第16話 友達と後輩のもとへ、勇者駆ける!
瘴気の影響を受けてたっぽいガラの悪い一団を伸してしまえば、もう、モールの外へ出るまでの障害はなかった。
外には、先に脱出した人たちや、付近から集まってきたらしい野次馬が、モールを取り囲むように人垣を成していて――。
その中に辿り着くと同時に、わたしはちぃちゃんと赤宮くんにしずくちゃんのことをお願いすると、1人、再び駆け出す。
目的はもちろん、ヒカリちゃんたちの安全確保だ。
モールの敷地を回り込むように走り、再侵入のために人の目が少ない場所を探しながら――スマホでヒカリちゃんに連絡を取ってみる。
モールはもう、全体的に瘴気に覆われ始めてる――けど、やっぱり、火の手は一切見えない。
……ヒカリちゃんたち、もうとっくに逃げ出しちゃってる――ならいいんだけど……。
『ずず、ズカあぁっ!!』
――! 繋がった!!
聞こえてきたのは、いかにも慌てた様子のヒカリちゃんの声だ。
「ヒカリちゃん、大丈夫!? 今どこ!?」
『ろろ、〈Lokr。〉の中! おお奥!
いい今、るる、ルコと、た、タンパクががが――!』
〈Lokr。〉ってのは、日用品からDIY用品なんかまで扱う大型雑貨チェーンで、このモールでも一画を担うほどの大きなお店だ。
まさに、生徒会室の備品とかを買うのにヒカリちゃんたちが行っていた場所である。
つまり、何かの理由で未だそこから出られずにいて、しかもルコちゃんたちに何かあったってこと――!?
「すぐに行くから! もうちょっとだけ待ってて!!」
取り乱してるヒカリちゃんに説明してもらいながら走るよりはと、思い切って通話を切り――わたしは、全力ダッシュに切り換えた。
そして、オープンスタイルのカフェに差し掛かったところで、居並ぶテーブルをハードルよろしく連続で飛び越えながら店内に転がり込む。
(ユーリ、どう!? この先から何か感じる!?)
そうして、瘴気の充満する通路に駆け出しつつ念話でユーリに問えば、返ってきた答えは――。
《瘴気の濃度からしても、〈禍気〉が発生している可能性は高いね……!
しかもこの状況だ、単なる『穢れた気の発現』ではなく――!》
〈禍気〉は、危険な『負のエネルギー』の集合体ではあっても、それ自体に明確な『意志』はない。
だけど――だからこそ。
その〈負〉と同調出来る『邪悪な意志』があったなら――その影響を受ける、もしくは最悪の場合――!
「――ッ!」
わたしの進む通路の先に、床から噴き出すかのように濃い影が伸び――〈禍気〉のような不定形じゃなく、明確に『人に近い姿形』を成した。
そして、その目にあたる部分に灯る不吉な赤い輝きが、悪意とともにわたしを見据える――!
「マジで出るとはね……〈マガイクサ〉!」
〈禍気〉が『邪悪な意志』の影響を受けて凶暴化するだけじゃなく、完全にその意志に操られ、尖兵となったモノ――それがこの〈禍依軍〉。
存在そのものとチカラの方向性が明確になった分、ただの〈禍気〉よりもずっと強い上に、『軍』の名が示すように、剣や槍といった武器まで自らの闇のチカラで形成して戦える、厄介な相手だ。
そしてそのマガイクサも、近付くわたしに対し、手からさらに影を伸ばして武器にして――って!!
「――ウソでしょ!?」
剣や槍にしては構えが妙だと思ったら、形成されたのは何と『アサルトライフル』で――。
走りながら反射的に首を振ったわたしの頬を、闇が凝縮した弾丸がかすめる!
「――――!」
あまりの意外性に、刹那、一度回避に専念するべきかって考えが脳を過ぎるも――わたしの本能は即座にその案を却下。
むしろさらに速度を上げて距離を詰め、敵の第2射――アサルトライフルらしいフルオート連射を、向こうの殺気と動き、そしてこちらの戦闘勘で先読みして、ギリギリで軸をずらして回避すると。
すれ違いざま――剛剣〈聖散ノ桜〉を実体化させながら一閃。
「浄祓完了。
次なる廻りは、綺麗な花と咲きますように――」
胴を一刀両断したマガイクサへの祈りは背中越しに。
サクラメントを戻しつつすぐさま、わたしは再び走り出す。
……まさか、マガイクサが銃器なんか使ってくるなんて。
異世界で戦ったときは、そもそも銃器なんて、わたしが使ってる――この世界から流れ着いたんだろう軍用ショットガンを改造した〈聖契ノ鉄〉ぐらいしかなかったから、飛び道具は弓やクロスボウ止まりだったのに。
火縄銃みたいな旧式の単発銃どころか、近代兵器とか……!
《マガイクサは、支配する『意志』の影響を強く受けるからね。
つまりは……》
(〈禍屠大門〉に似た瘴気だけど、やっぱりアイツ自身や眷属じゃなく、似たチカラを持つこちらの世界の〈逆忌厄神〉――魔神や悪神の類が、この騒ぎの原因ってことか)
――それこそ、クローリヒトとかね……!
脳裏を過ぎる、あの黒い剣士の姿に反射的に舌打ちしながら、濃度を増す瘴気を掻き分け進めば……ようやく、目的地の〈Lokr。〉に辿り着く。
同時に、瘴気のせいで分かりにくいものの、いくつかの〈禍気〉らしい気配が感じられて。
さらには、連続する軽い破裂音――銃声までも……!
《主クン! ヒカリくんなら――》
(大丈夫、分かってる!)
ユーリの言わんとしていることを察し、わたしは商品棚がずらり並ぶ店内を、奥へ向かって一直線に駆ける。
……それなりの時間、ユーリと一緒に過ごしてきたヒカリちゃんには、いわば残り香のようにユーリの〈天使の聖気〉が付いているはずだ。
普段なら分からない程度だろうけど、この瘴気の中なら異質ゆえに目立つ。
それを追えば――!
……いた! ヒカリちゃん!!
商品棚で行き止まりのようになった一角で、ヒザを抱えて座り込んで……!
「ヒカリちゃん!!」
「! ずずズカぁ! 後ろぉ!!」
ヒカリちゃんのもとに飛び込むと同時に、背後に、邪な気配とこちらへの殺気を感じる。
即座に反撃――は、ダメだ!
この距離じゃ相手の攻撃を潰しきれない、流れ弾がヒカリちゃんに当たる可能性がある……!
「ッ!!」
反射的にわたしは、ヒカリちゃんを庇うように掻き抱く。
幸いにして、相手の弾丸は実弾じゃなく闇のチカラを凝縮したものだ――〈勇者〉としての加護を持つわたしなら、頭を撃たれたとしても(めっちゃ痛いだろうけど)死ぬことはない。
そうして一度相手の攻撃を凌いでから改めて次の行動を――と、思ったら。
「センパイ!! 目と耳、塞いでッ!!」
そんな聞き慣れた声とともに――背後、アサルトライフルを構えたマガイクサの足下に、これまた見慣れた缶コーヒーがころんと転がった。
そう――何の変哲もない、ありふれたラベルの缶コーヒー。
だけどそれを確認した瞬間わたしは、まさか、と一つの連想に至り――即座に、ヒカリちゃんに覆い被さりつつ、目を閉じ耳を塞ぐ。
直後、閉じたまぶた越しでも分かる強烈な閃光と、塞いでいてなお耳鳴りがする炸裂音が響き――。
すぐに薄目で確認すれば、それを至近距離で受けたマガイクサがもがいていた。
……やっぱりアレ、缶コーヒーに擬装した閃光手榴弾……!
そう確信したそこへ――
「タンパク! 今!」
「――承知っ!」
商品棚の陰から、折りたたみ傘を手にした網野くんが飛び出してくるや否や。
まるで仕込み杖のごとく、傘から短刀を引き抜き――無防備なマガイクサの首もとにその刃を突き立てざま、引き回すように勢いをつけて後方へと投げ飛ばした。
「フッ、バケモノめ――オレの筋肉以外を甘く見たな……!」
「筋肉の為せるワザだろ主に!
てか、そーゆーのはきっちりトドメ刺してから言えっての!」
続けて、頭上からそんな声とともに立て続けに銃声が響き――網野くんに投げられ、起き上がろうとしていたマガイクサの頭が勢いよく後方に弾かれ、再度ダウン。
そして――
「やっぱコレじゃ、牽制にしかなんないか……」
そんなセリフとともに、商品棚の上から飛び降りてきたのは――。
「穏香センパイも会長も、大丈夫ですか?
ホンっトもう、ムチャするんだから〜……」
わたしたちを気遣いながら……慣れた様子で素早く手にしたハンドガンの弾倉を入れ替える、後輩のルコちゃんだった。