第19話 再激突! 桜の勇者と黒の剣士、軍配はどちらに?
……覇気を纏い、対峙するクローリヒト。
対するわたしもまた、内なる〈勇者のチカラ〉を闘気として高め――。
わたしたちは互いに、弓を限界まで引き絞るように、自らの愛剣を深く静かに構える。
そして――
「「 ふっ――! 」」
同時にもらした、僅かな呼気を合図に。
わたしたち自身が放たれた矢のごとく、一直線に襲いかかり――火花を散らしてすれ違う。
――その間に、斬り結ぶこと3合。
3合目の火花が、衝撃が、まだ空に残り、散りきっていないそこへ――
反転して、再び交差しつつ3合を打ち合い。
さらに、起こるはずの現象を追い越す勢いで、2度3度と剣撃を重ね合うわたしたち。
それら『現象』が追い付くのは――いや、実際には違うんだろうけど、そんな風に感じるほどに深く集中していた意識が引き戻されたのは。
わたしたちの剣が真っ正面からぶつかり合い、ようやく、互いに動きを止めたときだった。
「……良いウデしてるよ、お前。想像以上に……!
なあ――バカなことはやめて、もう一度、考え直したらどうだ……!?」
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ……!
あと――!」
鍔迫り合いの状態から、おもむろに土手っ腹を蹴り飛ばしてやる。
向こうも即座にヒザを入れて防御したから、直撃じゃないけど――互いにその勢いを利用して距離を取り、仕切り直しのような形になった。
「お前、じゃない! わたしはカノン!!
その鳥頭にしっかり刻み込んでおきなさい!」
「……分かった。
じゃあ、改めて――いくぜ、カノン!!」
ご丁寧にそう宣言してから――クローリヒトは大上段から剣を振り下ろし、闘気による衝撃波を撃ち出してくる。
かと思いきや、それにほぼ同時に重なるように、神速の突進突きも繰り出してきて――!
「ぅぅらああっ!!」
対してわたしもサクラメントに闘気を込め、衝撃波もクローリヒト自身も、まとめて弾き飛ばす勢いで思い切り薙ぎ払う!
――ギィィィィンッ!!
衝撃波は霧散するも、クローリヒトの剣は、切っ先の一点でサクラメントと拮抗する。
そこにわたしは、柄から手を離し、踊るように身を翻しつつ――振り袖を巻き付けて剣は保持しつつの後ろ回し蹴りで、サクラメントにさらなる勢いを叩き込んだ。
それで一気に向こうの剣をはね除け、さらにもう一回転しながら剣を掴み直し、薙ぎ払いを放つも――。
クローリヒトもまた、剣が弾かれた勢いのままに身体を切り返し、真っ向からわたしの剣を受け止める。
いや――ただ止めただけじゃない、これって……!
剣の軌道、踏み込み、そしてサクラメントを受け止めた後の手首の返し――前の戦いのときの記憶が瞬間的に脳裏に甦る。
そして、そこから繋がるのが、上下左右からほぼ同時に繰り出される超高速連撃だと理解したわたしは――。
……そのすべてを捌いて、反撃に繋げる――!
むしろ好機と見て、サクラメントを握り直しつつ――意識を集中して、相手のリズムに同調しようとする。
あのワザを受けたのは、この間の1度きり――だけど、そのリズムを完全に読み切る自信はあった。
ほぼ同時なほどのタイミングで襲い来るワザだからこそ、逆に狂いが無いからだ。
ハイレベルに集中した意識は、時間の流れそのものを押さえ込んでいるかのようにすら感じる。
刃がぶつかり合って生まれる火花、その一つ一つが、宙に散りゆくさますら目で追えるほどで――!
――いける……!
そう確信した、一瞬にもはるかに満たない微かな瞬間。
「!!??」
わたしが動くよりも先に、強烈な衝撃とともに、サクラメントが大きく跳ね上げられた。
相手の動きが全く見えなかった。
完全に虚を衝かれた――けど、何が起こったのかは即座に理解した。
……クローリヒトが放ったのは、4連撃じゃなかったんだ。
上下の2連撃だけ。
ただ、それを――そう、敢えて2撃に抑えることで、火花の動きすら追えていたほどのわたしの集中をも凌駕する、圧倒的な速度で繰り出したのだ。
それも、わたし自身じゃなく、サクラメントだけを狙って。
そして驚愕の中、残像すら追えないほどの斬撃を放ったクローリヒトに……わたしは。
以前とはまるで別人のような空気を感じていた。
彼が纏うのは、驚異的なまでの、文字通りの覇気だ。
けれどそれは、どこかひたすらに静かで、涼やかで。
そこには殺気が一切無いのに、そんなものよりずっと大きく、ひたすらに強く感じて。
そうだ。そんなの、まるで――
「――ッ!!」
頭に浮かぶ、彼を表するその単語を、意識が掴むよりも早く。
わたしの戦士としての本能が、衝撃で手を離れるサクラメントの鍔を掴み――散弾銃を抜きざま、銃口を突きつける。
その存在を完全に忘れていたのか、虚を衝かれたらしいクローリヒトの、こちらも剣だけを狙って一気に3連射。
至近距離で嵐のごとく襲いかかる闘気の散弾に、クローリヒトもたまらず剣を手放し――。
……違う! わざとだ!
勢いに負けたんじゃない、わたしの狙いを知ると同時に、防御して動きを止められるよりも、自分から捨てることを選んで……!
「っぶねーだろ!」
そのまま銃身をかいくぐりつつ、掌底打でテスタメントを弾くクローリヒト。
わたしもまた、その衝撃に身体が持っていかれる前に潔くテスタメントを捨て――。
「「 ぅぅらああああ!! 」」
互いに徒手空拳になったわたしたちは、至近距離で激しく拳を打ち合わせつつ、さらに距離を縮め――。
「「 歯ぁ――食いしばれぇぇッ!! 」」
お互いが、お互いの拳を外に弾いたところで。
前進の勢いのまま振りかぶった頭と頭を――額と額を、思いッ切りぶつけ合う!
「「 ――ッッ!! 」」
その凄まじいまでの衝撃に、目の奥に火花どころか、閃光が激しくちらつく。
一瞬、意識が飛びそうになるも、何とか堪えて――負けじと、そのまま額を押し付け合う。
お互いに、角を突き合わせて争う動物のように。
「マジかよ……! 俺の頭突きと渡り合うなんてな……!
大した根性してるじゃないか、カノン……!」
「あなたもね……! みっともなく目を回してブッ倒れると思ってたのに……!
――てかさ、その仮面は反則じゃない――のッ!」
わたしたちは、示し合わせたように互いを突き飛ばす形で離れ、勢いのままバク転――距離を取ったところで、落ちてきた互いの剣を掴み取る。
そうして、額が少し裂けていたんだろう、伝い落ちてきた血を――わたしは高揚感のままにペロリと舐めた。
……そう、高揚感だ。間違いない。
わたしはいつの間にか、この戦いに――怒りや使命感を超えた、アツさを感じていたんだ。
純粋に、強敵と戦うことへの魂の昂ぶりを。
まるで、同門のライバルと競い合い、高め合うかのような――。
「おーい!! そっち、誰かいるのかー!? 大丈夫かあーっ!?」
――そのとき。
唐突に場に割り込んで来た大声に、わたしたちは揃って大きく飛び退いた。
気付けば、あれほど濃かった周囲の瘴気が、随分と薄らいでいて――きっと警察や消防の人だろう、多くの足音や声が近付いてきているのが分かる。
――これは……潮時、ってやつみたいだね……。
まさか、この上さらに一般人を巻き込んで戦おうなんて思ってないよね――と、一抹の不安を胸にクローリヒトを見やるけど。
「どうやら……ここまで、みたいだな」
向こうもわたしと同じ考えのようで、構えを解くとともに――さらに後方の通路へと飛び退く。
「みたいね。悔しいけど。
でも――きっと、近いうちにまた会うことになる」
「……だろうな。
この勝負は、それまでお預けだ――カノン」
もう忘れない、とばかりに、今一度わたしの名を繰り返してから――。
クローリヒトは素早く、通路の奥へと姿を消した。
その後ろ姿を見送り、落ちていたテスタメントを拾いあげて格納してから……わたしもまた逆方向の、人の気配の無い通路の方へ。
「……クローリヒト、あなたは……」
そうして、戦いの最中に感じたモノを思い返して――再度、振り返る。
わたしもユーリも、最初、彼に感じたのはマガトダイモンに似た気配だった。
だからこそ、今回の事態を引き起こしたのも彼に間違いないと思った。
けれど、さっき……あの戦いの中の一瞬。
わたしが、彼という人物を表するに相応しいと思い至ったのは――間違いなく。
そう、間違いなく――〈勇者〉って言葉だったんだ。