第9話 勇者、全力解放! 姫神たるその名はカノン!
「ん〜……さすがにちょっと食べ過ぎたかなあ。
普段目にしないような豪華な料理だと、限界超えても食べずにいられない哀しきド庶民の性よ……」
ヒカリちゃんのところで晩ゴハンまでご馳走になってしまったわたしは、食休みも兼ねて1人のんびりと、帰り道の堤防を歩いていた。
広くゆったりと流れる我が広隅の1級河川、柚景川の水面に、月明かりが照り返すさまはなかなかにキレイだ。
9月の涼やかな夜風にあたりながらの散歩には、ちょうどいい。
わたしも一応は女の子だし、ヒカリちゃんのパパとママが車で送ろうって言ってくれたんだけど――それは丁重にお断りした。
幸いにして、うちは門限はそこまで厳しくないし……徒歩ならまた、ちょっとでも経験値に繋がるような事態に遭遇するかもだし。
それに――しばらく異世界に行ってて、しかもそこで生きるか死ぬかのわりと過酷な経験を経たせいか。
見慣れた景色でも、すごく新鮮で、愛おしさみたいなのを感じちゃって。
こうして歩いてるだけで、なんか充実感があるんだよねえ……。
「だからって、いつまでも〈勇者〉のチカラまで持っていたくはないんだけど……」
わたしは向こうの世界で最強の魔神を倒した後、そのときの戦いの影響で活性化していた〈宝鏡〉のチカラで、こっちに戻ってきた。
異世界同士を繋ぐほどのチカラの活性化は、起こそうとして起こせるものでもないから、元の世界に帰る確実なチャンスはそのときしかない――って聞いてたし。
だけど、こうして〈勇者〉のまま戻ってきちゃったことを考えると……。
焦らずに、一度都に帰って、ちゃんと色んな人と相談してみても良かったのかも知れない。
凱旋パレードをしてほしいだなんて思わないけど、改めて、平和になった世界ってのもちょっとは堪能したかったしなあ……。
「でもそれで、『もう帰れない』とかってなったら本末転倒だったし……。
うーむむむ……」
考えても仕方のないことをつらつらと考えながら、夜道を歩くわたし。
と――そのとき。
わたしの感覚が、妙な気配を捉えた。
「これは……また、〈禍気〉……?
いや、違う! この間のよりも、もっと強い別の――!」
わたしは思わず駆け出していた。
強い気配の位置は――ここから先の、きっと河川敷……!
(ユーリ、聞こえる!?
今、とんでもない気配を感じた! あなたは!?)
《ああ、主クンを通じて感知したよ。
確かに、〈禍気〉とは比べものにならない強さだ――くれぐれも気を付けて》
(分かってる、ありがと!)
走りながら、周囲を確認する。
幸いにして――なのか、それともこの気配を無意識下で避けているからか、あたりにはまるで人気が感じられない。
「……にしても、この現代日本でこれほどの気配に遭遇するとか、どーなってるのよ……!」
思わず悪態を吐きながら、見据えたその先。
予想通りの河川敷には――1つの『人影』があった。
やわらかな月の光を掻き消し、周囲を圧する闇の、その中心に。
「これは――。
さすがに、本気で行くっきゃなさそうだね……!」
わたしは、制服のときと同じように、上着のポケットに挿していた〈姫神咲〉を取ると――精神を集中しながら、前髪を留めるように髪に挿し。
それを通じて、わたしの中の、〈勇者のチカラ〉を解き放つ。
身体の内側から溢れ出す光が、この魂を、全身を包み込み――わたし、聖桜院 穏香を、〈勇者カノン〉へと――。
〈天咲香穏姫神〉なる、神位の真名を授かりし勇者へと、転じる!
その姿はわたしの印象から言えば、西洋風の白銀の軽鎧の上から、桜色の振り袖を羽織ったようなもので。
合わせてわたしの黒髪も、桜を模すような、白から緋へのグラデーションへと移り変わる。
最後に、手の中に剛剣〈聖散ノ桜〉を実体化すると――。
わたしは澱む闇を蹴散らすように、その中心の『人影』の前へと飛び込んだ。
まるで、それを待っていたように……『人影』はゆらりとこちらを振り返る。
全身鎧と言うより、要所をプロテクターで守ったボディースーツに近い、戦闘衣。
首元にたなびく、マフラーめいた長い布。
鬼とも悪魔とも取れる凶相の、頭をすっぽり覆う赤い目をしたマスク。
そんな全身黒ずくめで禍々しい装備に、どことなく不似合いな、淡く蒼に輝く美しい長剣を携えた剣士――。
それが、『人影』の正体だった。
「どうも、そこのあなた……こんばんは。
余計な問答を避けるために、先に名乗っておくわ。わたしはカノン。
で、あなたは誰で、そしてそのチカラで――ここで、何をしようとしているの?」
相手を観察しながら、警戒しながら、ひとまずは声を掛けてみる。
それに対して剣士も、わたしの様子を窺うように無言でいた――かと思ったら。
「――――ッ!?」
ギィィィィン――!!
考えるより早く、理解するより先に――反射的に盾のように前に押し出したサクラメントが、剣士の強烈な斬撃を受け止めて火花を散らした。
そのままわたしたちは、鍔迫り合いのように押し合う形になったけど――。
ちょっ、マジで……!?
予備動作ほぼ無しのスピードも驚異的だったけど、カノンになったわたしとサクラメントに、これだけの圧力掛けてこれるなんて……!
「こっちは友好的にいったのに、問答無用とはね……!
なかなか、ナメたマネしてくれるじゃ――ないッ!!」
サクラメントごと蹴り飛ばし、一気に体勢を崩してやろうとしたけど――。
それを読んでいたのか、剣士はむしろその勢いに乗る形で後方に跳び、難なく距離を離した。
そして、着地と同時にまた鋭く斬り込んでくるのを、こちらもあえて踏み込みながら迎え撃つ。
見た目通り、明らかに速さと回転数では向こうの長剣の方が優れているけど……サクラメントは巨大ではあっても、鈍重ってわけじゃない。
わたしは、サクラメントとともに踊るように身体を使い、激しく火花を散らして何合も剣士と斬り結ぶ。
そうして、互角の鬩ぎ合いをしばらく続けたところで――わたしたちはどちらからともなく、ぶつかり合う剣撃の勢いを利用して一度距離を取る。
……仕切り直しってやつだ。
「なるほど、な。
これぐらいはさすがに耐えるか――」
想像よりもずっと若い男の声で、そう口にして。
剣士は、改めてゆっくりと――切っ先をこちらに向け、刀身を後ろに引くようにして、長剣を構える。
ここまではあくまで様子見、ウォームアップ。
本番はここから、ってわけだ。
――全身が、ひりつく。
ついこの間まで、何度も経験して……でも、もう感じることはないと思っていた感覚。
強敵との、命を賭けた戦いの、緊張感。
まさか、またこれを体感することになるなんてね……!
「あなたが何者だろうと、何をするつもりだろうと――。
まずは、ケンカを売る相手を間違えたってこと、しっかり叩き込んであげる!」
いや増す剣士の覇気に呼応するように――。
わたしもまたサクラメントを持ち手と逆側の肩に担ぎ、全身の力を溜めるように微かに腰を落とした。