幕間 仏座薫子は思案する
危険なテロリストが相手なら、それこそあなたたちを放っておくわけにはいかないよ――。
アタシの提案に、結局、穏香センパイはそう快く協力を約束してくれて。
その後も、少しお喋りしてから、穏香センパイと会長が帰って――1時間ぐらい。
アタシとタンパクは、まだファミレス〈ガス灯〉にいた。
センパイたちに告げた残る理由は、『ここで晩ゴハンも済ませていくから』で……実際半分はその通りに、アタシたちはお互い、それなりにガッツリしたモノを注文して、お腹を満たした。
でも、そう、半分――ってことは、もう1つ理由があるわけで。
「さて……今日の事件のこと、どう報告しよっかなあ……」
アタシは、ドリンクバーで新しく入れてきたコーラを、ストローでずずーっと吸い上げながら……頬杖突いて、むう、と唸る。
「しかし薫子、お前またコーラか……。
いいかげん、骨が溶けるぞ?」
「いや溶けないし。つか何だその理論、昭和か!
もう……いーでしょ、好きなんだから」
「その点、野菜ジュースはいいぞ……!
プロテインを入れればさらに美味く、何より筋肉以外にも良い……!」
「話聞けっての!
てか、だからアンタは脳ミソまで筋肉なんでしょーが……」
グラスになみなみ注いだ野菜ジュースに、嬉々として自前のプロテインをふりかけてかき混ぜているタンパクをウンザリしつつ見やりながら……アタシはもう一度タメ息をついた。
ただ、まあ……こんなおバカでも、アタシにとっては大事な相棒だ。
……アタシとタンパクは、忍者としては同じ一派の出だけど、それぞれの家で重視して受け継いできたことが違う。
アタシの仏座家はいわば技術屋で、各種道具・装備の開発やら調整、その効果的な使用に重点を――。
対してタンパクの網野家は、身体を使っての忍のワザに重きを置いてきた。
そして、そうした家柄をそのまま極端に体現するカタチになってしまったのが、アタシとタンパクってわけで。
そんなだから、アタシとタンパクに修行をつけてくれた教官や、先輩忍者からは、アタシたちは2人揃って一人前だと言われ続けて――悔しいけど、今はまだその通りだった。
この広隅には、同い年なのに、もう一人前として仕事を受けている子もいるって聞くし……アタシたちも、早く見習いを卒業したいんだけどね。
「取り敢えず、報告についてはいつも通り――薫子、お前に任せる」
「だろうと思った。
でもま、今回は特に、いろいろデリケートだしね……しょーがないか」
予想通りのタンパクの発言に、ストロー咥えつつうなずくアタシ。
そうして、また思考をアレコレ巡らせていると……まっすぐこちらへ近付く足音が。
ヒールの音、そして歩幅、リズム――。
見なくても分かる、間違いない。
アタシたちが残った、もう一つの理由――『待ち人』の到来だ。
「お待たせ。それに、お疲れさま。
――2人とも、今日はなかなか大変だったみたいじゃない?」
現れたのは、スーツ姿でメガネの、20代半ばぐらいのお姉さん。
保険会社のOLさん――とは、オモテの顔で。
その正体は、アタシたちと同じ一派の忍者にして、見習いのアタシたちのお目付役でもある――直芝 志保実さん。
まだ見習いのアタシたちは、こうしてお目付役の人に直接、定期的に活動内容を『報告』する義務があるのだ。
「やっぱり、もう知れちゃってますかー」
アタシは、自分が座っていた場所を直芝さんに譲ると、その向かい――タンパクの隣に移る。
「……と言っても、私が得た情報なんて大したものじゃないわよ。
実際に現場に居合わせたキミたちに比べれば、ね」
テーブルのタブレットで手早くドリンクバーだけ注文してすぐ、一度席を立ち、オレンジジュースのグラスを手に戻ってくる直芝さん。
「それじゃあ――キミたちが見聞きした今日の事件のこと、報告してくれる?」
――来た。
さて、何をどう話すべきかな……。
一番のポイントは、『穏香センパイの正体』をバラすかどうかだ。
ハッキリ言って、まだ見習いでしかないアタシたちだ――見知ったことについて勝手に判断せず、ひとまずはすべて話すのが正解だろう。
そもそも、今日のモールでの事件は、ただの火事じゃなく『超常的な出来事』なんだから。
犯人じゃないにしても、完全な無関係とも思えない〈勇者〉って存在なんて、それこそ、いの一番に報告して然るべきってものだ。
だけど――アタシたちは、穏香センパイと『お互いの正体は秘密』って約束を交わした。
その上で、改めてお互いに協力しようって決めたんだ。
アタシたちは、任務第一の忍者、それもまだ見習いだけど――。
結果としてアタシたちを助けてくれた恩人でもある、穏香センパイとの約束を反故にするような不義理はしたくない。
それは――アタシたち自身のプライドだから。
ただ、そうなると――やっぱり〈勇者〉を名乗っていたらしい、クローリヒトとかいう存在のことも話せなくなる。
穏香センパイも気にしてたし、出来れば直芝さんが何か知ってるか、聞いてみたいところだったけど……。
何せ、この人鋭いからなあ……ヘタに話すと、そこから穏香センパイのことまで勘付かれかねないし。
――と、そんな風に方向性を決めたアタシは……。
穏香センパイのことや、センパイから聞いた話は伏せて――火事の煙と思われたものが、体感としてどうやらそうではなさそうだったことや、黒い影のようなバケモノが湧いて出て、襲われたことだけを直芝さんに報告した。
もちろんバケモノについては、センパイたちを逃がした後、アタシたちだけが遭遇した――って脚色を加えて。
でなきゃ、アタシたちがタダの高校生じゃないって知られたことがバレちゃうしね。
「……なるほどね……火事と思いきや火の気はゼロ。
何らかのガスが充満したのかと思いきや、それらしい化学的な痕跡もナシ――。
やっぱり、『そっち系』の事件だったか」
バケモノが出たとか、トンデモな話なのに――さすがというか、特に驚くこともなく、ちょっと難しい顔をしながらもうなずく直芝さん。
「それが分かっただけでも収穫だわ。ありがとう。
――にしても、ホントよく頑張ったわね、キミたち。
そのテのバケモノって、普通の銃弾や刀はロクに効かないから、苦労したでしょう?」
「ええ……俺の筋肉以外が、あそこまで通用しないとは……!」
「いや、アンタはいつも筋肉しか役に立ってないでしょが」
タンパクのいつも通りの答えに、アタシも反射的にいつも通りのツッコミを入れる。
その様子を、苦笑しつつ見ていた直芝さんが――けれども次の瞬間、眼光鋭く問いかけてくる。
「それで――。
今日のこの事件、『あの娘』に関係あると思う?」
「…………。
正直言って、確証なんてありません。
でも――」
「……そうね。〈アガトン〉と超常系との繋がりは情報に無いけど――身近でこんな事件が起こったとなると、楽観的でいるよりは関係を疑っておく方がいいでしょうね。
――いいわ、分かった。
また同じような事件に巻き込まれるかも知れないんだし……早急に、あのテのバケモノにもそれなりに通用する装備を手配して、キミたちのところに届けさせるわ」
「ありがとうございます、助かります!」
アタシたちが揃って頭を下げると――直芝さんは小さくタメ息をついた。
「……本音を言えば、この数日の状況の変化を考えても、今日のことで『もうムリです』って――今の任務から手を引くつもりになってくれれば、って思ってたんだけどね。
キミたちの身の安全のためにも」
「手を引くとか、そもそも考えにないですよ。
だって――」
アタシとタンパクは、軽く一度視線を合わせた。
「アタシたち、尾矢隅高校生徒会の一員なんですから。
任務から手を引くってなれば、そっちもやめなきゃじゃないですか。
それに――」
「まだ見習いとはいえ、オレたちも人々の平和を陰から守る忍者ですので!」
アタシの言葉を継いで語るタンパク。
その様子に、直芝さんはますます深いタメ息をつく。
「……忍者なんてやるより、フツーに高校生やってる方がよっぽど有意義だと思うんだけどなあ……」
「直芝さん、忍者やるのイヤなんですか?」
「そりゃイヤでしょ……。
だーって、このご時世に〈忍者〉だなんてさー……時代錯誤もいいとこだよホント。
収入に比べて仕事は超過酷だし……やってられないっての!」
そう言い切るや否や、ヤケ酒みたいにオレンジジュースをぐいーっと呷る直芝さん。
……な、なんかグチっぽいけど、イヤなことでもあったのかなあ……。
だいたい、そんなこと言いながらも、仕事はキチッとこなすんだよねこの人。
「――とにかく!」
ダン、とカラになったグラスを勢いよくテーブルに叩き付け、直芝さんはアタシたちを交互に見やると――。
バッグから薄い紙束を出し、アタシたちの前に置く。
一見、手製の日本史の問題集みたいに見えるけど――アタシたち一派の解読法を使えば『情報』が出てくる、暗号文だ。
「現在の状況からしても、キミたちが知っておくべきと判断した、〈アガトン〉に関する新しい情報はこうして提供するけど――。
見習い卒業のためであれ、正義感のためであれ……くれぐれも、先走った無茶な大物狙いなんて考えないように。
それと、もし危険を感じる状況になったら――躊躇無く、緊急回線で援護を要請すること。いいわね?」
「「 はい、分かってます! 」」
「返事だけはいいんだから……。
分かってるわね? キミたちの本来の任務は――」
クギを刺すように、アタシたちを見ながら――直芝さんは、テーブルをトンと指で打った。
「テロリスト〈アガトン〉の娘、摩天楼家の養女、光の監視と護衛――。
あくまで、それだけなんだから」