第13話 勇者はまさしく、そんな恋に憧れている
パパが京都府警に異動になったのに合わせて、わたしたち一家が関西に引っ越したのは、小学校5年生のときだった。
結局、パパが捜査方針とかで上の人と衝突して、すぐに追い出されるような形になっちゃったから、関西には実質1年もいなかったんだけど……。
その短い時間で、一番仲良くなった友達が彼女、鈴守千紗――ちぃちゃんだった。
そんなちぃちゃんは今、家業の都合だとかで関西の実家を離れて、おばあちゃんの家に住みながら、こっちの高校に通ってるんだそうで――。
「……でもホント、広隅でちぃちゃんと会えるなんて、夢にも思わなかったよー」
「ウチも。しーちゃんが関東に戻ったんは知ってたけど、まさかそれが広隅市やなんて思わへんかったもん……!」
一度は出ようとしたフードコートで、わたしは今度はちぃちゃんと2人、テーブルを挟んでいる。
ちなみに、お互いの連れ合いは――。
わたしたちが久しぶりに再会した旧友だと知ると「せっかく会えたんだから」と気を遣って、わたしたちをここに残し、それぞれ用事をこなしに行ってしまった。
うちの1年生とヒカリちゃんにも、買い出しを押し付けちゃって悪いとか、気を遣ってもらってありがたいとか、そういう想いはもちろんあるけど……。
やっぱり、特に気にしちゃうのは――。
「にしても、なんか……ゴメンね、ちぃちゃん。
彼氏クンにも悪いことしちゃったなあ……」
そう、ちぃちゃんたちのデートをジャマするみたいになっちゃったことだ。
「ううん、それ言うならウチこそ……!
うん、やから――お互い、ゴメンはやめとこ?
大丈夫。裕真くん怒るどころか、ウチらが再会したん、ホンマに喜んでくれてたし」
笑顔はもちろん、声も優しく、言葉も優しく……わたしの知る彼女そのままに、そんな風に言ってくれるちぃちゃん。
だからわたしも、お礼の一言でそれに同意した。
実際、「先に、母さんに頼まれた買い物をすませてくるから」と席を外した、ちぃちゃんの彼氏クン(赤宮裕真くんというらしい)は、イヤな顔一つせず……どころか、すごくやわらかな良い笑顔を見せてくれていた。
わたしが感じた通りのナイスガイっぷりである。
「いやあ、それにしても……。
まさか、ちぃちゃんに彼氏が出来てるとはね〜」
ちぃちゃんって、どちらかと言えば内気で、友達と騒ぐよりは物静かに本を読んでる方が多いような、大人しめの子で。
ヒカリちゃんみたいな人見知りじゃないけど、男子と積極的に話すようなタイプでもなかったから――ちょっと驚きもある。
ただ、万事控えめであんまり目立つ方じゃないとはいえ、そもそも、見た目も性格もひたすらに可愛い子だからなあ……当然の帰結でもあるのかも知れないけど。
「うん……そうやね。
ウチも、まさか男の子とお付き合いするやなんて思わへんかったもん」
恥ずかしそうにそう言って微笑むちぃちゃんに、思わずわたしは悪ノリする。
「ハッ――まさか!
ケンカでボコボコにして強引に彼氏にしちゃった、とか!?」
「し・て・ま・せ・ん」
わざとらしいジト目で、わたしの悪ノリを切って捨てるちぃちゃん。
……そういう仕草もまた可愛いとか反則だなあ、ちくしょー。
「あっはっは、ごめんごめん。
いやー、何かわたしってば、最近すっかりツッコミ役にされてるもんだから、ついね」
「もう〜……。
でも、そういうとこ、ウチの知ってるしーちゃんのまんまやね。
なんか、ホッとする」
今も中学生みたいで、小学生の頃も身体が小さくて華奢、大人しい感じでいかにもか弱そうなちぃちゃんだけど――。
実は運動神経抜群で、めちゃくちゃ腕っぷしが強かったりする。
出会ったきっかけも、わたしがつい、おばあさんに絡んでる中学生の男の子を注意したら、キレられちゃって――。
で、3人もいる年上の男の子に囲まれて、さすがにヤバいと思ったところで助けてくれたのが、たまたま通りがかったちぃちゃん――ってカタチだったんだ。
いやあ、わたしより小さい女の子が、中学生を投げ飛ばしていくのは痛快だったなあ。
『ドラゴンスクリュー』なんて、ナマで見たの初めてだったよ。
そして――わたしが、今のわたしになる上で。
そんなちぃちゃんの姿に感動して、影響を受けたからなのは間違いない。
ただ、本当に感動したのは、その腕っぷしに――なんかじゃなくて。
後から教えてくれたことだけど、ちぃちゃんはそのとき、すごく怖かったらしい。
それはそうだろう。そもそも彼女は喜んでケンカするような気性じゃないし、相手は複数の、しかも中学生の男の子だ。
いくら格闘技の心得があったって、5年生の女の子なら怖いに決まってる。
だけど、ちぃちゃんは助けてくれたんだ――見ず知らずのわたしを。
怖くても、勇気を振り絞って。
もちろん、正しい選択とは言えないかも知れない。
お互いの身の安全を考えれば、助けを呼びに行くべきだったのかも知れない。
でも――わたしはその、心の強さに感動したんだ。
パパが教えてくれていた、『誰かの為に』って勇気を、実践出来る人がいたことに――。
「……にしても、ちぃちゃんの彼氏――赤宮くん、だっけ。
告白したのは、やっぱり向こうから?」
「え? う、うん……! よ、4ヶ月ぐらい前かな。
う、ウチも、その前から好きやったんやけど……裕真くんから……」
「へぇ〜……そっかそっか。
ふむ――ちぃちゃんを選ぶセンスに、あの人当たりに気遣い。
そして、ほど良く鍛えてる風な身体と……何よりも、一言で表しづらい、良い意味で独特の空気感。
――やはり赤宮くん、結構いいオトコと見たね!」
「う、うん! そうやねん!
ホンマに、ウチにはもったいないぐらいで!」
おおう……目を輝かせながら全力で肯定されたよ。
ああ〜、本気でうらやましいぜい……。
「あ、もったいないんなら、わたしが譲ってもらっていい?」
「あ・き・ま・せ・ん」
ニッコリ笑いながら、わたしの冗談をバッサリ切って捨てるちぃちゃん。
合わせて、わたしも笑っちゃう――けど。
「うああ〜……でもホント、いいなああ……!」
すぐさまそのまま、テーブルに突っ伏す。
「わたしも、ステキな男の子とステキな恋がしたいよおおお……!」
そして、ジタバタとダダっ子アクション。
……あああ、わたしもさっさと〈勇者〉なんて廃業して、こんな風に恋する乙女になりたいぃ〜……!
「しーちゃんは美人さんやし、ええ子やもん。
すぐに良い人見つかる……よ?」
「何その間! そしてなんで半疑問形!
くっそー、勝者の余裕ってやつか、このリア充めええ……!
邪神ちゃまに呪われてしまえええ……!」
ヒカリちゃんみたいなことを宣いながら、ちぃちゃんに甘えて今しばらくダダっ子させてもらうわたし。
と、そこへ――いきなり。
《……主クン、聞こえるかい?
気を付けてくれたまえ、少々厄介なことになりそうだよ――!》
頭の中に、そんなユーリの真剣な声が届いて。
「――っ!?」
反射的に椅子を蹴立てて立ち上がったところへ――さらに。
どこからともなく、微かに悲鳴や怒号のようなものが響いてきたと思うと。
「――千紗! 聖桜院さん!」
ちぃちゃんの彼氏、赤宮くんが、息せき切って駆け込んできた。
「火事だって、騒ぎになってる。すぐに避難しよう!
煙も見えたし――何より、パニックになった人波に巻き込まれると危険だ!」