第24話 勇者の邪神(自称)な友達は、ただ邪神なだけではない
――〈フリー・アーバ〉A棟、オフィスエリアを中核とした上層階。
結構な速度が出てるのに、至って快適な乗り心地のエレベーターで辿り着いたそのフロアも、下層と同じように、『現代の神殿』といった趣だった。
だけど、仮にも『大樹』なんて名称でもあるからか――デザインを損なわないように、かつ自然な形でそれなりに緑が配置されていたり、通路の端を涼やかな音を立てて水が流れていたりで、神殿的な荘厳さゆえの息苦しさみたいなものはない。
しかもそれだけじゃなく、案内板の館内マップによれば、A棟のほかB棟やC棟にも、上層階には憩いの場としての、見晴らし抜群な空中庭園まであるらしい。
だけど、そんな至れり尽くせり過ぎる快適性に、ド庶民としては却って妙なプレッシャーを感じながら――まず向かったのは、パーティー参加者の控え室として宛がわれた客間のような部屋。
で、ここでこの後の調査の準備やらをするのかと思いきや……。
ヒカリちゃんは何のつもりか、一通り部屋の中をスマホで撮影すると、すぐにまたわたしたちを連れ出した。
そうして向かう先は、パーティー会場になっている多目的ホールでも、ましてや調査対象のオフィスでもなく――。
人気の無いフロアの外れ、今日のパーティーに参加するぐらいの関係者でもほぼ用が無いだろう、ビルの管理スタッフだけが立ち入り出来るような領域。
さらにその中でも、清掃用具や整備道具がずらり整然と並ぶ――物置みたいな部屋だった。
もっとも、壁面にいくつかのモニターと操作盤らしきものまであるあたり、ただ道具をしまっておくだけのスペースじゃないみたいだけど……。
「こ、ここを、ちょ、調査拠点――〈邪神の深淵出張所〉にするのだだだ……!」
唐突にそう宣言するや、モニター前の椅子に――しかも、素早くユーリがどこからともなく取り出し置いたクッションの上に――ひょいと座ったヒカリちゃんは、ダゴンちゃまリュックから愛用のノートPCを取り出し、操作盤の隣に置く。
「え、ここ? さっきの控え室じゃなくて?」
「あ、あそこは、せせ、設備的に物足りないし……。
い、いわば、『見られる側』だからな……!
ここ、こっち、『見る側』の方が、つつ、都合がいいのだ……!」
わたしの質問に、答えになってるようななってないような返事をしながらヒカリちゃんは、テキパキと操作盤横のソケットと自分のPCをケーブルで繋ぎ、キーを叩き始める。
「ああ……なるほど。
確かに、防犯や清掃、設備管理の観点からすれば、控え室なんかは『見られる側』。
管理サイドにあるこっちの部屋は、『見る側』ですね〜」
わたしよりも早くヒカリちゃんの意図を理解したらしく、ルコちゃんがしたり顔でうなずく。
その補足で、わたしもようやく分かった。
この物置みたいな、警備室ってわけでもない部屋にモニターがあるのは――ビルのメンテナンス上、何らかの異常があった場所や、清掃・整備に必要な道具を、この場で確認出来るようにするためだったんだね。
だから当然、監視なんてものじゃなくても、『見る側』『見られる側』って立場が成り立つわけだ――。
「なるほど……まさに、筋肉と筋肉以外、というわけですか……!」
「…………。
はっ!? しまった……つい、その表現、『微妙に合ってるのかも?』とか思っちゃったよ……」
ついつい、反射的に網野くんの発言に気を取られちゃってたその間に、ヒカリちゃんは何か作業を終えたらしい。
手を止めて、椅子ごとこちらに振り返る。
「ここ、これで、ビル管理スタッフに、きょ、今日はこの部屋使えないって、せせ『正式な』通知がいったのだだだ……!
つつ、つまり、す、スタッフがやって来ることもないぞ……!」
「それ――ここをアタシたちの拠点として、完全にキープしたってことですか?
端末をハッキングして?」
ルコちゃんが目を丸くしながら、ケーブルで繋がれたノートPCを指差すと……。
ヒカリちゃんは、いひひ、と不気味に可愛く笑う。
そんなヒカリちゃんが、改めて説明してくれたところによると――。
どうやら、そもそもこの〈フリー・アーバ〉の建設自体に、摩天楼家も関わっていたみたいで……完成間際に一度おじさんに連れて来られた際、ヒカリちゃんは密かに、ビルの管理システムのデータ内に、自分用の〈管理者ID〉を潜ませたらしい。
だから、こうして管理システムに直に接続して、そのときのIDパスを通せば、正式な操作としてある程度のことはカンタンに出来るのだそうだ。
さらに――すでにIDを通して『内部に入り込んでいる』形なので、その気になれば、『正式でない』操作をするのも、外部からハッキングをかけるよりずっとラク、とのこと。
ちなみに、なんでまたそんなマネをやらかしていたのかと理由を聞けば――。
今日のパーティーのようなイベントごとに嫌々連れて来られることになったとき、何とかして人前に出ずに逃げ回るためだった――って言うから恐れ入る。
動機は完全に子供(当時、ヒカリちゃんは小学生だからある意味当然だけど)なのに、そのための手段が大人顔負けで……ある意味、この子らしいと言えばこの子らしい。
まあ、あの優しいおじさんとおばさんが、嫌がるヒカリちゃんをムリに連れ出す――なんてことは、まずありえないんだけど。
「会長、なんだかんだで書類仕事とか早いし正確だし……それに生徒会室の〈奥の院〉見れば、PCの扱いとデータ処理的なことが得意なんだってぐらい分かってましたけど……。
まさか、これほどとは思いませんでしたよ」
ルコちゃんの嘆息に、わたしも合わせて大きくタメ息をつく。
「……そっか、ルコちゃんたちは知らないんだっけ。
まあ、わたしもついつい忘れがちなんだけど……実はヒカリちゃんってさ、たまにお父さんの仕事を手伝うこともあるぐらいなんだよね。
――そう。医療機器の制御プログラムとかの」
「「 ……マジですか…… 」」
「フッ……素晴らしい。
さすがはボクのお嬢サマだよ、ヒカリくん……っ!」
「ひぅっ!? じゃじゃ、邪神障壁ぃっ!」
華麗な動きでキラキラ美顔を近付けるユーリを、いつものごとくぬいぐるみ――は無いので、ダゴンちゃまリュックでぐいぐい押し返すヒカリちゃん。
「とと、とにかく……!
こ、これで、お、オフィスエリアの、防犯カメラ映像とか、電子ロックとか……か、管理システムが関わる事柄は、わ、わちしが掌握したのだ……!
だだ、だからここから、わ、我が邪神の神託的に、調査のサポートが出来るのだだだ……!」
「――待って、ヒカリちゃん。
それはいいんだけど、パーティーへの出席はどうするの?
一応、ここに来た名目はそれなんだし……おじさんやおばさんも、いつもはこういう社交の場を嫌がるヒカリちゃんが自分から出てみるっていうから、こうしてわたしたち付き添いも含めての参加申請を出してくれたんでしょう?
さすがに、ずっとここに引きこもってるわけにはいかないんじゃない?」
わたしがそう疑問を投げかけると――。
ヒカリちゃんは「そ、それなら――」と、PCを操作。
次の瞬間、モニターに、真っ暗な背景の中たたずむ、1人の女の子が映る。
――ヒカリちゃんだ。
あ、いや、ダゴンちゃまの被り物をしてるから……動画配信者〈D.ぷわん〉だ。
「きょ、今日はひとまず、ぱ、パーティーには動画で降臨って……ぱ、パパとママにも許可を取ってあるのだ。
ず、ズカたちには、そ、その配信儀式の手伝い、してもらってることにして」
ああ……なるほど。
おじさんたちからすれば、直接パーティーには出なくても、自主的にここまで来てくれただけで、まずはヒカリちゃんの社交性レベルアップと前向きに捉えてるわけか。
けど――。
「やっぱり、動画ででも出席するなら、こっちの手伝いなんて――」
言いながら……ふと、わたしは気付く。
……今モニターに映し出されてるってことは、この動画は、『既に撮ったもの』だ。
つまり――
「先に撮っておいた、パーティー用のそれっぽい動画を流す――ってこと?」
わたしの確認に、ヒカリちゃんはまた、いひひ、と笑った。
「い、一応、いくつかのパターンも、よ、用意してきたし――い、いざとなればこの場で、しゅ、修正ぐらいかけるしな……!
あ、あとは、さ、さっき控え室に寄ったときに撮った、へ、部屋の映像を合成して、背景にすればばば……」
言って、早速ヒカリちゃんがPCを操作すると――。
あっと言う間に、モニターの映像が修正され……いかにも、さっきの控え室で撮っているかのような形になる。
「ここ、これで、り、リアルタイムで撮影・配信してるみたいになるのだ……!
だ、だから、み、みんな、儀式で部屋に籠もってることになって、あ、アリバイも出来て……!
ちょ、調査の間いないのを、う、疑われることなく、動けるのだ……!」
リュックから取り出した、〈D.ぷわん〉なりきり用のダゴンちゃまの被り物を胸に抱いて――不気味に可愛く、上目遣いに。
うひひ、って――どことなくいつもより得意気に、ヒカリちゃんは笑った。
「こ、これぞ……!
『実はこっそり這い寄ってた邪神と眷属』大作戦なのだだだ……!」