第10話 その戦いを制すは、桜の勇者か黒の剣士か
――地面を蹴ったのは、同時。
ただし、互いの武器の間合いから、先手を打ったのはわたしだ。
突進の勢いを乗せたまま、サクラメントを肘打ちで撃ち出しての一回転薙ぎを繰り出す。
お互い距離を詰めながらだから、いきおい体感速度は跳ね上がって対処が難しくなり――。
直撃すればカウンターで大ダメージ、防いだところで体勢は崩れる、これ以上無い一手。
だけど、黒い剣士は――。
「――ッ!」
棒高跳びの背面跳びみたいに、ギリギリでサクラメントを飛び越え――そのまま、わたしの懐に飛び込んできた。
でも、わたしだってそれを考慮しなかったわけじゃない。
ヘタな防御行動を取らず、むしろ全身の捻りを使ってサクラメントを加速させもう一回転、剣士の放つ斬り下ろしに強引にカチ合わせる!
向こうの剣の蒼い光と、サクラメントの白い光が混じり、鬼火めいた火花となって空に散る――そのさなか。
「――ッ!?」
受け止めたはずの斬り下ろしは、同時かと思う速さで斬り上げに変化していて――。
サクラメントの巨大な刀身は、大きく跳ね上げられてしまう……!
まさかの、上下同時の重ね斬り――いや違う、まだだ!
ゼロコンマ1秒にも遙かに満たないその刹那。
剣士が剣の持ち手を返すのに気付いたと同時に、わたしは形振り構わずサクラメントを手放しながら後方にバク転。
瞬間――わたしがもといた空間を、左右からの斬撃が斬り裂いた。
上下どころじゃない、上下左右からのほぼ同時の重ね斬り……!?
どんだけの達人よ、コイツ……!
「さぞかし、良い経験値になってくれるんでしょーね!」
自らを奮い立たせるためにも軽口を叩きながらわたしは、素手のまま、敢えて自分から距離を詰め直す。
そして、反応した剣士が牽制に放った薙ぎ払いを、姿勢を下げてかわしながら――その刀身に、はためかせた振り袖を巻き付けて引き込んだ。
さすがに意表を突かれたんだろう、僅かながら前のめりに体勢を崩す剣士。
わたしはそんな彼の方へ飛び込みつつ、背中合わせに転がって背後に回り――落ちてきたサクラメントを掴まえると同時に、カカト落としで加速させた斬撃を繰り出す!
振り返りざまに防御でもしてくれれば御の字だったけど、向こうもそれが自分の不利になるぐらい瞬時に判断したらしい。
距離を離すことを優先し――前方に飛び込んでサクラメントから逃れざま、地面に突いた片手で身体を捻り、改めて、こちらに向き直って着地する。
「……大した強さだな。これほどとは」
「なにそれ。
乙女への褒め言葉としても、口説き文句としてもサイテーなんだけど?」
言葉を交わしながらも、わたしたちの間の空気はゆるまない。
互いに内なる闘気を練り、そして――。
「――シッ!」
先に動いたのは向こうだった。
闘気を宿した剣を地に叩き付けるように、衝撃波を放つ!
「甘いって!」
空を歪めて迫るほどのそれをわたしは、大上段からのサクラメントの一閃でねじ伏せ、霧散させた。
けれど、激しく舞い上がった砂煙の先に、剣士の姿はなく――。
「――囮っ!?」
代わりに、周囲に感じる複数の『同じ殺気』。
それが、一斉に襲いかかってきて――!
「さ・せ・る・かあああっ!!」
わたしもまた、練った闘気を身体中に巡らせ――瞬間的に限界を超えた動きで、5体もの剣士の『分身』からの連続攻撃を迎え撃つ。
サクラメントで薙いで打って斬り、拳で払い、脚で弾き――すべてを捌ききる。
だけど、その分身攻撃すらも囮で――!
「終わりだ――!」
本体は既に背後に回り込んでいて――無防備なわたしの背中を、強烈な殺気が刺す。
サクラメントを回す余裕も、跳んでかわす猶予も無い。
そもそも、それで捌ける攻撃かも分からない――と来れば……!
思考が身体中に伝わるよりも早く、わたしは。
サクラメントの鍔にあたる部分を左手で握るや否や、分厚い刀身から『それ』を引き抜き――肩越しに背後へ向け、ノールックで『引き金』を引き絞る!
「――っ!?」
雷鳴のような轟音とともに弾けた、わたしの闘気による『散弾』が――見えずとも、剣士の攻撃を跳ね返したのを実感した。
「これまで使わせるとか、ホントとんでもない相手だよ……」
ゆっくりと剣士の方へ振り返りながら、わたしは改めて『それ』の銃口も向ける。
どういう経緯だか、異世界〈麗原ノ慧殿〉に流れ着き……サクラメントを鍛えた鍛冶師によって、見た目はそのままに、闘気を弾丸として撃ち出すように作り直された軍用散弾銃ベネリM4――。
それがこれ、サクラメントに内蔵されたわたしのもう一つの武器〈聖契ノ鉄〉だ。
「『罪を憎んで人を憎まず』がわたしの信条だからね。命までは取らない。
だけど――。
これ以上はさすがに、結構痛い目を見てもらうことになるよ?
無益な争いはここまでにして、降参しない?」
必然的にまた仕切り直しのような状態になったところで、わたしは声を掛ける。
「……俺に勝てるつもりでいるのか?」
「そりゃあ、カンタンにはいかないだろうけど……一応、わたしもまだ〈勇者〉なんだ。
だから――あなたが何者だろうと、どれだけ強かろうと。
もし、この世界の平和と人々の平穏、それを脅かすようなことを企んでいるのなら――」
そこで一度、言葉とともに、視線にも力を込め直す。
「負けはしない。何があろうとも、決して」
「…………」
それでも、まるで動じた様子のない剣士は。
鬼とも悪魔ともつかないそのマスクで、表情は見えはしないけど――笑ったような気がした。
――来る!
そう感じて、気を張ったその瞬間――予想に反して、剣士は大きく後方に飛び退る。
「いいだろう。
今日は、このあたりにしておくか――」
「――っ!? 待ちなさいっ!」
逃がすものかとテスタメントを発砲するも――剣士は衝撃波を伴った斬撃で散弾を打ち払いつつ、さらに距離を取る。
そして――
「じゃあな。また会おう、カノン。
……俺は、クローリヒト。
お前と同じ――〈勇者〉だよ」
そんな名乗りだけを置いて、夜闇の中へと姿を消したのだった。