確かめてみたら、網野くんの忍刀の方も同様だ。
「ただ……そんな事態も想定してたわけですから――」
ちょっと声のトーンを落としながら、そう呟き――ルコちゃんはそっとエレベーターの操作盤をなでる。
「危険もありますし、本当は会長はここまで巻き込みたくなかったんですけどね……。
結局、こうして頼り切っちゃってるあたり、アタシもタンパクも、そりゃあまだ『見習い』なわけだよ――なんて、思っちゃいます」
「……ルコちゃん……」
困ったようにはにかむルコちゃんに、わたしが改めて言葉をかけようとした――そのとき。
――ゴウンッ……!
「「「 !!?? 」」」
順調に動いていたエレベーターが急に停まり――同時に、照明も落ちる。
「――停電、か?」
「こんな場所だし、すぐに予備電源に切り換わるわよ。
それより、タイミングが――」
突然の状況だけど、さすがというか、落ち着いた様子で暗闇の中声を交わし――警戒態勢に移る2人。
一方で、わたしは――背筋をイヤな汗が伝うのを感じていた。
これ――ただの停電じゃない……!
これ、この感覚……!
ぞわりと総毛立つような、この感覚は――!
わたしは反射的に、ドア上の階数表示に目をやる。
今は表示が消えてるけど、確か、どこかのフロアに着く間際だったはず……!
なら――!
「ん? 戻ったか……」
照明が元に戻るのと、ほぼ同時――。
わたしは〈勇者カノン〉のチカラを解放しざま、全力でドアを蹴り破る!
そして――
「2人とも、ちょっとゴメン!」
ルコちゃんたち2人を掴むや否や、ドアのあった空間の向こうへ放り投げ――すぐさま、わたしもそれに続く。
計算通り、わたしたちが飛び出したのはエレベーターホール。
その背後で――エレベーターの『落下』する轟音が響き渡った。
そして、立て続けに。
わたしたちの周囲、床から……黒い影がいくつも立ち上り、人の形を取っていく。
「網野くん! ルコちゃん! 戦闘態勢ッ!!」
突然のことながら、きっちり受け身を取っていた2人に、鋭く声を飛ばしながら――。
わたしもまた、剛剣サクラメントを実体化させつつ、取り囲むマガイクサたちの銃口へと対峙していた。