第22話 改めて、勇者たちは今後を話し合う
「テロリスト〈アガトン〉は、主に宝石や貴金属を扱う貿易会社の社員だったんですよ。
――表の顔は」
――放課後の尾矢隅高校生徒会室。
いつもの生徒会のメンツに、ヒカリちゃんに用がある――って名目で家人として学校へやってきたユーリも加えての、今後についての話し合いの場で。
長机の向かいに座るルコちゃんは、そう切り出した。
「妻もいて、仕事にもちゃんと取り組む――けれど目立った功績があるわけでもない、ごく普通の、穏やかでマジメな社会人。
仕事柄、長期の海外出張が多かったわけですが……その間に、そのごく普通の社会人は、アガトンとして活動していたようです。
……巧みに自らの存在は隠しながら、一種のカリスマとして人々を煽動する形で」
「確か、〈アガトン〉って名も、『善そのものやそれに拠る幸福』を意味するギリシャ語に由来する――だっけ?」
わたしがタメ息混じりに確認すると、ルコちゃんも呆れたような調子でうなずいた。
「アガトンの主張を要約しますと……。
人が誰しも備える、根源にして純粋な最も強いチカラは、欲望などの『悪徳』とされるものであり、それを抑制するからこそ人は歪んでしまったのだ――と。
だから、悪徳こそが人にとって真に善なるモノであり、それによってのみ、また真なる幸福も得られるのだ――とか。そんな感じでしょうか」
「なるほどねー……」
こうして聞く分には、誰がそんなバカげた話を信じるの、って感じだけど……。
実際に人を集めてテロを起こしてるわけだから、共感した人も多いんだろう――哀しいことだけど。
「で、そのまま徐々に活動の規模を拡大し、いずれ国際的にも危険な存在になるんじゃないかと警戒され始めた矢先――突然、アガトンは姿を消したんです。
それが、約15年前。
以後、彼に従っていたテロ組織も自然消滅したことで、地下に潜ったとかじゃなく、死んだと思われていたんですが――」
「今になって、その姿がこの広隅で確認された――そういうわけだね?」
いかにもカッコ通りの執事らしく、備品の電気ポットを使って煎れた紅茶をみんなに配っていたユーリが、最後にルコちゃんの前にカップを置きつつ、ムダに顔を近付けつつ問い直す。
しかしルコちゃんは、目前に迫ったキラキラに麗しいユーリの美顔にも動じることなく、やわらかく笑いながらお茶の礼を言い、うなずいた。
……うむう、さすがルコちゃん。
ユーリをああもあっさりいなすとは――やるな。
いや、これが忍者の実力か……?
――なんて、わたしがつい、しょーもないことに気を取られていると……網野くんがスマホを長机の上に差し出してきた。
「――広隅市富励駅前の防犯カメラの映像です。
で、そこに映っているのが――件のアガトン本人です」
深夜で人気の無い駅前を1人行く、スーツ姿で、ヒゲがなかなかにダンディなオジサマ。歳の頃は40前後ってぐらいだろうか。
少しやつれてるみたいにも見えるけど、雰囲気としては穏和そうというか、紳士っぽい。
……少なくとも、テロリストなんて感じは一切しない。当たり前かもだけど。
ただ――映り方が気になる。
この角度……そしてうっすら笑っているようにも見える表情。
もしかして、防犯カメラがあるのに気付いて、あえてそっちを見てる……?
なんか――いや、テロリストって言われたからかもだけど、イヤな感じがするな……。
「そう言えば――この人って結婚してたんでしょ?
奥さんはどうなったの?」
ふと湧き上がった疑問を口にすると――ルコちゃんは複雑そうな表情で一瞬網野くんと視線を交わし、小さく首を横に振った。
「海外出張中のアガトンが姿を消す少し前に、女の子を出産したんですが……それからすぐに病気で亡くなっています。
そもそもが世間の目を欺くための結婚で、奥さんはテロ活動には関係なかったでしょうから――残酷な事実を最期まで知らずにいられたのは、ある意味幸いだったのかも知れません」
「じゃあ、その産まれた女の子は……?」
「それこそ、テロ活動とは何の関係もないですからね。
やはりアガトンの正体など知る由も無い母親の知人に引き取られて、今は平和に過ごしているはずです。
……もっとも、未だにアガトンの教えを信奉している元部下などに利用されたりしないよう、それと分からない形で、護衛を兼ねた最低限の監視はついているようですけど」
「……そっか……」
産まれたのが15年ほど前ってことは、今はちょうどわたしたちと同年代か……。
ただそれだけのことだけど、何か身近なことに感じちゃうな……ホント、幸せに過ごしててくれればって思うよ。
「それで――結局、アガトンはどうして広隅に?」
「それなんですが……。
つい先日、かつてアガトンと繋がりがあったと疑われる人物が浮上しまして。
その人物が会社のオフィスを持っているのが、この広隅だったんですよ。
なので――もしかしたら、その人物とともに、広隅で何らかのテロを起こそうと画策しているのかも知れません」
「そこまで分かってるなら、警察にそのオフィスに踏み込んでもらうなりすればいいんじゃないの?」
「……あくまで『疑い』であって、確証がありませんからね。
それに、向こうも警察関係の動きには入念に網を張ってるでしょうし――ヘタなことをすると、クロだったとしても、事前に察知されて対応されかねません」
ルコちゃんの、いかにも専門家らしい答えに、それについては素人のわたしは唸るしかなかった。
少なくとも、この話だけだと、〈勇者〉のわたしが協力出来ることなんてロクになさそうだからね。
だけど――
「……昨日のモールの事件じゃ、何らかの『邪悪な意志』の影響下にある〈マガイクサ〉が、こちらの世界の銃器を使っていた。向こうの世界じゃそんなことなかったのに。
だからルコちゃんも、その『邪悪な意志』がアガトンの可能性もある――って、そう考えてるんだね?
アガトンがテロを起こすつもりだとして……それが、対処に〈勇者〉のチカラを必要とするようなものじゃないか――って」
「はい、そうです。
アガトンの姿が再び確認されるようになった途端に、こんな事件が起きたこと――。
そして、訓練された兵士のような、あの〈マガイクサ〉の動きと装備を見ていると――どうにも無関係とは思えなくて。
ただ……アガトンが超常的なチカラに詳しい、なんて情報はこれまで一切なかったので、この15年の間に彼自身がそういうチカラを何らかの経緯で手に入れたのか――それとも、チカラを持つ協力者を得たのか。
そこまでは分かりませんけど」
「ん〜、そっか……」
わたしも、昨日ルコちゃんたちの話を聞いて、その可能性には思い至っていたから……素直にうなずく。
「そうなると、あのクローリヒトとどう繋がりがあるのか、ってとこだけど……。
さっきのアガトンを見る限り、背格好としてはちょうど合ってるんだよね。
だから、もしアガトンがクローリヒトの正体だとすると――自分を世の中を救う〈勇者〉だって良いように言ってたり、事件の現場に居合わせたりと、辻褄も合うんだ。
ただ――」
そんなことを言いながらわたしが思い出すのは、昨日戦ったクローリヒトの姿と、その雰囲気――そう、どう考えても状況的にアヤしいのに、なぜか犯人とも思えない、あのときの感覚だ。
「うーん……背格好がピッタリって言っても、そもそも男性で170cm前後ってそれなりに多いと思うし……。
それにクローリヒトの声、どう考えてもオジサンってより若者だったんだよねえ……」
どうにも説明しづらい感覚を言葉にするよりは、と、違和感を別の形で語ってみるけど……。
声なんて、わたしも変身時に認識阻害の魔法に頼ってるように、誤魔化す方法なんていくらでもあるだろうから――結局、どっちにしても中途半端な言葉になってしまった。
「ともかく……今、諸々に関係がありそうで、そして出来ることは――。
ルコちゃんが言った、アガトンとの繋がりを疑われる人物を調べること――それも、警察とかとは関係なく、目を付けられてないわたしたちで独自に、ってことか」
わたしが、ルコちゃんに視線を向けると――。
当の本人は、なぜか困ったような表情をしていた。
「そうなんです。なんですけど……。
その人物のオフィスが、少々面倒なところにありまして――」
「……面倒なところ?」
「広隅の端、富励に数年前に建てられたばかりの複合高層ビル――知ってますよね?」
「ああ、〈フリー・アーバ〉?
そりゃね。わたしはまだ行ったことないけど……」
……富励という地名から取られた、通称〈自由の大樹〉と呼ばれる複合高層ビル。
厳密には1つのビルじゃなく、3つ並んで相互に繋がった高層ビルと、その周辺の公園や、ビル内部の美術館映画館ショッピングモールに超が付く高級ホテルといった、様々な施設も含めた一帯のエリアそのものの名称だ。
立地的に広隅市の中心からは離れてるけど、その分むしろ東京都心には近い、オフィス街の富励でも、いわば特に高級な――って。
「まさか、〈フリー・アーバ〉内のオフィスエリアっ!?」
思わず上げたわたしの大声に、ルコちゃんたちは一様にうなずく。
……なるほどねー……。
あんな最新の設備が整った超一等地となると、調べるどころか近付くのも一苦労、ってわけか……。
うーむむむ……。
「ふ、〈フリー・アーバ〉の、おお、オフィスエリアなら……」
わたしとルコちゃんたちが、同じように唸っていると――。
これまでじっと黙って話を聞いていたヒカリちゃんが、おずおずと小さく手を挙げた。
「は、入るのに、わちしに、いい、良い考えがあるのだだだ……!」