第18話 勇者は、黒い剣士の企みを垣間見る
クローリヒト――やっぱり、コイツの仕業か……!
こちらに背を向けたクローリヒトは、まるでわたしに気付いていないかのようだ。
でも、さっき瘴気に浮かんだ、わたしを誘うかのような人影の様子からすれば、そんなはずはないわけで――。
つまり何? 余裕かましてるってこと?
そうして、この騒ぎは俺の仕業だ――的なことを、大ゲサに芝居がかって主張したいとか?
……何それ、ムっカつく……!
この騒ぎのせいで、危うくパニックになった人たちが大変なことになるところだったのに。
しずくちゃんは上手く助けられたから良かったけど、一つ間違えたら、それにちぃちゃんや赤宮くんまで巻き込まれてたかも知れないのに。
それに――マガイクサ。
あんなモノまで出たことで、ヒカリちゃんや後輩たちまで危険にさらされたのに――!
クローリヒトが、何を目的にこんな――モールを瘴気で包み、混乱を引き起こす――なんてことをしたのかは分からない。
でも、それが『良いこと』じゃないのは、どう見たって明らかで――。
考えるほどにふつふつと怒りが込み上げて、わたしは――剛剣〈聖散ノ桜〉を握り直す。
そう言えば前、初めて会ったときは……対話から入ろうとしたわたしに、思いッ切り問答無用の不意打ち仕掛けてくれたんだよねコイツってば。
――ってわけで、容赦はナシだ……!
誘っておいて余裕かましてるってのならちょうどいい――。
いきなりのキツ〜い1発でその自信をぶち壊して、こんなふざけたマネやらかした反省までさせてあげようじゃない!
わたしは、すぅっと小さく息を吸うと――。
「クローリヒトおぉぉーーッ!!」
最低限の礼儀として、完全な奇襲じゃなく名前は呼んであげてから――。
振り返るクローリヒトに、一息に飛びかかり――思いッ切り、大上段からサクラメントを叩き下ろす!
「――っ!」
その一撃でブッ飛ばされてくれたら楽だったけど、さすがにそんなわけもなく――。
クローリヒトは長剣でサクラメントを受け止めた。
「っ、何だお前!? いきなり過激な挨拶だな――っ!?」
「挨拶で済ませる気もないから――ねっ!」
瞬間、サクラメントから手を離して宙で一回転、刀身をカカト落としで一気に押し込むも――。
その勢いにムリに逆らうことなく、受け流すように自然にクローリヒトは後方へ退がる。
「くっ……!」
分かってたことだけど……やっぱりコイツ、巧い。
単純な能力の高さよりも、戦闘中に生まれる一瞬の要所――些細な、でも重要な、そういうポイントでの『対処』が抜群に巧い。
本人のセンスってのもあるだろうけど、この場合、何よりモノを言うのは『経験値』だ。
まったく、これほどのレベルに至るまで、どれだけの戦いを経験してきたのか――。
……これでマトモな人間なら、それこそ『良い相手に出会えたかも!』な、恋に繋がるハプニングだって喜べたかも知れないけどね……!
実際は、何か良からぬコトを企んでる、見た目からしてのまんま悪党ときたモンだ。
イイ感じの出会いと思った赤宮くんはちぃちゃんの彼氏だし――ホント、自分の男運の無さについ、ムカつきレベルが上がっちゃいそうだよ……!
「取り敢えずクローリヒト、あなたをこのまま放っておくわけにはいかないからね――。
今日、ここで決着を付ける!」
「おい、ちょっと待てって! どっかの誰かさんよ!
まずは話し合いから入ろうって気は――」
……ムカ。
おいおい、話し合いから――って、アンタがそれを言うか?
それに何? どっかの誰か――って、わたしなんて眼中にないってこと?
それとも、ワザとわたしの怒りを買おうとしてるの?
まあそりゃあね、前のときは、わたしの名乗りなんて聞いちゃいないって勢いで襲ってきたしね?
どっちにしろ――
「ナメるなっての!!」
激情のまま地を蹴って飛びかかり――でも冷静に、向こうのスキを見極めながらの、連続斬撃を繰り出す。
「くっそ、マジかよ――!」
わたしも手を抜いてるわけじゃないけど、それをことごとく捌くクローリヒト。
ただ――前は対話から入ろうとしたわたしが、ここまで攻めで来るとは思ってなかったのか。
戸惑うというか、その動きには前ほどのキレがないようにも感じる。
……いや、感じっていうと、前とはそのチカラの感じも微妙に違うような……。
まだ本気になってないだけ?
それともまさか、この瘴気やらの騒動を起こすのに、チカラを消費してるとか……?
まあいいよ。
どっちにしても、それならそれで、このまま押し切るまで――!
「観念しなさいッ!!」
防戦一方のクローリヒトは、ヒザ蹴りの勢いを加えて斬り上げたサクラメントを、真っ向から受け止め――そのまま鍔迫り合いに。
並々ならぬチカラを備えた互いの剣が、激しくも美しい火花を散らす。
その最中――
「まさか……!? そうか、お前……!
もしかして、あの『鏡』を――!」
クローリヒトが呟いた言葉に、わたしはハッとなった。
鏡――?
今コイツ、『鏡』って言った……!?
瞬間、脳裏に連想されるのは――異世界〈麗原ノ慧殿〉で〈宝鏡〉とだけ呼ばれていた、恐ろしいまでのチカラを秘めた鏡のこと。
それは、カガミという響きが〈化神〉――即ち『神にも等しいモノ』という意味に通ずる、とすら言われていたほどで。
事実、その大いなるチカラの一つである『異なる世界を繋ぐ門となる』ことを利用して、わたしはこっちの世界に帰ってきたんだけど――。
その〈宝鏡〉を闇に染め、自らのチカラとして利用していたのが……わたしが倒した最凶の魔神〈禍屠大門〉だった。
そして――今の、この事態。
マガトダイモンのそれに似通った瘴気の発生――。
ユーリもわたしもクローリヒトのチカラに感じた、マガトダイモンに近しい気配――。
(ユーリ、まさか……!)
《……そうだね。
信じ難いことだけれど……可能性としてなくはない。
いや、この状況からすれば――ある、と。そう言うべきか》
ユーリが、真剣な声音でわたしの推測を肯定する。
そう――。
あのとき〈宝鏡〉は、ただ『わたしをこっちの世界に送った』わけじゃなく。
わたしと一緒に『こっちの世界に渡っていた』んじゃないか、って――!
そして、こちらに現れた〈宝鏡〉を――邪悪な意志による影響が残っていたかも知れないそのチカラを、クローリヒトが利用しているんだとすれば……辻褄が合う!
「そういうことね……! やっと分かった……!
でも、おあいにくさま――!
あの鏡は、あなたみたいなのが手にしていいモノじゃないんだから!」
「! そういうことかよ、なるほどな……!
なら――!」
向こうがそう呟いた、次の瞬間――。
いきなり、鍔迫り合いで競り合っていたはずの力が消え失せる。
それは、このわたしが、一瞬、何が起こったのかの理解が追い付かないぐらいに。
こちらの呼吸に、そして力の流れに完全に合わせて、ここしかないというタイミングでクローリヒトが剣を退いたからで――。
「――っ!」
とっさに、一人相撲になって体勢が崩れるよりはと、残る勢いのままサクラメントを身体で弾き出し、牽制の斬撃に繋げようとするも――。
クローリヒトはそれすら予見していたとばかり、退いたばかりの剣の柄頭で、先にサクラメントの刀身を外にはね除け――。
身を翻しつつ空いた懐に飛び込んで来るや否や、そのまま背中からの体当たりをぶちかましてくる!
かろうじて振り袖を巻いた左腕を挟み込んで防ぎつつ、素早く後方に跳んだお陰で、何とか直撃は避けられたものの……。
並みの鎧よりもはるかに高い防御性能を誇る、この振り袖越しでなお、腕に痺れが走るほどだった。
「遠慮はいらない、ってわけだ――。
細かい質問は後回しにして、まずはガツンといかせてもらうぜ?」
ゆっくりと、改めてこちらを振り返るクローリヒト。
その全身からは、これまでと一転して、静かな――けれどわたしですらゾクリとするほどの、圧倒的な覇気が放たれていて――!
どうやら……ようやく、本気モードってことみたいだね……!