第12話 勇者がショッピングモールで出会うのは
――その日の放課後。
わたしたち生徒会メンバー4人は、備品の補充に息抜きを兼ねて、広隅市の中心〈高稲〉にある大型ショッピングモールへやって来ていた。
ここなら、目的の買い出しだけじゃなく、色んなお店を覗いて楽しんだりも出来るしね。
しかも最新の映画館も併設されてるし、すぐ近くには総合アミューズメント施設の〈嵐運動・斬〉もあるから、遊びに来るにはピッタリってわけだ。
で、そういう場所だけに、今日も賑わうお客さんの中には、わたしたちと同じ制服姿の子もちらほら見受けられた。
ちなみに、広隅市は市立の学校は制服の基礎デザインをブレザースタイルで統一しているから、本当に『同じ』制服の子が一番多かったりする。
「穏香センパ〜イ、まずはフードコートで一休みしませんか〜?
アタシ、アイスクリーム食べたいでっす!」
「そうだね、暑いしねえ……いいかも」
「先輩、筋肉以外を鍛えるにはどんなアイスがいいでしょう?」
「うん、その発想が既に筋肉だね……冷凍イワシでも囓ってDHA補給しなさい」
相も変わらず元気なルコちゃんと網野くんの相手をしながら――わたしの陰に隠れるようにくっついてブツブツ言ってる、ヒカリちゃんの様子を窺う。
「ヒカリちゃん、どう、大丈夫?」
人見知りのヒカリちゃんは、やっぱりこういう場所が苦手なんだけど……誘えば、案外一緒に来てくれる。
何だかんだ言ってこの子は、人付き合いは苦手でも、人間そのものは好きな優しい子だからね。
わたしたち、気を許せる仲間と一緒にいることで緊張を緩和しつつ、ちょっとずつでも、こういう場に慣れようと――。
「おお、おのれ〜……! どど、どいつもこいつも、このリア充どもめ……!
じゃ、邪神の呪いを受けるがいい……! ふふ不幸になるのだ〜……っ!
ばば、爆発しろ、爆発しろ〜……! ふひ、ふひひ……!」
「…………。
ま、呪詛ってられるぐらいなら大丈夫か」
――ともあれ、そんなこんなでまずはフードコートに向かったわたしたち。
それぞれが、お目当てのカップアイスを食べながら――買う備品の確認したり、回ってみたいお店の話をしたりの、しばらく雑談&休憩タイム。
「あ〜、おいしい!
これ正解でしたね、穏香センパイ!」
「ホントにねー。
まあ、さすがにハズレはないと思ったけど、予想以上って感じ」
わたしとルコちゃんが選んだのは、ストロベリーやブルーベリーだけじゃなく、ラズベリーにクランベリーまで使った、ベリーだらけの新作アイス。
ソースもアイスもベリー感たっぷりで、実においしくて。まさに当たりだった。
一方で――。
「網野くん……それ、おいしい?」
「はい、もちろんマズいです!」
わたしの問いに、良い笑顔で予想通りの答えを返す網野くんが食べてるのは……。
何と本当に存在してしまった、『DHAたっぷり!』と銘打った、イワシをこれでもかと練り込んだという奇跡の〈イワシアイス〉である。
カップにはちょこんと、イワシの頭までトッピングされてるこだわりっぷり。
……ていうか、なんでこんなネタにしかならないモノを商品化したんだ……。
「マズいですが、この一口一口が、俺の筋肉以外になっていると思えば……!
いざとなれば、万能調味料のプロテインをふりかけて食うというテもありますし!」
「キミはいったい何を鍛えたいのかね……」
懐から取り出した小さなボトルを得意気に見せつける網野くんに、思わずわたしはスプーンを咥えつつ呆れた。
「……ルコちゃん、網野くんって昔からこうなの?」
「そですねー、こんなですねー。
脳筋だからこんなのになるのか、こんなのだから脳筋になるのか」
「ふーむ。ヒカリちゃんはどう思う――って」
こちらはこちらで、特製ダゴンちゃまキーホルダーがオマケで付いてくる限定コラボ商品〈ダゴンちゃま布教アイス(深淵味)〉を、あむあむと一生懸命食べていたヒカリちゃん。
その口の周りに青紫のアイスが付いているのを見かねたわたしは、紙ナプキンで横から拭ってあげる。
……ヒカリちゃん、お嬢さまらしくテーブルマナーとかちゃんと出来るんだけど、気の置けない場だと途端に無頓着になるんだよなあ。
まあ、そんなところがまた、妹みたいで可愛かったりするんだけどね。
「……あ、ありがとなのだ。
ほほ、褒美に! ひ、一口、分け与えるのだだだ……!」
「ん、ありがと。じゃ、わたしのとちょっと交換ね」
ヒカリちゃんがずいっと差し出してくれたカップとわたしのを交換し、青紫のアイスをすくって口に運ぶ。
――深淵味、なんて凄絶な名称と色合いだけど……網野くんのアレと違って、こちらは南国系のフルーツをミックスしたフレーバーらしく、普通に爽やかでおいしかった。
ヒカリちゃんはヒカリちゃんで、ベリーのアイスもあむあむと堪能している。
あっちも気に入ってくれたみたいだね。
そんなこんなで、みんなアイスを食べ終えた頃――。
「そそ、そうだズカ、これ……」
ヒカリちゃんが、愛用のダゴンちゃまリュックからタブレット端末を取り出し、わたしに見えるように置く。
「あ、朝、ズカのパパが言ってたのって、ここ、これだと思うのだ」
どうやら、わたしが朝にパパから聞いた『長らく姿を消していた国際指名手配者』のことを早速調べてくれてたらしい。
ルコちゃんたちもいる中で見せたってことは、普通に知れる程度の情報なんだろう。
「わざわざありがとね、ヒカリちゃん」
お礼を言って、改めてタブレットの表示に目を落とす。
「えっ、と……?」
――テロリスト〈アガトン〉。
アガトンとは、善、あるいはそれがもたらす幸福などをあらわす、ギリシャ語に由来する通り名である。
本名は不明だが、人種はアジア系。
自らを絶対的な幸福をもたらす存在であると称し、宗教的な過激思想のもと、主にアフリカでグループを率いてテロ行為を行っていたが、15年前、突然消息を絶つ。
グループの内部抗争で殺害されたとも言われるが、詳細は不明。
「絶対的な幸福をもたらす、ねえ……」
異世界で戦った魔神も、そんなようなこと宣ってたっけ。
古今東西、悪いヤツの独善的な思考――というかもはや身勝手な言い訳にも聞こえるけど、そういうのって似るものなのかなあ。
「でも、ウワサ程度とは言え、なんでそんなヤツが広隅に……?」
「――アガトンは、日本人だとも言われてるんですよ」
わたしの何気ない呟きに答えたのは、なんとルコちゃんだった。
「ま、それでなくても日本は平和ですし、お国柄、防諜関係のシステムなんかもまだまだユルくてザルですから。
潜伏するにも観光で遊びに来るにも、ちょうどいいってことかも、ですね」
マジメな顔でつらつらと語るルコちゃんは、いつもと雰囲気が違って見えた。
そもそも、何かと知識豊富な子ではあるんだけど……。
「ルコちゃん、こんなのも詳しいんだねえ……」
「――え? いえいえ、そんなでもないですって。
つい最近、たまたまネットで見たってだけですから!」
恥ずかしそうに笑いながら手を振りつつ――ルコちゃんは「よいしょ」と立ち上がる。
「それより、さすがにそろそろ買い物、行きません?」
「ああ……そだね。
あんまり遅くなるなってパパに言われたばっかりだし」
ルコちゃんの提案に、わたしたちは思い思いに席を立つ。
と、そのとき――
「あ、そこのあんた!
これ――スミノフ、落としたぞ?」
わたしは、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、わたしたちと同じ制服姿の男の子が、スミノフのマスコットを差し出していて――って!
「ああっ、それ!?」
慌ててカバンを見たら、そこにぶら下がっているはずのスミノフの姿がない……!
「あ、ありがとうございます!
良かったぁ〜! この子、無くしちゃうとこだった〜……!」
男の子からスミノフを受け取り、お礼とともに、早速金具に付け直す。
「大事にしてるんだな、スミノフ。
――こっちこそ、気付けて良かった」
歳はわたしたちと同じぐらいだと思うけど、子供みたいに、朗らかに笑う男の子。
おお……? これは、なかなかのナイスガイでは……!
飛び抜けてイケメンとかじゃないけど、なんか、雰囲気というか纏う空気というか……わたし好みな感じがするぞ!?
もも、もしかしてこれって……!
ホントに、邪神サマがもたらしてくれた、恋へと繋がるハプニングなのでは――!
……なーんて、一瞬、期待したものの――。
その男の子は、女の子連れでした……残念ながら。
あ、いや、でも待てよ?
この前髪ぱっつんおかっぱの女の子、中学生ぐらいに見えるし、兄妹って可能性も――って、あれ?
……んん? んんんっ?
なんか、この子、見覚えがあるような――。
「「 ああっ!? 」」
わたしと、その女の子の驚きが、見事に重なった。
ついでに、どちらからともなく手を取り合う。
「やっぱり――しーちゃん! しーちゃんやんなっ!?
ウチ、鈴守! 鈴守千紗! 覚えてるっ!?」
「あったりまえだよ、ちぃちゃん!!
うっわ〜……! まさか、こんなところで会えるなんて!」
何と、彼女は。
わたしが小学生の一時期、関西にいた頃、仲が良かった友達だったのだ。