それならもう勇者しかない
――聖桜院 穏香。それがわたしの名前。
どこの名家のお嬢サマだ、って感じのやたら仰々しい名字だけど、実際はド庶民の高校2年生だ。
尊敬出来るステキな男性とステキな恋をして、平和で明るい家庭を築くこと――。
それが人生設計っていうか小さい頃からの夢の、恋に恋する普通の乙女である。
「そんな乙女に、ビル1つくらい一刀両断出来る〈勇者〉のチカラなんている?
いらないよね?」
でも、わたしがそんな『普通の』女子高生だったのは、つい先日まで。
この夏休みの最終盤、どういうわけだか、とある異世界に召喚されたわたしは〈勇者〉になってその世界を救い……。
そして〈勇者〉のチカラを備えたまま、日本に戻ってきてしまったのだった。
「こっちに戻ってきたら、こんなチカラ、キレイに消えてなくなると思ってたのに……」
ただいらないどころか、余計な厄介事引っ張り込みそうでジャマなぐらいだ。
でも、何せ『チカラ』だから、いらないってあっさり捨てられるものでもない。
だから、どうにかして普通の女子高生に戻れないかって、このチカラを消す方法を模索することになったんだけど。
「……なら――そうだね。
この上さらに経験を積んでチカラを増す、というテはどうだい、主クン?」
部屋のテーブルを挟んで座るユーリが出した提案に、当然わたしは首を傾げる。
わたしの相談に答えたのは、異世界で〈勇者〉のサポートを任された天使。
その名も〈仕天使・ユリエンノミコト〉……なので、ユーリと呼んでいる。
わたしの能力やアイテム管理をしてくれる、執事姿という見た目通りな役割の、いわば『生体メニューさん』て感じだ。
「どゆこと? もうちょっと〈勇者〉のチカラが強くなったら、そのチカラすべてと引き換えに、すんごい奇跡を起こすような魔法を修得出来る、とか?」
「あいにくと、そんな都合の良い魔法はボクの知る限り存在しないね。
そうじゃなくて……フム、言うなれば、『限界まで膨らんだ風船をさらに膨らませてみよう』って感じかな――」
そう前置きして、ユーリは言いたかったことを詳しく説明してくれた。
そもそも、わたしのチカラは、普通に『鍛えた』モノとは少し違う。
ある意味それこそゲームとかに近くて、言うなれば一定の『経験』と引き換えに、天使たるユーリがわたしの中の〈勇者〉のチカラを成長させる――そんなカタチになっている。
だからぶっちゃけ、感覚としては『一定の経験値貯まったらレベルアップ』だ。
で、わたしの〈勇者のチカラ〉は、もう限界値らしくて。
ここからさらにレベルを上げれば、膨らみきった風船をさらに膨らませたら破裂するのと同じに――限界を超えたチカラは霧散するんじゃないか、ってことなんだけど……。
「え、ちょっと待ってよ、それ……。
チカラの〈器〉が容量オーバーで壊れる――みたいな感じでしょ?
わたし自身までどうにかなっちゃうってことじゃないの!?」
「ああ、それは大丈夫さ。
〈器〉を壊そうって認識は間違ってないけど、主クン、キミ自身が〈器〉ってわけじゃないからね。
キミは〈器〉を宿していて、そのチカラを自在に引き出せるからこその〈勇者〉なのだけど、逆に言えばそれだけだから。
……というか、そのあたりのことは初めて会ったときに説明したハズだよ?」
「いや、異世界召喚ってだけで大混乱してたときのアタマで、そんなのキッチリ覚えてられるわけないでしょ……。
わたしが〈勇者〉らしいって、それを理解するだけで精一杯だったっての!
――まあでも、オーケー、そういうことなら確かに大丈夫かな……」
「一応、生命力を吸い取るような魔物に、ワザとチカラを吸い取りまくってもらう――ってテもなくはないけど?
ただ、こっちの世界にそんなものが都合良くいるかも分からないし……。
それにそういうのって、主クン、乙女なキミには相当に刺激的な体験になるかもよ?」
「それはイヤ」
艶めかしく笑いながらのユーリの言葉に、わたしはソッコーでダメ出しする。
いやもう、だってこれ、薄い本が厚くなる案件とか、そーゆーヤツでしょ?
ダメダメ、そんなの絶対ダメだから! 却下!
「で、結局、わたしのチカラが次の段階に成長するまで、どれぐらいの経験がいるの?
あくまで『経験』なんだから、一応、魔物退治とかしなくても日々ちょっとずつ貯まっていくでしょ?
こんな案を出すぐらいだし、もうちょっと、ってことなんだよね?」
「……フム、そうだね。
このままキミが平穏な日々を送るとして……ざっと100年、ってところかな」
「ちょい待て! 命短し恋せよ乙女、って言葉知ってる!?
――いや、知らなくても仕方ないけど! 異世界の天使だしね!?」
「老いらくの恋、という言葉もあるじゃないか?」
「良く知ってたね!?……じゃなくて!
いや、そりゃおじいちゃんおばあちゃんになってもステキなカップルとかいるけど!
そーゆーのもいいなって思ったりもするけど! そうじゃなくてね!?」
「なら、頑張って経験値を稼ぐしかないね。
――こっちの世界でも、〈勇者〉として、ね」
「なにそれ、〈勇者〉やめるのに〈勇者〉やれとか、なんなのその矛盾!?
雪だるま式に増える借金、みたいな不安感あるんですけど!?
仕事が過酷な上にカンタンにやめられないとか、〈勇者〉ってホントどんだけブラックなのよ!?」
「イヤなら100年待つかい? ボクは構わないよ?
だってキミは、きっといくつになっても素敵だからね……主クン?」
熱い視線とともに、ずずいっと、ものすごくキレイな顔を寄せてくるユーリ。
こうしてわたしをからかうのは、この子の悪いクセだ。
「だーかーら、顔近すぎ!
わたしにそのケはないって言ってるでしょーが!」
ぐいっと押し返してやる、執事姿の美形男装女子(多分)。
多分――なのは、そのテの話題は彼女(恐らく)がいつもはぐらかすからだ。
なので、もしかしたら実は男装美男子(?)なのかも知れないけど、いや、そんなことはどうでもよくて……。
「……あああ、もおおぉぉ〜!
オーケー、わーったわよ、やるわよ! それしかないっていうんなら!」
そんなわけで、結局、わたしは。
1日でも早く〈勇者〉なんてやめて、普通の女子高生に戻るべく……。
こっちの世界でも、(誰かにバレないようコッソリと)〈勇者〉をやるハメになったのだった。