第15話 勇者と旧友とその彼氏で大乱闘
「もしかしたら、この騒ぎ……アイツらが起こした、のか――?」
剣呑な雰囲気のまま、わたしたちを取り囲むように動き出す――何て言うか、いかにも少々素行とガラが悪そうな男たち。
その手には、近くのスポーツ用品店から持ち出してきたんだろう、バットやゴルフクラブのような武器すら握られていた。
「アイツらが――って、どういうこと?」
男たちに注意を払いながら問い返すわたしに、赤宮くんは、
「火事っぽいけど、火の手はもちろん、焦げ臭さみたいなのもない。
この煙も……喉への刺激とかないし、モノが燃えて出るようなものじゃなさそうだ。
だから――そう、『誰か』が。
特殊なガスを発生させるような道具とか使って、この騒ぎを起こしたのかな、って」
カバンを置きつつ、わたしたちを庇うように一歩前に出ながら――冷静な声で答える。
……その推測、良いトコ突いてるかも。
瘴気のことは知らないにしても、落ち着いて、ただの煙とは違うって認識してるし――特殊なガス、ってのはなるほど、言い得て妙だ。
だから、ひとまずわたしもそれに乗っかっておくことにした。
「なるほどね……わたしも火事にしてはヘンだと思ってたんだ」
「でも、ガスって――。
ウチらもやけど、吸った人は大丈夫なんかな……?」
心配そうにつぶやくちぃちゃん。
……この瘴気の濃度なら、よっぽど長く吸い続けない限り、身体への悪影響はほぼない。多少気分が悪くなったりするぐらいだろう。
ただ、精神系状態異常とでも言うか、そっちの方だと短時間でも悪い効果を受ける可能性はある。
もっともどちらでも、新鮮な空気の下へ出れば回復するはず。
ってわけで――わたしは「大丈夫だよ」とちぃちゃんに笑いかけてあげた。
「だってほら、そのガスを使ったんだろう連中が、マスクの一つもしてないんだからね。
ガチの毒物とかじゃないってことでしょ」
「俺もそう思う。
人が右往左往する姿で楽しもうって、趣味の悪いお遊びだろうよ。
ついでに――こうして遭遇した俺たちを痛めつければ、より楽しいんじゃないかとか考えてやがるわけだ」
周囲の男たちから向けられているのは、明らかな敵意。
――にもかかわらず、赤宮くんはまるで物怖じせず、拳の骨を鳴らした。
これは……赤宮くん、穏やかな印象のわりに、相当ケンカ慣れしてるね?
頼もしいじゃない。
実際のところ、コイツらはコイツらで、瘴気の悪影響を強く受けて、暴力衝動に駆られてるだけって可能性もある。
けど、まあ……こっちに敵意を持ってるのは確かだし。
そもそも、瘴気のせいだとしても、大半の人がそうじゃないように――こんな風になるには、そうなるだけの根本的な性質があるってわけで。
どのみち気絶させれば元に戻るはずだし、一度遠慮なくブッ飛ばしてあげるのも、コイツらの更正のためには悪くないだろう。
愛の鉄拳制裁ってことで。
「コイツらは、俺と千紗で相手をするよ。
だから聖桜院さんは、その子を連れて先に脱出――」
張り詰める空気の中、わたしに告げる赤宮くん。
それに答える前にわたしは、まずは――と。
赤宮くんが助けた女の子の前にヒザを突き、カバンを置くと、にっこり笑いかけてあげる。
「ね、お名前、聞いてもいいかな?」
「しずく……」
「おお〜、しずくちゃんかぁ!
おねーちゃんはさ、『しずか』なんだよ? ほとんど一緒だね!」
女の子と、小さな手を両手で包み込むようにして握手する。
「それで、しずくちゃんは、ママと一緒に来てたのかな?」
「ううん……1人で、おつかいに来て……」
「そっか〜、えらいなあ。逃げるのも1人でよく頑張ったね、怖かったでしょ?
でも、もう大丈夫だよ。
おねーちゃんたちが、ちゃんとママのところに帰してあげるからね!」
頭を優しくなでてあげると、しずくちゃんは表情を和らげてくれた。
「う、うん……! ありがと、おねーちゃん……!」
ん、よし……ちょっとは安心して落ち着けたみたいだね。
よかったよかった。
「やっぱり……しーちゃんは、しーちゃんやねんなあ」
そんなやり取りをしていたわたしたちに、ちぃちゃんは優しく微笑む。
「おいおいちぃちゃんや、この子だって『しーちゃん』なんだぞ? 紛らわしいなあ。
――っと、赤宮くん、ちょっとちょっと」
ちぃちゃんに笑い返しつつ、座ったまま呼ぶわたしに、何事かと赤宮くんも側に片ヒザを突いた――直後。
わたしは、その背に片手を突いて飛び越えざま――彼に背後から奇襲をかけようと、バットを振りかぶっていた男の土手っ腹を蹴りつけてやった。
「し、しーちゃん!?」
「聖桜院さん!?」
「とまあ、こんな感じで、わたしってば相変わらずのじゃじゃ馬なんだよちぃちゃん。
だからさ――。
どーせなら、3人で暴れる方が早いと思わない?」
――ちょっとぐらいは経験値の足しになるだろうし。
驚くちぃちゃんと赤宮くんに不敵に笑いかけながら――わたしは、背後でフラフラと起き上がってきた男の鼻っ面に、ダメ押しの裏拳を叩き込んで黙らせた。
「……実は相当ケンカ慣れしてる、ってのは分かったよ。
でも、ムリはしないで」
「オーケー。スカートだしね」
「そういう問題じゃないんだけど――な!」
言いざま、赤宮くんがこちらに一歩踏み込むのに合わせ――わたしも前に出て、2人交差。
互いに、後ろから忍び寄っていた男に肉薄、一撃叩き込んでブッ倒す。
「――ちぃちゃん!」
「任せて!」
わたしと赤宮くんの死角になった場所に、ちぃちゃんが素早く飛び込み――殴りかかってきた男の腕を取り、勢いを利用して、円を描くように軽やかに投げ飛ばした。
うーん、さすがちぃちゃん。
それに、赤宮くんも思った通りだ。やるねえ。
「さて……ちょーっと通りますよ〜、っと!」
自然とわたしたちは左右両翼と中央に分かれたので、そのまま逆サイドと中央は2人に任せて、わたしは片翼に専念。
バットやゴルフクラブの一撃をかわしつつ、あるいは手を蹴り飛ばして封じつつ――鳩尾にヒザ蹴り、アゴに掌底打、後頭部に裏拳、そして旋風脚でハデにと、一気に男たちを切り崩していく。
そうしながら様子を窺えば、逆サイドの赤宮くんもまるで危なげなく、殴って蹴ってのいわゆる無双状態で男たちを蹴散らし――。
中央突破のちぃちゃんも、男たちが自分から転がっていってるんじゃないかって勢いで、華麗に投げ飛ばしまくっていた。
……っていうか、バク宙からの、スカートがまくれるヒマもないぐらいの高速フランケンシュタイナーとか、女子高生が繰り出すワザじゃないよちぃちゃん……。
まさか、ドラゴンスクリュー見せた小学生の頃から、順当に進化してるとはね……。
いや、ホントもう……。
いっそ、赤宮くんと2人でわたしの代わりに〈勇者〉やればいいんじゃない?
――そんなことを考えてるうちに、わたしと赤宮くんはそれぞれ両サイドをお掃除完了。
最後に残ったガタイの良い1人――言うなれば中ボスチックな巨漢が、ちぃちゃんに立ちはだかる。
さすがに、このデカブツを投げるのは中学生サイズのちぃちゃんにはホネだろう――ってことで。
わたしは、巨漢の背後に回り込みつつ、ちぃちゃんに直角に曲げた腕を見せ――ニヤリと笑って二の腕を叩く。
それでわたしの意図を察してくれたちぃちゃんは、困ったような苦笑混じりに、前方に踏み込んだ。
合わせて――赤宮くんが、横合いから巨漢の持つバットを蹴り飛ばしてスキを作ってくれる。
うん、いいね――ナイスタイミング!
「はーい、ゴメンね――っと!」
続けて背後からわたしが、両ヒザ裏をローキックで打ち据え、カクンとヒザを突かせる。
そして、勢いのまま身体に捻りを加え、イイ感じの高さに落ちてきた巨漢の首もと目がけ――!
「そぉぉ〜れっ!!」
「てぇぇいっ!!」
ちぃちゃんと2人、アゴとうなじを強烈なラリアットで挟み込む!
さらにそのまま2人して腕を振り抜いたもんだから、巨漢はぐるんと宙で一回転――ハデに落下、しっかり気絶してしまった。
「や、やりすぎてもうたかな……」
「優しいねえ、ちぃちゃんは。
――だいじょぶだいじょぶ、女子高生の腕でサンドイッチなんて、あまりに幸せ過ぎたってだけでしょ」
カラリと言ってのけてわたしは、さっさと置いていたカバンを2つ拾いあげ、ちぃちゃんの分を渡す。
一方で赤宮くんも、自分のカバンを手にしつつ、しずくちゃんをおんぶしてあげていた。
「さて、それじゃ――。
次のジャマが入る前に、さっさと外まで駆け抜けちゃおう!」