第23話 勇者たち生徒会、天高くお高い〈自由の大樹〉へ!
生徒会室での作戦会議から、数日後の夕方――。
「はい、摩天楼 光さまと、そのお連れさま方ですね。
承っております――ようこそ、〈フリー・アーバ〉へ」
わたしたち、尾矢隅高校生徒会の面々にユーリを加えた一行は、複合高層ビル〈フリー・アーバ〉の案内ステーションで、受付のお姉さんから完璧な笑顔で出迎えられていた。
――超が付く一等地で、セキュリティとかもとんでもなくしっかりしてるだろう、〈フリー・アーバ〉のオフィスエリアにどうやって入り込むか……。
忍者のルコちゃんたちも頭を抱えるその問題に、ヒカリちゃんが提案した『良い方法』。
それは、今日――〈フリー・アーバ〉開業5周年記念のいわば前夜祭、オフィスエリアでの関係者限定パーティーに……。
その関係者の家族と友人として参加する許可を得て、正面から堂々と問題のエリアまで入り込もう――というものだった。
なぜそんなことが出来るのか、と言えば――そう。
医療機器の研究開発や販売を手がけているヒカリちゃんのパパの会社も、この〈フリー・アーバ〉にオフィスを持っている一流企業だからなのだ……!
で、そんなところのパーティーだから、ドレス用意しなきゃいけないんじゃないかと思いきや、ヒカリちゃんが「大丈夫」って言うし、おっかなびっくり学校の制服(ユーリはいつもの執事服)で来たわたしたちだけど……。
「どうぞ、素敵な時間をお過ごし下さいね」
そう笑顔で送り出してくれた受付のお姉さんいわく、制服でも構わないし、希望すればドレスの貸し出しなんかもしてくれるらしい。
「だだ、だから、大丈夫って言ったのだだだ……!」
身分証になるから、常に携帯しているようにとお姉さんに渡されたIDカードを弄びつつ……案内ステーションを出たところで、むー、と口を尖らせるヒカリちゃん。
「ゴメンゴメン、ヒカリちゃんを疑ってたわけじゃないけどさ……。
わたしたちド庶民は、『ホントに大丈夫?』ってなっちゃうんだよ」
「でもあのお姉さん、多分、穏香センパイのことは庶民と思ってませんよ?
明らかに、アタシたち相手のときより緊張してましたもん」
「え……マジで?
なんてこった……あんな接客のプロでもこの名前に騙されるのか……」
いつもの調子でお喋りしながら、わたしたちは〈フリー・アーバ〉のメインエントランスホールの方へ戻る。
――〈自由の大樹〉って名称は、ビルに限らず、この周辺一帯を指すものでもあるけれど……。
やはり中心となるのは、互いに繋がり合う3つの高層ビルのことで。
今わたしたちがいるのが、まさにその入り口である、A棟のメインエントランスだ。
周囲を見渡せば、天井も高く、磨き抜かれた大理石っぽい材質で作られた空間は――。
嫌味にならないよう控えめに、けれど細部まで手が込んだ装飾に彩られ……そう、近代的であると同時に、古代の神殿のような雰囲気も備えていて。
ド庶民の感覚で、一言で表せば……まあ、何て言うか――スゴい。
「館内案内によれば、最新鋭の機器を揃えたジムなんかもあるみたいですね……!
くっ、こんなときでなければ、筋肉以外を鍛えにいけるのに……!」
「うん……『最新鋭』に何か期待してるみたいだけど、超効率良く筋肉が鍛えられるだけだと思うよ……」
いかにもな発言をしている網野くんをいなしつつ、わたしも、古代の石碑のようでありながら、表面に高精細な映像を映し出す案内板(むしろ盤?)を覗き込む。
タッチ操作はもちろんのこと、音声にも対応してるし……QRコードでスマホに登録しておけば、地図表示だけじゃなく、現在地や時刻、施設の混雑状況から、案内や予約のサービスもこなしてくれるコンシェルジュ機能もあるらしい。
「……執事いらずだねえ」
「おお、そうしてボクの愛を試しているのだね、主クン……!
だが、ボクの、キミたち麗しき乙女への愛は無限……!
そうさ、汲めど尽きぬ泉の如く、いくらでも心を潤してあげるとも……!」
「むしろ溺れ死ぬからいらない」
こんな場所でも、キラキラとポーズを取るユーリを牽制しつつ――胸ポケットに挿した〈姫神咲〉を通じて念話で尋ねる。
(――で、ここ、〈霊脈〉の方は大丈夫なの?)
……本来なら不動のはずの大地の気の流れ、〈霊脈〉が一定周期で動くという、この広隅市の特異性。
それが関係しているのかは不明だけど、初めてクローリヒトと遭遇した場所がその〈霊脈〉の『要』なら――ユーリの調べたところ、この間のショッピングモールも、ちょうどあの日は同じく『要』だったらしい。
で、さすがにそう連続しているとなると、まさか今日まで――って気にもなるわけだけど……。
《ああ、問題無いよ。
今はもちろん、この数日、ここが『要』になることはないだろうね》
(そっか……オッケー)
まあ、だからって油断はしないようにしなきゃだけど――〈霊脈〉の穢れを利用した大規模な異変は起こしづらいってことだし。
取り敢えず、調査をするには良いタイミングってことかな。
「さて――と。
せっかく来たんだし、色々見て回りたいところだけど……そろそろ行こっか」
パーティー会場の多目的ホールも含めたオフィスエリアは、このA棟の上層らしい。
ルコちゃんたちは調査のための準備があるかもだし、現場の下見だってしておいた方がいいだろう。
――ってことで、時間的余裕はあるけど早いうちに上層にと、エレベーターホールへ向かおうとしたところで……。
「ん?…………んんんっ!!??」
行き交う人々の中に、見知った姿を見出したわたしは――思わず、ヘンな声を上げつつ立ち止まった。
でもって、それで向こうもこっちに気付いたらしく……。
「し、しーちゃん!?」
「え? 聖桜院さん?」
驚いた様子でこっちに近付いてきたのは――わたしたちと同じく制服姿の2人。
まさかこんなところでまた会うとは思いも寄らなかった、我が旧友、ちぃちゃんこと鈴守 千紗と、その彼氏の赤宮 裕真くんだった……!
「な、なんでまた、ちぃちゃんたちがこんなトコに?
高校生のデートには、ケッコーお高い場所なイメージだけど……」
「あ、うん、そうやねんけど……。
ほら、コレ。招待券もろたから、せっかくやし――って」
はにかみながらちぃちゃんが見せてくれた、スマホの電子チケットには、確かに〈フリー・アーバ B棟〉の文字が――って、んん? B棟……?
――ハッ!? ま、まさか……!
そのときわたしの脳裏に、天啓のように恐るべき想像が閃いた。
そ、そう言えば、さっきの案内板で見たけど……!
びび、B棟って言えば、メインの施設は、ほ、ホテルだったよッ!?
そそそ、そこに、恋人同士の2人が――ってことは、つつ、つ、つまり……!?
「まま、まさか、ちぃちゃん……!
だだだ、ダメダメ! まだ早い、まだ早いよ!?」
「え、え? そ、そうなん?
余裕持って、早いうちの方がええと思たんやけど……」
なな、な……なんですとぅっ!?
うああ……! わ、わたしの中のちぃちゃん像ががが……!
「穏香センパイ、穏香センパイ」
まさかの発言を受け、わたしの中の、天使なちぃちゃんのイメージ像が今にも音を立てて崩れ落ちんとする中――袖をちょちょいと引っ張ってきたのはルコちゃんだ。
この大事に何事かと思えば、彼女は無言で「よく見ろ」とばかりにちぃちゃんのスマホを指差していて……。
だから、B棟でしょっ!?
B棟の………………プラネタリウム?
………………。
「あ、あははは〜……うん、プラネタリウムね、そうだよねー!
い、いやあ、せっかくのデートなんだしさ、あ、あんまり早くに入るのも勿体ないんじゃないかなー? なんて!
ぎ、ギリギリまで、いろいろ見て回った方がいいんじゃないっ!?」
わたしの必死の苦し紛れの言い訳に――だけどちぃちゃんはまったく疑いもせずにうなずく。
ああ……やっぱりちぃちゃんは天使だったよ――どこぞのホンモノの天使よりも。
「ん〜……確かにそうやね。せっかくやもん。
――裕真くん、それでええかな?」
「もちろん。俺みたいなド庶民がこんなトコ来る機会、そうそうないしさ。
実は、探検したくてウズウズしてたんだよな〜」
子供っぽく笑いながら、ひたすら共感しかない庶民発言をする赤宮くん。
そんな2人のデートを邪魔するのも悪いし、わたしたちもやることがあるから――わたしたちはわたしたちでここに用事があることを告げ、B棟へ向かう2人と別れる。
「……にしても、穏香センパ〜イ……。
『妄想逞しい恋愛経験ゼロ乙女』が丸出しでしたよー?」
「しょ、しょーがないでしょ、実際ゼロなんだし……!
わ、わたしだってね、パパみたいにステキな男の子がいれば――!」
「そのお父さん大好きっ子発言もどうかと思いますよ?」
「べ、別におかしくないでしょ、家族なんだし!
これぐらい普通だよ普通!」
イタズラっぽく笑いながら、ここぞとばかりに弄ってくるルコちゃんを捌きつつ……エレベーターホールに向かおうとして、ふと気付けば。
「…………」
ヒカリちゃんが――珍しく1人で、ちぃちゃんたちが去って行った方を見たまま、立ち尽くしていた。
「……ヒカリちゃん? どうかしたの?」
「!? あ、ずず、ズカ……。
なな、なんでも……なんでもないのだ……!」
「……そう?
ん、それじゃ……行こっか」
わたしが手を差し出せば――おずおずと、ヒカリちゃんはその手を取って。
わたしたちはそのまま、みんなの後を追って歩き出した。