幕間 仕天使ユーリは考察する
「ゆゆ、ユーリ……!
ず、ズカは――ズカは、大丈夫なんだなっ!?」
――ナゾの黒い剣士と、主クンの戦いの後。
改めて〈念話〉で軽く報告をもらったボクに、話が終わるのを待っていたらしいヒカリくんが詰め寄ってきた。
この数日で多少はボクに慣れてくれたにせよ、なかなか、ハッキリと目を合わせたりはしてくれない彼女が、今はまっすぐ真剣にボクを見上げている。
彼女にとって、いかに主クンが大切な友達か、良く分かるというものだ。
「もちろん大丈夫さ、安心してくれたまえヒカリくん。
確かに、思わぬ強敵ではあったようだけれど……主クンは、〈姫神〉の名を授かりし最強の〈勇者〉なのだからね。
負けはしないさ、何者が相手だろうとも」
友達の身を案じる女の子を茶化すほど、ボクも悪趣味じゃないからね。
その不安を解消するためにも、しっかりとそう伝えてあげると――ヒカリくんはほっと胸を撫で下ろした。
「……それにしても、ちょっと妬けてしまうな。
ヒカリくんは、本当に主クンが大切なんだね?」
「!? そそ、そーゆーアレではないのだ!
きき、貴重な尖兵だからなズカは! わわ我が邪神の!」
ヒカリくんは、ボクから顔を隠すように、〈ダゴンちゃま〉のぬいぐるみを高々と掲げてみせる。
そうしておいて、
「と、友達だから……も、あ、ある――けど」
ぬいぐるみの陰で、そうポソポソとつぶやいていた。
ふふ……まったく、素直じゃないね、ヒカリくんは。
けれども、うん――そんなところが、また何とも微笑ましいじゃないか。
「ああ、愛らしき少女たちの絆、その何と麗しいことか……!」
「! じゃじゃ邪神障壁ぃっ!」
ボクが感動のあまり、思わず、ちょーっとオーバーに心情を紡いでしまうと――。
ヒカリくんはすかさず反応して、ボクを近付けさせじと、ぬいぐるみの位置はそのままに腕を伸ばして距離を取る。
いやあ、警戒されてるなあ。
……そんな気はなかったんだけど、その姿がまた可愛いから、つい近付きたくなってしまうよ。
でも、今日はまだ『仕事』があるからね――。
残念だけれど、愛らしいお嬢さん成分に癒やされるのは、またの機会にしておこうか。
「……? おお、襲って……こない?」
「いや、そもそも襲っているつもりなんてないのだけど?」
「――はっ!? ささ、さては、つ、ついに我が邪神の御力に屈したのだな……!
やや、やったぞ……! いひ、いひひ……!」
「フム、そうだね。
ヒカリくんのその愛らしさが、邪神の御力によるものなら――ああ、確かにボクは、屈してしまっていると言えるだろう!」
「!? ひひ、ヒェっ!?」
ボクがくるりと華麗にターンしてみせると、慌てて距離を取り直すヒカリくん。
そうして、ぬいぐるみの陰から様子を窺ってくるのに対し、爽やかに微笑みかけ――ボクはきびすを返す。
「どど、どこへ行くのだ……?」
「なに、ちょっと『仕事』をね。
――それじゃあヒカリくん、おやすみ。
明日の、朝日に煌めくキミの笑顔を期待しているよ?」
「……さて……」
摩天楼邸を出たボクは、隠形の魔法で姿を隠した上で、空を飛んで柚景川の河川敷へと向かう。
そう、先刻、主クンがナゾの剣士と戦ったところだ。
「それにしても――」
ボクは少し高度を上げ、広く夜の街を見渡してみる。
……多くの灯が瞬くそのさまは、かつて主クンから聞いていた通り、夜空の鏡写しのようでも、宝石箱の輝きのようでもあって、美しい。
もちろん、〈麗原ノ慧殿〉の夜の景色も、負けじと美しいのだけれど――やはり、こちらの世界には、こちらの世界なりの趣がある。
そして、どちらにも感じる『美しさ』の源流は、等しく『生命』なのだろう。
生き物が、自然が、街が――生き、そして活きている世界だからこその、生命の美しさ。
こうして、改めて別の世界で、同じでいてまた違う美しさを感じられるのも――。
主クンは複雑な表情をしそうだけれど、彼女にチカラが残っていて、ボクもまたそれに付随する形でこちらに来られたからで。
同時に、ボクが『人間』として生活する居場所を提供し、受け入れてくれたヒカリくんのお陰でもある。
「フフッ……『友達の友達は友達』か……」
ヒカリくんが、ボクの身を引き受けることを提案してくれた際の台詞を思い出す。
……そう、あれは間違いなく、もとは主クンの言葉――彼女の信念だ。
向こうの世界での戦いで――同じ天使でありながら、〈禍気〉の穢れを受け変質してしまっていたボクの友を、命がけで救ってくれたときの言葉。
『――バカみたいな理論だってことぐらい、分かってるよ。
でもさ、それでたとえ1人でも多く、仲良くなれたなら――。
その分だけでも、世界はより平和になるんじゃない?』
きっと、それを聞いたボクと同じように――ヒカリくんにも、強く胸を打つ出来事があったんだろうね。
「だからキミは、根っからの〈勇者〉だと言うんだよ――」
独りごちながらボクは、辿り着いた目的地に降り立つ。
その〈勇者〉だと名乗った剣士と、主クンが戦った場所に。
「……さすがにもう、チカラも気配も、残滓というほども残っていないか……」
一度目を閉じ、精神を研ぎ澄ませてみるも――改めて何かが掴めそうな感じはしない。
あの戦いのとき、ボク自身が側にいれば、もう少し相手のことも分かったかも知れないのだけど……。
「まあ、言っても仕方のないことだね」
〈姫神咲〉を通じて見た光景と、感覚を思い出しながら、しばし考えに耽る。
――〈勇者〉と名乗ったものの、彼が〈麗原ノ慧殿〉と関係ないのは明らかだ。
そして、こちらの世界にそうした存在が、少なくとも表向きはいないのも間違いない。
つまり考えられるのは、彼、〈クローリヒト〉が、その言葉通り〈勇者〉であるのなら――『別の異世界の勇者』であるということ。
ただ、それ自体はそこまで不思議でもない。
実際にこことは別の世界から来たボクにしてみれば、なるほど有り得る話だと思う。
問題は、そんな世界の守護者であるはずの〈勇者〉が、なぜ主クンを問答無用で攻撃したのかということ。
そして――その〈チカラ〉の本質だ。
「…………」
ボクは、あのときクローリヒトが姿を消した方向を見やりながら……今一度、思い返す。
〈姫神咲〉越しだったせいで、ハッキリとは分からない。
だけど、彼のチカラの中に、すさまじい強さと同時にふと感じたのだ。
覚えがある――そしてだからこそ、ありえないはずの気配と、似た感覚を。
「気のせいか、たまたまか、そういうものなのか。
それとも、あるいは――」
色々な予測が思考を巡る。
けれども、結局はどれも勝手な憶測でしかない。
「……この段階での決めつけは良くない、か……」
ボクは小さく首を振って――摩天楼邸に帰るべく、空に浮かび上がる。
分からないことだらけだけれど、一つ、はっきりしているのは……。
主クンが無事一般人に戻るには、この波乱しか見えない、〈ナゾの勇者クローリヒト〉絡みの一大クエストを終わらせる必要がある――ということだった。