第11話 ある朝の、勇者とその父の光景
――勇者を名乗る〈クローリヒト〉って剣士と戦ってから、数日後の朝。
何だか良い匂いに釣られて、わたしは目覚ましアラームよりもほんのちょっとだけ早く起きてしまった。
「おはよー、スミノフ……」
ベッド脇の棚に置いてあるぬいぐるみ〈スミノフ〉の頭を、いつものように朝の挨拶がてら、わしゃっと撫でつつ立ち上がって伸びをする。
スミノフは、この広隅市のゆるキャラで、ヒーローみたいなマントをした白いわんこ(実際の犬種はサモエドらしいけど、柴犬だと思ってる人も多い)である。
正式名称は〈隅っこヒーロー・スミノフ〉で、『世界の隅っこから平和を見守るヒーロー』って設定。
わたしは、そんなスミノフがそれはもう大好きなのだ。
いっやー、この、凜々しいんだかそうでないんだかの、ビミョーなゆるさ加減がまた最高に可愛くってたまらなくて!
それに――『世界の隅っこから平和を見守る』ってのが、何だかすごく共感出来るっていうか。
やっぱり、ホントのヒーローってそういうものだよね、って。
……そう言えば中学の頃、初めてヒカリちゃんと話したときの話題が、スミノフとダゴンちゃまはどちらが可愛いか、だったっけ。
思いがけず、結構な激論になったんだよなあ……。
ふと、そんな懐かしい記憶を思い出しながら――パジャマのまま部屋を出てキッチンに向かう。
今日はママが朝早くからお出かけだって言ってたから、朝ゴハンはわたしが用意しようと思ってたのに、こんな匂いがしてるってことは――。
「――お! おはよう、穏香! 良いタイミングだな?」
案の定キッチンには、Tシャツにジャージってラフな格好のパパが、以前わたしがプレゼントしたスミノフのエプロンを着けて立っていた。
「おはよ、パパ。
――今日、非番なんでしょ?
朝ゴハンの用意ぐらいわたしがするし、ゆっくり寝てて良かったのに」
「非番だから、だよ。
たまには父さんも、朝メシぐらい作らないとな?」
軽快に笑いつつ、フライパンの中のものをお皿に移すパパ。
――わたしのパパ、聖桜院 左近は警察官だ。
関わる事件の関係で生活リズムが不規則になったりもするし、色々と大変なお仕事だと思うんだけど……。
パパは、わたしやママの前では笑顔を絶やさないし、休日もこうして積極的に家族サービスしてくれる。
……ううん、わたしたち家族に対してだけじゃない。
警察官として、街の人たちにも優しく親切で――でも、犯罪には勇気をもって毅然と立ち向かう。そんな人なんだ。
もともとは結構なエリートで、わたしが小学生の一時期には、京都府警で捜査一課にいたこともあるんだけど。
組織の体面を優先するばっかりの上司と衝突したとか、色々あったみたいで……今は、故郷のこの広隅で、交番勤務のお巡りさんをしている。
……もっともパパ本人は『より近い立場で街の人たちを守れていい』って、むしろ今の立場に満足してるみたいだし、わたしやママもそんなパパが好きなんだから、問題はないんだけどね。
そして、わたしの信条の『罪を憎んで人を憎まず』は、そんな警察官としてのパパの背中を見ていたからこそ、でもある。
まあ、だからわたしは、恋をするならやっぱり、パパみたいな本当の優しさと強さをもった人じゃないと、って思ってるんだけど……。
以前、その話をヒカリちゃんにしたら、ファザコンだって言われたんだよねえ。
いやいや、そんな大ゲサなものじゃないと思うんだけどなあ……?
「さて。せっかく穏香も良いタイミングで起きてきたんだ、熱いうちに食べよう」
「うん」
促されるままテーブルに着くと、パパがさっきお皿に移したものの他に、スクランブルエッグと、冷たい牛乳、昨日の夕飯の残りのサラダなんかを並べてくれる。
「ほらこれ、特製のホットサンドだぞ?」
パパがさっき作ってたのは、ホットサンドらしい。
でも、なんかちょっと違和感があるような……?
「って、これ、もしかしてパンじゃなくて油揚げ?」
「ははっ、そうそう!
油揚げの中を開いてな、エビにベーコン、チーズを詰めて、ホットサンド風に焼き上げたってわけだ。
結構いけるぞ? ちょっと醤油を垂らしてみるのもいいしな」
「へえ〜……?
それじゃ、いただきまーす」
パパはわりと料理する方だけど、微妙にドジなところもあるからなあ……。
でも良い香りもしてるし、マズいってことはないか――と、油揚げホットサンドをかじってみる。
「あ……おいしい」
「だろ?」
わたしの感想に、嬉しそうにニヤッと笑いながら、自分のホットサンドに豪快にかぶりつき――「熱っ!?」と、慌てて舌を出すパパ。
そんなパパに、苦笑混じりに冷たい牛乳を渡して――醤油を垂らすのもいいんだっけ、と実践して、そのおいしさにホクホク。
寝起きモードからしっかり覚醒してきた頭で、今日の予定とか考えながら、久しぶりのパパ謹製の朝ゴハンを平らげていく。
――ああそうだ、生徒会室の備品、買い出しに行かなきゃなんだっけ。
ひさびさにヒカリちゃんも連れ出して、みんなでショッピングモールに行くのもいいかも――。
「…………」
そう言えば……あのクローリヒトって剣士、あれからまるで姿を見せないんだよね。
また会おう、って言ってたし――わたし自身、いずれそうなる『確信』みたいなものがあったりするけど……。
にしても、〈勇者〉ねえ……。
確かに、それに相応しい実力だったと思うけど――アイツからは、何か良くない気配も感じた気がするんだよなあ。
ユーリも、なんかそんなようなこと言ってたし。
見た目も悪役っぽかったし。
何より、いきなり問答無用で襲ってきたし!
もしかしなくても、アイツ〈勇者〉じゃなくて、『勇者に負けた悪役』じゃないの? 悔し紛れに〈勇者〉を貶めようとしてるだけとか。
……何にせよ、あんなヤツほっといたんじゃ、おちおち一般人にも戻れやしないし。
さっさと1発ブン殴って、改心でも何でもしてもらわないと。
「…………。
どうした穏香、学校で何かあったのか?」
あまりにわたしが考えごとに耽っていたせいか、いつの間にか、パパまで食事の手を止めてわたしを見ていた。
わたしは慌てて、「何にもないよ」と手を振りつつホットサンドをひとかじり。
「ちょっとね、今日の放課後はどうしようかなって考えてただけ」
「そっか、それならいいんだが……」
そううなずいてから――今度はパパが、難しい顔で、何かを言うべきか迷うような仕草を見せる。
「パパ、どうかした?」
「あ〜……そうだな……うん。
実はな、まだウワサ程度でしかないんだが――長らく行方をくらませていた国際指名手配の犯罪者が、最近、広隅市内で目撃されたって話があってな。
穏香は、生徒会の仕事もあって、帰るのが遅くなるときもあるだろう?
はっきりしないウワサで怖がらせたくはないけど、万が一ってこともある。
他の子たちも一緒に、一応でも、気を付けてもらおうと思ってな」
パパの言葉に、つい、さっきまで考えていたせいでクローリヒトを連想しちゃうけど……。
アイツ、声は若かったし――『長らく行方をくらませていた』となると、さすがに違うかな?
いやでも、異世界とこっちじゃ、時間の流れが違うらしいしなあ。
現にわたしも、向こうで1年近く過ごしたはずなのに、こっち帰ってきたら1日程度しか経ってなかったんだし。
うん、そう考えると、充分にありえる話だ――。
もし関係なかったとしても、わたしのチカラなら何とか出来るかもなんだから、放っておけないし。
……言い方悪いけど、経験値にもなりそうだし。
危険が及ぶような深入りにならない程度に、ヒカリちゃんに調べてもらおっか――。
「……ん、分かったよパパ。
わたしも他の子たちも、あんまり遅くならないように気を付けるから」
色々と考えながらわたしは、パパに笑顔でうなずいてみせた。
内心で、『もしウワサがホントなら、こっちから関わるかも』――って、謝りながら。